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北方ジャーナル事件

こんにちは。

 2022年6月に法改正により、侮辱罪が厳罰化され公訴時効が3年に延長されました。軽い気持ちで、他人のことをSNS等で侮辱してしまうと罪に問われる可能性が高まっています。

 過去には、選挙に立候補しようとしている人に対して、その人格を否定するような記事を載せた雑誌の出版を中止させることができるのかどうかが問題となった事件があります。いったい、法律上どのようなことが問題となったのかを考える上で、「北方ジャーナル事件」(最大判昭和61年6月11日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 旭川市長の五十嵐広三さんが、北海道知事選挙に立候補しようとしたところ、『北方ジャーナル』という雑誌に「ある権力主義者の誘惑」というタイトルで次のような記事が掲載される予定でした。

 「嘘と、ハッタリと、カンニングの巧みな少年だった」、「五十嵐のようなゴキブリ共」、「言葉の魔術者であり、インチキ製品を叩き売っている(政治的な)大道ヤシ」、「天性の嘘つき」、「美しい仮面にひそむ、醜悪な性格」、「己れの利益、己れの出世のためなら、手段を選ばないオポチユニスト」、「メス犬の尻のような市長」、「五十嵐の素顔は、昼は人をたぶらかす詐欺師、夜は闇に乗ずる凶賊で、云うならばマムシの道三」、「クラブのホステスをしていた新しい女を得るために、罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し、自殺せしめた」、「老父と若き母の寵愛をいいことに、異母兄たちを追い払った」、「常に保身を考え、選挙を意識し、極端な人気とり政策を無計画に進め、市民に奉仕することより、自己宣伝に力を強め、利権漁りが巧みで、特定の業者とゆ着して私腹を肥やし、汚職を蔓延せしめ」、「巧みに法網をくぐり逮捕はまぬかれる」「知事選立候補は知事になり権勢をほしいままにするのが目的である」、「北海道にとって真に無用有害な人物であり、社会党が本当に革新の旗を振るなら、速やかに知事候補を変えるべきであろう」

 このような雑誌が販売されてしまっては困ると考えた五十嵐さんは、札幌地裁に販売差止めの仮処分を申請したところ、札幌地裁が仮処分を認める決定をしました。これに対して、株式会社北方ジャーナルはこの事前差止めが検閲にあたり、違法だとして五十嵐さんと国を相手に3050万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 北方ジャーナル側の主張

 五十嵐陣営は、公権力を利用して我々に打撃を加えようと、印刷準備中であった記事を印刷工場から盗み出し、弁護士を通じて雑誌を発行できないように仮処分申請をしたのだ。札幌地裁の村重裁判官は、仮処分を許容することは法律的には無理があることを知りながら、五十嵐やその代理人への親近感から、あえて職権を濫用して仮処分を下している。これにより、4月号はやむなく休刊せざるを得なくなったので、その損害額に当たる3050万円の支払いを求める。

3 五十嵐さんらの主張

 裁判官は、名誉権の侵害を予防する必要性があると判断して販売差止めの決定をしていますし、その時点で五十嵐さんが北海道知事選挙に立候補予定であったかどうかは知りませんでした。その他、北方ジャーナルさんが事実とおっしゃることを全て否定します。また販売差止めによって、北方ジャーナルに損害が生じたといいますが、そこには因果関係はないと思います。

4 最高裁判所大法廷判決

 問題なった記事は、北海道知事選挙に重ねて立候補を予定していた五十嵐広三の評価という公共的事項に関するもので、原則的には差止めを許容すべきでない類型に属するものであるが、そのような記事内容・記述方法に照らし、それが五十嵐広三に対することさらに下品で侮辱的な言辞による人身攻撃等を多分に含むものであつて、到底それが専ら公益を図る目的のために作成されたものということはできず、かつ、真実性に欠けるものであることが今回の記事の表現内容及び疎明資料に徴し仮処分当時においても明らかであつたというべきところ、雑誌の予定発行部数(第一刷)が2万5000部であり、北海道知事選挙を2か月足らず後に控えた立候補予定者である五十嵐広三としては、今回の記事を掲載する雑誌の発行によつて事後的には回復しがたい重大な損失を受ける虞があつたということができるから、雑誌の印刷、製本及び販売又は頒布の事前差止めを命じた本件仮処分は、差止請求権の存否にかかわる実体面において憲法上の要請をみたしていたものというべきであるとともに、手続面においても憲法上の要請に欠けるところはなかつたものということができ、結局、仮処分は違憲ではない。
 よって、北方ジャーナル側の請求を棄却する。

5 事前差し止めができる条件

 今回のケースで裁判所は、行政による事前の販売差止めは検閲に当たるので禁止されますが、裁判所は司法であって行政ではないので事前差止めが認められることに加え、公務員または公職選挙の候補者に対する評価や批判的な表現に関するものは原則として事前差止めができないが、例外的にその表現が真実でなかったり、公益を図る目的でないことが明白で、被害者が重大で著しく回復困難な損害を被る場合には事前差止めが認められ、それが憲法21条の表現の自由を侵害するものではないとしました。
 「天性のうそつき」、「マムシの道三」といった他人の悪口を書いた記事を投稿すれば、名誉毀損罪あるいは侮辱罪になる可能性もありますので、十分に注意しましょう。

では、今日はこの辺で、また。


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