【スクリーン旅】#001 パリタクシー
Twitterでは流れて行ってしまう、旅するまかろの『旅行記』をまとめていく場所にしようと思っているこのnote。
その1発目はまさかの、映画鑑賞の感想です。
映画とは、つまり旅である。
だから好きなのかもしれない、と思う。
私は映画もひとつの『旅』だと捉えています。
ここではないどこかへ、シートに座ったまま出かけられる2時間ないし3時間。客席の明かりが落ちてブザーが鳴れば、私達は広々としたスクリーンの向こう側で繰り広げられる物語の中をいつのまにか一緒に歩いて走って泣いたり笑ったりしているわけです。
楽しかった旅に旅行記をつけたくなるように、鑑賞記録も【スクリーン旅】と題して新鮮な感情を保存しておきたいと思います。
それでは第一回目は、ミニシアターで観た素敵なフランス映画から。
鑑賞日:2023/5/23
◆鑑賞経緯
静岡シネギャラリーさん(http://www.cine-gallery.jp/)の公式Twitterの紹介が目に留まったので鑑賞を決意。
「ただの”移動”が、記憶とパリをめぐる寄り道だらけの最後の”旅”になっていく映画」。
この映画がどんな物語なのかと説明するのなら、このひとことがあれば済むでしょう。
◆概要
今日の旅行記はパリへの旅。パリの端から端まで、タクシーでドライブする映画です。
この映画について
2023年4月7日公開のフランス映画。
監督は『戦場のアリア』のクリスチャン・カリオン。
主演のリーヌ・ルノー、なんと御年94歳だそうです。
原題は『Une belle course』(ある美しい旅路)。
あらすじ
総評
前向きさ ★★★★★
後味 ★★★★★
映像 ☆★★★★
閲覧注意の場面: 有(暴力)
92歳のマダムの昔話において戦争は不可避であると皆さん想像はつくと思うのですが、つまり関連するシーンがあります。
また、マダムが過ごした少女時代と現代には時代背景に大きな隔たりがあります。封建的な、言い換えれば『前時代的な野蛮さ』を意識して苦い気持ちになるシーンもあることでしょう。
この物語はパリで暮らすマドレーヌの、過去を紐解く旅。
苦労もあったマダムの過去を穏やかに受け止められる心持ちのときに観てほしい映画です。
とはいえ思わずニヤっとしてしまうようなおどけたシーンもありながら、一貫してさわやかな旅でした。
『怒りで人はひとつ老い、微笑めばひとつ若返るのよ?』
マドレーヌおばあちゃん最高だな。
旅において予想外のところからトラブルが顔を出すのはつきもの。そういう意味でも、本当にパリ市内の小旅行のよう。人生は旅です。
テーマになる音楽が意外と英語詞のものが多いんだけどそういうところにも意味がある作品。
映像★ひとつマイナスなのは、基本的にタクシー内でのシーンは車載カメラみたいなアングルの映像なので場合によっては酔いそうだから。
ただ、その演出もすごくいいんですよね。私は完全に、タクシーに同乗していた。
さて、タクシーが目的地に着いたらどうしますか?
そうですね。そこから歩くなり電車に乗るなり飛行機に乗るなり、きっと次の旅を始めますね。
この映画を見に行くと、映画館を出た先の日常で『次にどこを目指そうか』と思う気持ちを持って帰れます。
◆見どころ
登場の仕方からセリフ回しから全部『概念・素敵マダム』なマドレーヌおばあちゃん!
『強い女』が好きなら見てほしい、素晴らしいキャラクターです。
そして無愛想で不器用であんまり接客向いてないのに真面目に頑張っているシャルル。
ふたりの掛け合いがすごく心地よくて、永遠に目的地につかなければいいのにと思ってしまう時間が流れます。
あとはパリジャン・パリジェンヌたちの自由過ぎる運転にもご注目。
えっそこ割り込む!? ていうか車線どこ!? とヒヤヒヤします。
ただの観光ならこんな風にはならないのだけど、彼らは『移動』をしています。日常をそのまま持って動いています。
だから、よそゆきの綺麗な気持ちでパリを眺めているのではないのです。
どっしり心に来るシーンもしっかりありますよ。
◆こんなときに
・閉塞した毎日の気分転換として、ちょっとドライブがしたいとき。
・ほっこりしたいとき。
・ラブロマンスは他人のを聞いてるだけでいいやみたいな気分のとき。
・でも素晴らしいラブロマンスを観たいとき。(両立する)
・観光名所だけでないパリの『日常』が見たいとき。
・人生におけるナビ設定がなんか間違っているような気がしてしまうとき。
このnoteは鑑賞記録であり、情緒の標本箱です。
なのでこれより、ネタバレオンパレードの感想を連ねていきたいと思います。
視聴予定のある方はここで引き返してください。
★鑑賞済みの方向け:ネタバレ満載の感想
『西の魔女が死んだ』好きな人は好きなんじゃないかなあと思ったりする。
洗車機から始まるお洒落なOP。……でも中盤まで観ると、「アレ経費で落ちてないんだ……」という目になってしまう。
車のメンテも全部自分持ち、っていうのにはそういうのも入ってて
客が粗相したらそれクリーニングするのもシャルルだし、またあのスケボー少年みたいのが突っ込んできてミラーが割れでもしたらそれを直すのもシャルル。保険の等級が下がるのもシャルル。イーーッもうちょい福利厚生マシな会社ないの!?(日本人並感)
看護師の奥さんとタクシードライバーの旦那さん、圧倒的に看護師のほうが稼いでるだろうな。それでもタクシー辞められないのが『ひとりで気楽にできるから』。学生時代のエピソードからしてもシャルルってちょっとコミュ障寄りで、オフィスに缶詰の仕事なんて絶対やりたくない(できない)私はものすごく共感できる。
閉塞感しかないシャルルの日常風景と忙しなくて冷たくて騒がしい街・パリ。そんな導入から一変、マダムが載ってきて空気変わるね……!
