見出し画像

新卒事業責任者がビジョンを共有するため、チームメンバーへ送ったとある小説

どうも、こんにちは。

トレンダーズに新卒で入社しました二井駿(にいしゅん)と申します。

早速ですが、このトレンダーズという会社。上場企業でベンチャー企業。

だいぶ、おかしいのです。(誉め言葉)

だいぶ、変なのです。(誉め言葉)

だいぶ、狂っているのです。(誰が何と言おうと誉め言葉)

どこにでもいるありふれた若者の語る夢と野望。

それに耳を傾け、理解し、信じ。

最終的にその若者を事業責任者に据え、その全てのかじ取りを彼に任せることまでしました。

いやはやほんと。

なんとも信じがたい会社。

おかしな会社で、変な会社です。

もちろんその若者が一番それを感じていたわけですが、しかしこうしていつまでも呑気に首をかしげてはいられません。

それこそ、感謝も反論も文句もお礼も言う機会なく、若者にはあれよあれよとチームが一つ与えられたからです。

プログラマーとデザイナー。それに上司に会長一人。

皆さん、とんでもないほどのプロフェッショナル。

ビジネスの前線で自らのスキルを高く活かすプロの方々。

人数だけは小規模ではありますが、確かに実力あるチームを若者は与えられました。

さて。

ここで一つ問題が生じます。

若者は、当然、若者ですから。

もちろん非常に若いわけです。

チーム平均年齢42.5歳。

一方、私といえば浪人も飛び級もないありふれた身で、
過不足ない新卒一年目の23歳。

経験も、知識も、知見も、場数もなにもかも。若者が勝っているものはありません。あるわけがありません。

まあしいて言えば、伸びしろぐらいは勝っているでしょう。

・・・だからなんだという話ですが。

チームが動き出したときを思い返せば、
たしかに結構な状況だったのだなと思います。

それを思えるほどの余裕が今あることがとても幸せなのですが、はてさて。

長い前置きはこれぐらいにして、それでは早速本題です。

今回書いたのは、タイトル通り。

そんな僕、使えない、ろくにビジネスのイロハも知らない新卒一年目の若者が、自分の考え、夢、熱量、何よりその思いをチームに伝える際に用いた『小説』の一部です。

何の参考にもならないと思いますし、何の意味も見出せませんし、むしろ僕のどこが何の参考になるか、僕自身も皆目見当がつきませんがとにかく。

これを読んでいるあなたに何か残るものがあると信じて。

ぜひぜひ、お読みいただければと思います。

--------------------------------

 私には嫌いな人がいる。
 好きな人はいない。けれど、嫌いな人は一人いる。
 明るく、うるさく、騒がしく。
 周りにはいつも人が溢れて、楽しげに笑っていて。
 あくまでも授業はついで。
 学校は友達と会うために来ている――そんな子で。
 人生を思うがまま、好き勝手、得手勝手に謳歌しているその子が私は嫌い だった。

「……またお前か」

 一限目。教室のドアが開く。
 今学期、もう何度目になるかも分からない彼女の遅刻。
 教室の空気も弛緩し、少し笑いが起きている。

「いい加減時間通り来い。もう高三だろ」

「ですねー。なんだろ……更年期かな」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと座れ。HR終わらせるぞ」

「あーはいはい。さーせんさーせん」

 気怠そうにあくびを出した彼女は手で先生をいなしつつ、「おはよー」「あくびすんなしー」「ばーか」「こうねんきー」と声をかけるクラスメートの間をすり抜けつつ、彼女は歩く。 

「…………」

 嫌い。
 本当に嫌い。
 これが……いわゆる嫉妬に似た感情だということは知っている。
 自分にないもの。
 家。友人。人望。お金。自由。
 それを持つ人間に思う人間の本能。
 七つの大罪に数えられ、数多の歴史において、国すら滅ぼしてきた感情。

 ――嫉妬。
 だから、私は彼女に声をかけるようなことはしなかった。
 自分の身を滅ぼすようなことはしなかった。

 ——四月。今学期に入って初めて同じクラスになった彼女のことは、当然のように知っていた。
 良くも悪くも有名人な彼女だ。
 遅刻のたび、サボりのたび。職員室へ向かうその背中は何度か見ていたし、お金持ちそうな服装をしたお母さんと並び、謝りに行く姿は一度見た。
 また、生徒会長として。委員長として。
 彼女の服装を注意したことはあったし、今日なんかは先生の代わり、彼女の反省文の検閲を私がすることになってる。
 あくまでも事務的に。
 私情は挟まず。感情は入れず。
 その短いスカート、改造制服。羽織るパーカーへの指摘だけをして。
 たったの一度も彼女とは目を合わさなかった。

