【小説感想】『十角館の殺人』綾辻 行人
この感想はネタバレなしです。
久しぶりにミステリーを読みました。1986年刊行ながらも、コミックが最近完結したこともあって、密かな活気を得ているらしい。私も近所の本屋に平積みにされていて、「なぜ?」と疑問に思いながらも、手に取ってしまいました。
殺人事件に巻き込まれる大学生グループの恐怖に感じながら、誰が犯人か進めば進むほど謎が深まる構成に、ページを繰る手が止まりませんでした。
小説情報
タイトル:『十角館の殺人』〈新装改訂版〉
著者名:綾辻 行人
出版社:講談社
出版年:2007年
概要
感想
新本格ムーブメントの旗手と呼べる著者の処女作が本作です。「本格」の名にふさわしく、撒かれる謎に注目し、謎が解かれる手際に惚れ惚れしてしまう。
著者のあとがきに記載があるように、当時の状況からしても、ミステリーが存在しにくい環境だったようです。大人数を費やし、チームで独自の方法論を持って事件に挑む警察の存在、それにDNA鑑定などを代表とする、警察の動きをサポートする優秀な科学捜査班の存在、それだけでなく、ミステリーの成立を難しくする電話の存在など、ミステリーと天才的頭脳を持つ探偵(刑事)が謎を鮮やかに解決することが不可能になっています。
本作では、警察の関与する余地はほとんどありません。古典ミステリーのように、警察は少しの時間登場し、そして事務的な手続きを済ませて帰っていきます。重要なのは、被害者、犯人、そして探偵たちです。
それぞれの役職が重要な役割を担う。孤島に出かけたミステリーサークルの面々が何者かによって、一人また一人と殺害されていく。
探偵役は、孤島にはいない。探偵役は本土に残っている。孤島で過去に起こった事件との関連を調べながら、彼らは過去に起こった事件を明らかしてく。そしてその推理の基に、孤島で起こる連続殺人事件についても光が当てられていく。
一つ気になったのが、本作が「本格」の名を冠され、ミステリーが本来持っていた謎の要素に重点を置いているのは分かりました。しかし、謎ともう一つ重要なのは、その謎を解き明かす推理を生み出す唯一無二の頭脳です。この点が、欠けていたように感じました。確かに、中村青司の事件に迫る島田・江南コンビの推理はスリリングだったと思います。ただ、この作品が扱っているミステリーサークルの面々を襲った謎解きは未完了というか、誰も行いません。犯人が回想の形で、その罪を告白します。
告白には、真相に迫る危険でかつ異常な好奇心を掻き立てません。というのも告白は、過去の行為のなぞり直しだからです。推理は、過去の行為の再構成です。あったかもしれない可能性すべてから、一つの可能性を唯一の可能性だと構成する試みです。唯一性を標榜するゆえに、危険かつ好奇心を駆きたてるスリリングさが生まれるのです。ここがあったら、よかったなと感じました。
ただ、『十角館の殺人』は、大学生グループが殺人に巻き込まれていくときの、恐怖が読み手にも伝わる作品でした。この恐怖が最終的には、このグループがどうなるのか、あるいはこの惨劇を引き起こしたのか、最後の最後まで目が離せない作品でした。
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