めんどくせー客だなあっていう態度のシャルルがどんどん軟化していくとこ本当に良くて………………
『私の半分ね』『孫の年だわ』って、孫……
そんな存在を知ることなく息子が遠いところにいってしまったマドレーヌの心を思うとね…………。
25年の刑期をなんとか短縮して出てきたものの大人になった息子は母との再会に戸惑ってる上、逃げるようにベトナムへ行ってそこで亡くなるわけだけど…… うん………………
マチューまわりのことがすっごく苦い。焦がし過ぎたブリュレみたいだ。
誰が悪かったわけでもないと思うんだ、いやレイがクソだったのは間違いないけど見抜くための要素はあったと思ってるから……
「これが人生……………………」ってなってる。
ちょっと登場人物について書いていこう。
・マット
初恋フィルタできらっきらのアメリカ兵。本国に帰ってちゃっかり妻と二人の子供をもっている、完全な蝶々夫人パターン。
手紙相当ずっと無視していて子供二人出来た時点で返してくるあたりなかなかヤバイ奴だな。いっそ本当に蝶々夫人みたいに、妻と二人の子供連れて呑気に来仏してくれよ。待たせた挙句、急に手紙で終わりを突き付けるの一番最悪じゃないか???
それともアレ? マドレーヌが蝶々夫人になるのを警戒したの?(絶対違う)
たぶんこのパリジェンヌ、怒りはしたと思うけどマチュー置いて自刃はないと思うから大丈夫よ。
・夫(レイ)
ダメ男には違いないんだけど、こいつのダメさって登場時からずっとそうだったよな。
舞台袖でうきうき待ってるマドレーヌに母、「マチューを預かるにも限度があるわ」って言ってるのでね…… いっつも子供預けて逢瀬をしていたわけなんですよこの二人。
それが結婚してから二人の時間が一切なくなったら。これからも一生なさそうな感じだったら。若く美しい時間は有限なのに。
レイの肩を持つわけではないけれど、この人たぶん付き合ってた頃からずっと変わってないんですよ。きっと結婚のときに「マチューのいい父親になる」みたいなことを言ったんでしょうけれどそれでも。
結婚して豹変したのではなく、結婚して父の役割を求められても順応できず若い雄のまんまでいるという感じ。
知らないアメリカ人そっくりなしかも男の子なんて、自分の子孫を残したい願望のある雄は可愛がれないだろうね。邪魔なんだから今までみたいに母親に預かってもらえばいいじゃん、ってね。預かってもらってる実績あるのだから。
動機にある程度理解は示せるけど、女を殴って流血させてその血まみれの唇にキスするという行為がもうなんか、ものすごくおぞましかった。
愛の対極にある行為だった。
そして、子供を預けて逢瀬を重ねていた頃から愛はなかったのかもしれないなっていう絶望が感じられて辛い。
思い通りになっていたから露呈しなかっただけで、もしかしたら。
そうやって、良かった頃の思い出まで信じられなくなってくる。
さいご『わざわざテレビに映りに来た』って何なんだコイツ、『俺はこいつにTINTIN燃やされたんだぞ! こいつはクソ女だ!』ってまた言いに来たってこと? 義理の息子の葬式で? 女々しすぎやしないか。
・うら若きマドレーヌ
マチューを愛しているのと、心ときめく恋に身を焦がすのは両立する。
両立するけど、マチューのこと結局母にずっと預けっぱなしだったなあ。
あの終わり方したマットのこと、よき思い出として『あの頃はよかった』って回想できるの強いな。
私だったらあのクソ野郎裏切りやがって二度と思い出さない、になっちゃう。その一瞬を永遠と思えるような鮮やかで短い恋ではなく、日常の全てが愛しいタイプの終わらない恋しかしていないので……
正直、あの状況であんな風に大事な息子と自分の尊厳を傷つけられたことへの報復がTIN BURNINGだったの最高だと思ってる。
ガスバーナーなんで家にあんの!? って思ったら夫の職業溶接工~~~~~(裁判でうまいこと回収してくれてる)
たいへん合理的ですね。諸悪の根源が燃え尽きればそういうDVされなくなるもん。
人として扱われてないのは自明だったわけだから、人として扱わないという抗議に出るのだって自明。「愛があったら殺していた」んだもの。
・マチュー