 ……だって。
 一度でも合わせたら、言ってしまいそうだったから。
 この溢れ出る『嫌い』が漏れ出て、口から出てしまいそうだったから。
 私は、彼女を無視したし、知らないフリをしたし、いないものとした。

「――ただいま」

 1LDKのアパートに、玄関なんてたいそうなものはない。
 あるのはキッチンのよこに少し、申し訳程度にある段下のみだ。

「おかえり」

「うん」

 靴を脱ぎ並べる。鞄を脇においた。

「部活は?」

「今日月曜。オフの日」

「……ああ、そう」

 私はエプロンを締めつつ、冷蔵庫を確認。
 先日の買い溜めがまだ少しある。
 うまくやりくりすれば、明後日までは持つだろう。……よし。

「……姉さん」

「何?」

 頭の中で献立を考えつつ、反射。返事を返す。

「何か……俺、手伝おっか?」

「いらないわよ」

「でも……」

「あなたは素振りでもしてなさい」
 大会近いんでしょ? ――と、そう言えば近く。関東大会なるものがあることを冷蔵庫にかけてあるカレンダーから思い出した。

「オフだからって怠けてるようじゃ、勝てるものも勝てないわよ」

 最後の台詞は蛇足だったかもしれない。
 そんなことを思いつつ、私は材料を並べる。洗う。

「……姉さんだって」

「え?」

「姉さんだってそうじゃないか」

「何? 聞こえない」

 水音のせいだろう。あるいは自分の意思のせいか。
どちらにしろ、声は淡く届かなかったものの、しかし、最後のそれはよく聞こえた。

「自分の好きなこと、しろよ」

「…………」

「俺ばっか好きなことして、部活して、野球して。合宿とか、大会とか、なんも不自由ないぐらいに参加して……! 姉さんはどうなんだよ!」

「……してるわよ。好きなこと」

「嘘だ」

「してるわよ。生徒会だって、委員長だって……この家事だって、私が好きでやってることだもの」

 実際。
 人の前に立って話すことは好きだった。
 誰かの役に立つことは好きだった。得意だった。
 確かに、側から見れば他薦という形で、誰もやりたがらない役を押し付けられただけかもしれないけれど、しかし、振り返ってみれば間違いなくあれは自分の意思。
 私がやりたくて、やったことだった。

「というかそのセリフは母さんにこそ言ってあげなさい。あの人、最近シフト詰めすぎてろくに休んでないんだから。あなたがそんなこと言ってあげるだけでだいぶ喜ぶと思うわよ」

 言いつつ、思う。
 物心ついてから一人で私と弟を育ててくれた母のことを思う。
 今日は……定時に上がれるのだろうか。

「……母さんには、毎日言ってる」

「あらそ」

「今は……姉さんのことだ。逃げるなよ」

「逃げてなんかないわ。野菜切らないといけないし、お味噌もまだ出してないから」

「だから……!」

 見えない後ろ。そこで彼が立ち上がったのが分かった。

「――絵、好きなんだろ! どうして描かないんだよ!」

「…………」

 切る手が、止まる。

「俺、姉さんの描いてる絵めっちゃ好きだった! 女の子も、すげえ可愛かったし、背景も全部全部、すっごく綺麗だった!」

「…………」

「正直、技術的なことは俺、全然わかんないけどさ。でも、あれが生半可なものじゃないことぐらいはわかる。適当に流して描いたものじゃないことぐらいはわかる!」

「…………」

「姉さん、昔から絵を描いてる時はいつもワクワクしてたし、生き生きしてた! 楽しそうだったし、嬉しそうだった! それってだから、好きってことだろ! 好きなことってことだろ! だったらなんで描かないんだよ! なんでしないんだよ!」

「……馬鹿ね」

 本当に。
 この子は何を言っているのか。
 いつの間にか。包丁から手を離し、指はだらんと下に下がっている。
 後ろを振り向く。そこにはまっすぐ私を見上げる弟がいた。
 中学校に上がってから成長していったそのガタイは、とても大きく、背に関しては私よりももうずっと高い。
 
