2つの材料でチョコレートムース
近代の調理法を分類し、その調理の過程で起こる様々な変化をさらに分子レベルで捉えて、考察すること。これをフランス国立科学研究所のエルヴェ・ティスは分子料理と名付けました。分子というのは比喩的に使っている言葉で科学的な定義とは異なりますが、分子料理では材料の要素を分解し、それぞれの分子が料理においてどのような役割を果たしているのかを検討します。
ティス教授は近代のレシピを分析し、「あらゆる料理は式に置き換えられるのではないか、と考えました。それは食材の状態を〈G ガス 気体〉〈W ウォーター 液体〉〈O オイル 油脂〉〈S ソリッド 固体〉に分類し、さらに食材のつながりを〈/ 分散〉〈+ 併存〉〈⊃ 包括、結合〉〈σ 重層〉という要素にわけるというもの。
例えばタマネギなら『W/S』(細胞という個体のなかに水分が分散している)、生クリームなら『O/W』(水分に油脂が分散している)と表します。さらに生クリームをホイップすると空気を含みますから
(G+O)/W (空気+脂肪)が液体のなかに分散した状態
になるというわけ。これは化学式と呼べるようなものではありませんが、このように考えることで料理における先入観をなくすことができるのではないか、という提案でした。実際、三つ星シェフのピエール・ガニエールはホイップクリームの「(G+O)/W」の脂肪の部分を「フォアグラ」に置き換え「フォアグラ・シャンティ」(フォアグラの軽いムース)を発表しています。今日つくる『チョコレートシャンティ』(チョコレートムース)もその一つ。ピエール・ガニエールやヘストン・ブルメンタール(ともに三つ星シェフ)が同様のレシピを発表しています。
チョコレートムース
クーベルチュールチョコレート(製菓用チョコレート) 50g
熱湯 50g
材料はたったこれだけ。さきほど説明したホイップクリーム=(G+O)/Wの脂肪の部分をチョコレートに置きかえたものです。水で薄めたチョコレートじゃないか、と思われるかもしれませんが、これがちゃんとムースになるのです。
チョコレートに熱湯を注ぎます。一般的には「チョコレートに水分は絶対にだめ」と言われていますが、確たる理由は見当たりません。ガナッシュをつくる際に加える生クリームのなかにも水分は含まれていますし、そもそもチョコレートの成分の3%は水分です。
写真はタブレット型のチョコレートをそのまま溶かしていますが、はじめから細かく砕いておいたほうが安全です。
混ぜて溶かします。もしも、溶けきらない場合は電子レンジで加熱しますが、チョコレートが分離するのを防ぐために慎重に短時間ずつかけてください。
氷水に当てて、冷やしながら泡立てます。通常のホイップクリームをつくるときと同 じ要領。この時、ボウルはよく冷える金属製を使うのがベター。
気合いを入れて泡立てると、数分でみるみる硬くなっていきます。泡立てるときはホイッパーを左右に切るように動 かしましょう。せん断力という力が働き効率よく泡立てることができます。
だいぶ、硬くなってきました。好みの硬さのムースがたった二つの材料でできあがり 、クリームも牛乳も入っていないので、ピュアなチョコレートの味が味わえます。水を加えることでチョコレートの香りも立ってくるのが不思議です。
そのままでもいいですが容器に移して、冷蔵庫で冷やし固めましょう。冷やすと少し 硬くなります。シンプルなビスケットなどを添えるといいでしょう。
クーベルチュールチョコレート(製菓用チョコレート)以外でも同様につくれるか、とロッテのガーナミルクチョコレートとブラックチョコレートで試作しました。
どちらも同じようにできました。(ガーナの場合はミルクチョコレートは脂肪分が少ないので、ブラックを選択した方が味も状態もいいみたいです)本当はあくまでチョコレートを味わうレシピなので、カカオ分70%くらいの製菓用チョコレートを使った方がおいしくできます。ちなみにピエール・ガニエールは水道水を使うと匂いがチョコレートの風味の邪魔をするので『ミネラルウォーター』と指定しています。ムースがゆるすぎると思われたらチョコレート60gに水50ccという具合にチョコレートの量を徐々に増やす(あるいは水分を減らす)してください。
さて、(G+O)/Wの式に話を戻すと、水の部分をコーヒーや紅茶に変えるとどんなムースになるでしょうか。あるいは脂肪をチーズに置きかえても面白いかもしれません。色々と考えられそうですね。
撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!