アメリカ兵の出征先でのお遊びで出来た子供、という時点で色々背負いすぎている。
頻繁におばあちゃんに預けられて、デートに出かけた母の帰りを寂しく待っていたであろう物心つきたてのころ。
母親がいっぱい殴られて、犯されて、その声を聞きたくないのに聞かされる環境で育ってた7歳時点。
そのあと母がその時代ではあり得ないことだった『夫に暴行をはたらいた狂人』として逮捕され、『クレイジーな嫁によりTINが焼失した哀れなおっさん』の息子として散々いじめられたであろう人生、ほんとにほんとにマチューは何も悪くない。彼が何をしたっていうんだろう。
そんな中、写真という趣味に目覚めたのはとてもよかった。もうその時点でおいベトナム戦争、おい報道写真とか言い出さねえよなって思ったけど。
やっぱりか~~~~
せめてフランスから出て行ったあとの彼が、好きな写真で満足した日々を送っていたんだと思いたいよね。
・マドレーヌ
92歳、人生はいま終幕に向かって動き出している。カーテンコールでいろんな役者さんがにこにことカーテシーをしているところ。
色々あったね。ああすればよかったこともこうすればよかったことも、間違ったことも、どうあがいてもそれが正しかったことも。
でもそれら全部、経験の一部として飲み込んで時には怒りを覚え、時には宝石箱から宝物を取り出すように眺めて、豊かな人生を歩んだ人だったなあと思う。
歩いた道の分だけ厚みがあるその本を、大して重そうでもないふうに気さくに笑って開いてみせてくれる感じ。
女性の権利のために長いこと戦った人だというのもあるけれど、悲惨な戦争を経験して、DVに耐え、息子の死と向き合い、重ねた諸々の経験が見ず知らずのタクシードライバーをあんな風に変えたんだろうなあ。
機転を利かせて「心臓病なの」って嘘ついたんだとおもったら……
ほんとに…… 心臓の病気で亡くなるなんてさあ…………………… ええん……
・シャルル
生活するのにいっぱいいっぱいで、自分の大事なものをこのままでは大事にできなくなりそうなほどのギリギリの綱渡りをしているような印象を受けた。
貧すれば鈍するって、哀しいけれど正しい。どんどん削れていって、さいご自分の命を守ること以外には無頓着になっていく。大事なものをどんどん取りこぼして、自分の手で壊してしまう……
そうなる前になんとか立ち上がって戦おうと、嫌いな兄を頼ってお金の工面をしようとしたりとか、絶対どうにもならないのに「なんとかなる」って気休めを言って傍に一緒に立っている姿勢を表明したり、愛する者への対応をまだ間違えてないシャルルはけっこう気高いなと思った。
たぶんその姿勢、もがいている姿をマドレーヌはどうにかしてやりたいって思ったんだろうな。
嫁のことも子供のこともちゃんと愛してて、嫁と恋に落ちた日のことも、娘の好きなものもちゃんと分かってる。ただ環境がよくないだけだった。
だからこそちゃんと『旅立って』、パリを飛び立って嫁の実家で暮らせばいいんじゃないだろうか。101万€、調べたら1億5千万だそうですね。
本当にありがたいことだけれど、折角素敵なお友達ができたのだから生きてまた会いたかったよな……
シャルルがマドレーヌのことで号泣するとこつられていっぱい泣いた。
たぶん、中盤あたりからこの話はマドレーヌ亡くなって遺産なりなんなりをシャルルに託す方向に行くんだろうなあって読みはみんな働くと思う。
けど…… さあ……………… 喪失感がすごかったよ、空っぽの老人ホームの部屋をみたとき。何も残ってないんだ、本当に。
こんなに素敵なマダムだったのに身寄りは誰もいないから、誰にも別れを惜しんでもらえなかったと思うとな……
けれど最後の旅に同行したシャルルに、マドレーヌは92年の人生で身につけたものや素敵なユーモアや、人生の大事なことをちゃんと引き継いだんですよね。
彼女はこの一家の中でずっと生き続ける。シャルルがこの先どこに旅立っても。
という、雨の夜に観た素敵な映画の感想でした。
鑑賞前に鉛色の雨が降っていた心は、澄み渡る五月の浅葱色の空みたいにクリアになりました。
よい映画体験でした、また観たい。
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