 それでも瞳は変わらずに。
 その色は変わらずに。
 ただ……ほとんどすがるように。願うように。
 あの言葉は本心から出たものであると、よりわかる瞳の色をしていた。

 しかし反対。
 きっと、彼が私を見るその瞳は限りなく曇りきっていただろう。
 そして――私は言った。

「あんなもの――好きでもなんでもないわ」

 絵を描いて生きていく。
 イラストで食べていく。
 好きなことをして暮らしてく。
 それが……どれだけ難しいことなのか。
 私はよく知っている。

 それこそ……彼に言われるまでもなく。
 言われることもなく。
 私はそれを知っている。

 確かに。
 昔に比べれば、その仕事は増えただろう。
 アプリやゲーム。漫画に挿絵、Vtuberのモデリングから同人誌の表紙まで。
 様々で色々。
 たくさん、仕事の機会は転がっている。

 ただ――それは、限られた人間のみが得られた場所。

 限られた人だけが、限られた仕事をする。選ばれた人だけの空間。
 数の少ない椅子取りゲーム。 
 それに勝てる保証も、保険も機会もない。

 必要なのは実力と繋がり、そしてそれ以上の運。
 確かに……需要はあるだろう。
 月に二、三枚。
 イラストを描き、キャラクタを描き、漫画をかいて、売っていたこともある。

 ただ、それだって。結局のところ食べていける金額にはならない。
 食べていけるほどの、絵ではない。
 暮らしてはいけない。生きていけない。

 いくらSNSでフォロワーが増えても。

 お金にはならないのだ。

 それが現実。
 それが事実。
 生活と運と時間。

 それに余裕がある人間にしか――与えられない仕事。

 私ができない仕事。
 私にはできない仕事。
 それがイラストレーターという職業だと――私は知っている。

 知っているから、言ったし、
 知っているから、言い聞かせた。
 彼と、そして自分に。
 言って、聞かせたのだ。

「あんなもの――あんな金にならないもの。私は好きでもなんでもないわ」

 なんて。
 そんな言葉を吐きながら、しかし、こうして。
 なけなしのお金と時間で産んだ型落ちのタブレットで、その仕事についてを調べてしまう私がいる。
 夢を見ている私がいる。

 それが……たまらなく気持ち悪い。

 誤魔化すようにその電源を落とした私は、そう言えばと――思い出した。
 今日与えられた仕事。先生から与えられた仕事。
 嫌いな人の反省文。そのチェックの仕事を思い出した。
 忘れるには、なんともちょうどいい――なんて。
 そんな考え、そんな思考、言い訳を元に、私は鞄を開いた。


———————————————————————————————————————— 


 ――こんな馬鹿なことしてないで、あなたは勉強しなさい。
 ――今がどういう時期か、わかってるの?

 小学生の頃。
 初めてママに小説を見せた時、言われた言葉だった。
 自覚はあった。
 当然あった。
 小説を書くというのは、とても痛いことだ。
 自分の妄想や願望や心の中を全部全部、曝け出し、隠していた何もかもを露出する。
 剰え、それを人に見てもらいたくて、感想が欲しくて、何か言って欲しくて。
 そんな感情で心が満たされてしまう趣味。

 変態趣味。

 露出趣味。

 それが……とてもダサいことはわかっていたし、イタいことは知っていたし、恥ずかしいことは誰よりも自覚していた。
 誰にも言えない趣味なことはわかっていた。
 だから友達にも言ってない。言えるわけがない。

 ただ……やめられなかっただけ。
 ずっとずっと――タイピングをする手は止まらなかっただけ。 

「――いや、まじ、どこ!」

 それを今、あたしは心の底から後悔している。
 せめて、PCで書くべきだったと、心の底から思う。
 どうしてあたしは、原稿用紙なんかに書いてしまったのだろうか。
 昨日書いた反省文。
 その紙が余って、残って。
 試しに一行書いたら、その日の夜まで止まらなくなったから。
 遅刻するほど筆が止まらなくなったから。
 だから原稿用紙に書いてしまったんだ。

 ――なんて理由はあまりに雑だろうか?

 まあ実際のところ、理由はもっと単純で。
 理由はあまりに明らかで。
 なんかまあ……格好良さそうだったからに他ならない。

 だってさ。なんかさ。
 原稿用紙に小説ってさ。
 太宰っぽくて文豪っぽいじゃん?

