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JR東海認知症事件

こんにちは。

 2020年の段階で、日本の認知症患者は約600万人いるとされています。このような認知症を予防するためには、聴力を維持することが効果的だとのデータもあるようです。

 今日は、認知症患者による事故の賠償をめぐって問題となった「JR東海認知症事件」(最判平成28年3月1日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 愛知県大府市に住んでいた認知症の91歳の男性は、デイサービスから帰宅後しばらくして、妻がうたた寝をしていた6~7分の間に外に出て行きました。男性は所持金をもっていないにもかかわらず、自宅の最寄り駅の1駅先の共和駅で、ホーム端にあった鍵のかかっていない階段扉を開けて線路に侵入し、そこに走行してきたJR東海の列車にはねられ死亡しました。JR東海は、事故により列車に遅れが生じるなど損害を被ったとして、男性の息子である高井さんら法定相続人5人に対して、約720万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 JR東海の主張

 亡くなった男性には、精神上の障害があり、責任能力がなかったと考えられる。そうすると、その責任を負うのは、亡くなった男性の妻や同居している息子の高井さんらといった、民法714条に定められた監督義務者である。しかも、高井さんらは、男性が重度の認知症を患い、徘徊で警察に保護されるなど外出願望があることを認識していたのに、自宅の出入口のセンサー付きチャイムの電源を入れておくという容易な措置をとらなかった。亡くなった男性の妻も、外出する前に目を離していたという過失がある。よって、監督者としての責任を果たさず、我々に損害を被らせたので賠償金を払ってもらうのは当然のことだ。

3 高井さんの主張

 私は亡くなった父の長男として、遠方に住みながらも私の妻と一緒に家族総動員で父の介護していました。たしかに、出入りを知らせるセンサーをつけていましたが、母が夜な夜なチャイムに起こされるなど、落ちついた生活を送れないと言って、電源を切ってしまっていたのです。母も要介護1の認定を受けているので、認知症だった父の監督をさせるのは、あまりにも酷なのではないでしょうか。確かに父は過去に徘徊して警察に保護されることがありましたが、今回のように鉄道の線路内に立ち入ることまで予想できませんでした。そもそも、JR側も扉に鍵をかけていなかったことに過失があるのではないでしょうか。
 裁判長、家族は認知症の父を監獄に閉じ込めて、常に監督しておかなければいけないのでしょうか、家族の不始末は家族の代表が無限に責任を負わないといけないのでしょうか。

4 最高裁判所の判決

 精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
 もっとも、法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべ
き者として、同条1項が類推適用されると解すべきである。
 妻は、夫の第三者に対する加害行為を防止するために夫を監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。また、息子自身は、横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので、今回の事故まで20年以上も父と同居しておらず、事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末に父宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると、息子は、父の第三者に対する加害行為を防止するために父を監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
 よって、JR東海の請求を棄却する。

5 法定の監督義務者

今回のケースで裁判所は、認知症の高齢者が駅構内の線路に立ち入り、走行してきた電車にはねられて死亡した事件について、妻が高齢で要介護1であったこと、長男が別居していたことなどから法定の監督義務者ではないとして、その賠償責任を否定しました。
 高齢化社会において誰もが当事者になりうる事件だったかもしれませんので、この事件を通して将来のことを考えるきっかけになれば幸いです。

では、今日はこの辺で、また。


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