 そんな過去の自分を呪いつつ、アホな思考を恨みつつ。
 また、そもそも小説を書き出した自分を責め立てつつ。

 ――一つ。
 嫌な思考が思い当たる。

「……まさか」
 ママ、だろうか。

 あたしの部屋の掃除でもして。
 原稿用紙が目に入って。
 それを読んで、怒って、持っていった――なんて。
 その可能性はないだろうか。
 それは……困る。続きが書けない――じゃなかった処分できない。

「……いや、ないか」

 一瞬。冷や汗が背中を流れた――が、流石にない……というよりそれを願う。
 一度ママがもしあたしの小説を見つけたとしたら、先の帰宅時、第一声からお叱りの言葉が返ってきただろう。

 ――高三にもなって、あなたはまだこんな馬鹿なことしてるの。
 ――受験も近いのに、一体何をしてるかわかってる?

 そんな台詞付き。言葉付きで。きっと。おそらく。

「……っ」

 言われてもない言葉に傷つくあたしは、いい加減どうかしている。
 これもきっと作家病。心を文字にし、言葉にする人間の宿命だろうか。
 だったらやはり小説を書くことは愚かで馬鹿だ。今すぐ、やめたほうがいい趣味だろう。
 
 ――『こんな馬鹿なこと』さっさと止めるべきなのだ。
 
 だからこそ……処分。
 早く処分して、捨てなきゃいけない。消さなきゃいけない。
 あの物語を、消さなきゃいけない。
 そうしてあたしは、またもう一度。
 幾度となく見たその引き出しを、再度開けた。


 ――結局。
 家中をひっくり返して、探し回って、それこそままに怒られるまで散らかしまくって、一晩中。

 見つからなかった原稿用紙を思いつつ、あたしは前日同様眠い眼を擦りながら登校。
 昨日とは違って、遅刻を回避できたわけだが、しかしそれは別に褒められるようなことではなく、反対、全く眠らなかったから。 
 一睡たりとて眠れなかったからだ。

 もちろん探していたことも理由にはあるのだが、何より自分の書いたもの、書いた小説が家のどこにもなくなっていること。
 その恐怖により瞼が全く閉まらなくなってしまったことが一番の理由だ。

 ……いやほんと、どこだ。
 どこに消えたんだ、あたしの小説。

 毎回飽きることなくあたしに挨拶と気さくなやりとりを求めてくる友達と適当な相槌を繰り返しつつ、教室へ。
 一番最初に目に入った彼女。一番前の席。長い黒髪が白の制服によく映える。
 あたしとは違い、遅刻や違反はもちろん、校則で認められている多少の着崩しや髪染めもしない――我が校の生徒会長様。

 眉目秀麗。明眸皓歯。閉月羞花。

 教師の信頼は厚く、与えられた仕事はきっちりこなす優等生。
 前に覗き見たテストの点数が私の二倍だったことから、精神安定上、その浅ましい行為はやめたけれど、きっと今でもそれが落ちていることはないのだろう。
 さぞ有名な大学にでもいって、その辺の金があるイケメンとくっ付く未来が透けて見える。
 しかしどうやら彼女、大学には行かないらしい。
 学校の講師陣が全力で止めに入ったのを一刀両断。
 笑って流し、断ったという話。
 お金とか家族とか、そんな事情の噂を聞いた。

 シングルマザーというものの実態をあたしは全く知らないけれど、しかしこんな優秀な彼女が大学に行けず、はたまた、あたしのようなチャランポランな人間が来年には(少なくとも再来年には)大学生というのだから、世の中の不条理を思わずにはいられない。まあ、知らないけれど。興味もないし。

 ……なんて。
 ここまでセリフから十分に察せるだろうけれど、あたしはこの『委員長』のことが好きではない。
 いや、嫌いと言っていいかもしれない。
 理由は……まあたくさんあるが、彼女とあたしは生徒会長と問題児である。
 その構図だけで一応説明としては十分だろう。

 そんな思考の果て、あたしは一瞥だけを彼女に残し、自席へと向かう。
 らしくもなく、本日の『委員長』は眠たげで、目元の下にあるコンシーラーがとても目立って見えた。
 

 一限目が自習なのも悪かったが、そもそも一睡もしていない時点で、無理な話だ。
 私は午前中、四つの授業を全て、寝て過ごした。
 進学校らしく、基本的に生徒に対し、不干渉でいてくれるその体制は今のあたし的には万々歳だったが、しかし長期的に見れば、間違いなくあたしを悪くしていると思う。

 さて。
 霞掛かった思考が少しだけスッキリしたような感覚のまま、昼休みである。
 あたしはいつも通り偏差値四十以下の友達たちと、相談会とは名ばかりな受験生の傷舐め合いを行うために他の教室に向かう――その前にしかし今日は用事があった。

「……誰だ、これ」

 手にある紙。 
 とはいえ手紙というにはいささか以上に雑なそれ。
 おそらくあたしが眠りこけている中、誰かが机の中に放り込んだのだろう。
 いつもなら、そんな紙など一瞥もせず、窓外にでも放り投げてしまうあたしだが、しかし視界の端に映ったわずかなその文字が私を否応なく引きつけた。
 ノートの切れ端のような紙にはたった二言。たった二行だけ。

『――あなたの秘密を知ってます』
『昼休み、屋上に来てください』
 
 この状況で、この言葉。この文章。
 間違いないのは、この差出人が、私の小説を握っていることだろう。
 それがわからないほど、私も馬鹿じゃない。
 だが、問題なのはそれを私に伝えてきたことで、そこから何か、相手は私と交渉しようとしてそうなことだ。 

 ……わからない。
 なんだろう。裸踊りでもさせられるのだろうか。
 いや、もちろん、あの黒歴史を抹消できるのなら、あたしは喜んで腹踊りでもなんでもやるけれど、しかしそれが一体相手にどんなメリットを与えることになるのだろうか。
 愉快や痛快ではあっても。
 それだけだろう。

 ということで、とにかく。
 侵入禁止となっているその屋上の鍵は、当たり前のように開錠されていて、扉は押して開いた。
 明順応――というやつ。
 雲ひとつない今日の天気の中、太陽は痛いほど視界を覆って青い空を見せてくる。
 広い広い空。
 綺麗で途轍もなく長く見えた。

 ……なるほど確かに。
 あたしは思った。
 屋上が侵入禁止になった理由。
 入ることがダメになった理由。
 それがなぜか、あたしにはわかった気がした。

「こんにちは」

 声が、かけられる。

 その主は――すぐにわかった。

 見るまでもない。
 なんなら……声を聞くまでもない。
 書かれたその文字。手紙。
 活字のような綺麗な文字と、定規で丁寧に切られただろう手紙。
 特徴的な生真面目さがそこからでもわかった。
 だから、ここで待っている人が誰か、あたしは知っていた。

「……委員長」

「貴女にそう呼ばれるのは初めてかもしれないわね」

「会話すること自体は初めてかもね」

「だったかしら? 事務的に結構話してはいたと思うけれど」

「事務的なだけでしょ。……あたし、あんたのこと嫌いだし」

「あら奇遇ね。私も貴女のこと嫌いなのよ」

「…………」

「…………」

 沈黙数分。
 風が靡く。それに乗った黒髪がとても綺麗で思わず見惚れた。
 その口が開いた。同時後ろ手で何かを取り出す。

「貴女、小説書くのね」

「……っ」 

 原稿用紙。反省文。
 やはり、そこにあった。
 あたしの――小説。
 思わず顔に感情が出てしまうのを抑えつつ、冷静を演じ、あたしは問う。

「それ」

「ん?」

「……どうすんの?」

「どう、とは?」

「あたし、何をすればいいの? 踊る?」

「……どうしていきなり貴女が踊るのかわからないのだけれど」

「…………」

 ……まあ確かに。
 脈略はなさすぎた。
 あたしは改めて、その問いを投げようとしたタイミング、彼女は大きくため息をつく。
 数歩分、離れた場所にいた彼女はあたしの小説を開き、見つつ言った。

「貴女の小説――とても面白かったわ」

「……は?」

「構成と、展開、何よりキャラクタの描写の丁寧さと心理状態の書き方。思わず見入っちゃった」

「……え、えっと」

「やっぱり目を見張るのはキャラの立たせ方ね。セリフ一つ一つにしっかりキャラクタが見える。動いて見える」

「……ちょっと待っ――」

「交渉しましょう」

 唐突。
 数歩分あった、あたしと彼女の距離は限りなくゼロになっている。
 目の前に彼女がいた。
 その驚きが一周回って動揺があるあたしの頭が冷たく冷静になった。
 ……ああ、本当に嫌いなんだ、あたし。こいつのこと。
 そんなことをふと自覚する。

「……交渉?」

「脅迫でも、別にいいけど」

 ふふっ――と笑った彼女の笑みは確かに綺麗だったが、しかし今のあたしにはムカつくだけ。腹が立つだけだ。
 そして彼女は言う。
 言って、そして、あたしの胸に原稿用紙を返す。差し出す。

「……何」

「見て」

「……なんで」

「見なさい」

「…………」

 頑なとも、わがままとも言えるその主張に無理やり飲まされたまま、あたしは、そのどこかボロボロになった原稿用紙を受け取る。持つ。
 そしてなんとなく――。あくまでなんとなくだ。
 それを……裏返してみた。
 その用紙。裏。

「――っ!」

 そこに踊っていたのは――まさにあたしが書いたキャラたち。
 その展開のワンシーン。
 一枚めくる。一枚、一枚。
 四百文字の展開の中、ラフではあるが、そのシーンが描写されている。
 彼女は、言った。

「私が貴女の小説のイラストを描く。だから貴女は、その続きを書きなさい」

「……どうして?」

「お金よ」

「金?」

「ええ」

 簡単に頷く。

「知ってるでしょ? 私、お金が必要なの。家族のために、生きるために、稼ぐために」
 だから私に協力して。
 貴女の物語を――私に頂戴。

「その代わり……私のイラストを貴女にあげる。貴女の物語に色をつけたあげる」

「…………」

「お互い、決して悪い話じゃないはずよ。だから――私と協力して。お願い」

 そして――出される手。
 掌。
 あたしはしばらくそれを見つめる。
 
 訳が、わかない。
 全くわからない。
 ただ、それがわかっていないと言うことを、理解できていないことを彼女にだけは悟られたくなかった。
 だから、あたしは理解しながら、言葉を吐く。
 心の中を吐き出していく。
 その前。
 彼女もまた言葉を出していく。


「私は貴方が嫌い」

「毎日、遅刻をする貴女が嫌い」

「人気者な貴女が嫌い」

「裕福な貴女が嫌い」

「大学に行ける貴女が嫌い」

「将来に不安がない貴女が嫌い」

「何より——そんな自分の幸せを自覚してない貴女が、嫌いで嫌いで憎たらしい」

「死ねばいいって、不幸になれって、本気で思う」


「あたしはあんたが嫌い」

「毎日、優等生なあんたが嫌い」

「真面目なあんたが嫌い」

「優しいママがいるあんたが嫌い」

「うまく生きてるあんたが嫌い」

「自由なあんたが嫌い」

「何より——それを分かっていないあんたが、嫌いで嫌いで大っ嫌い」

「死ねばいいって、不幸になれって、本気で思ってる」

「「——でも」」

「あんたの『作品(絵)』があたしには必要で」

「貴女の『作品(小説)』が私には必要」

「必要だから」

「使うだけ」

「そこんとこ……絶対に勘違いしないで」

「ええ、もちろん。分かってるわ」

「あくまでも……これはお互いの利益、目的のため」

「それを達成する、手段でしかないもの」

「あたしを——認めさせるため」

「私が——稼ぐため」

「あたしはあんたの絵を利用するし」

「私は貴女の物語を利用する」

「これは……それだけの関係」

「ええ。もちろん。それ以上でも以下でもないわ」

「価値がないって思ったらすぐ解消だから」

「あら、それはお互い様ね。精々頑張って私に貢献することね」

「……感想文もまともに描けないくせに」

「線もろくに引けない馬鹿が何か言ってるわね」

「……」

「……」

「まあ……うん。しばらくはよろしくお願い。……えっと、その…………パートナー?」

「……ええ、こちらこそ。よろしく……お願いするわ。…………相棒さん」


以上。

長くなりました。

ここで詳細説明は控えます。

もし、この作品、内容、あるいは作者自身にご興味ある方がいれば、気軽にお声がけいただければと思います。

いつでもウェルカムな二井駿です

くどく長くだらしない文章に最後までのお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

読んでくれたあなたが大好きです。

それではまた、どこかで。

二井駿(shun.nii@trenders.co.jp)


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?