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ワインエキスパートへの道 その4

 そろそろ今年のワインエキスパート一次試験が始まる。去年の自分の心境を思い返すと、胃が痛くなりそうだ。この時期は教本から重要事項をノートにまとめ、問題集を何度もやり、記憶を定着させようと必死だった。これはお勧めできないやり方だが、ボルドーの格付けとドイツのワイン法については、何度教本を読み返しても、何度問題をやっても覚えられなかったため、時間をかけるだけ無駄と判断し、ばっさり諦めた。若い方なら脳がいくらでも吸収してくれるだろうが、私の年齢では無理だった。

 試験は2回受験するチャンスがある。講師から、念のため2回申し込みをしておいたほうが気分が楽になるからと勧めていただき、助言に従った。しかしいつ1回めを受けるべきか、初回と2回めの間隔をどのぐらい空ければよいかなど、申込み画面をにらみながら悶々と悩んだ。
 当初は7月下旬に1回めを申し込んでおいたが、7月にはいっても勉強が追い付かず、自信がなくてどんどん遅らせていった。去年の手帳で昨年の8月を開くと我ながら苦笑してしまう。8月6日→8月13日→8月17日と、受験日を変えていたのだ。受験会場も、近場が空いていなくて、県内でも電車で1時間ほどかかる、あまり土地勘のない市の会場を予約せざるを得なかった。
 しかし7月20日に試験が始まると、1回めで受かった人が2度めをキャンセルしていったとみえ、徐々に近場の会場に空きが目立つようになり、最終的には電車で15分ほどの、なじみのある市の駅近くにあるパソコンスクールを予約できた。こうして8月20日、受験期間も終盤のころに1回めを、そして最終日前日の8/30に2回めを予約した。これもやはり講師の助言で、1回めと2回めの間は10日から2週間ほど空けたほうがよいという。万が一、1回めに落ちても、それだけ時間があればじっくり見直して再受験の準備ができるからだ。もしこれを読んでくださっている方のなかに本年度受験する方がいたら、参考にしてほしい。ただし、2回めをあまり終盤にすると、何らかの事情で変更する場合に残りの日数がないため、あまり遅くしないほうがよいだろう。私の予約した8月30日はけしてお勧めできない日程だ。8月13~15日のお盆の辺りも、地域によっては人出による混雑や交通機関の混雑などで、思わぬトラブルが起こるかもしれないので避けたほうがよいと思う。

 試験当日は、バナナと牛乳という軽めの朝食をすませて、会場に向かった。試験室に入り、これまで経験したことのないほどの緊張におそわれたけれど、深呼吸を数回して、パソコン画面の試験開始ボタンをクリックした。
 …画面が変わらない。フリーズしている。再びボタンをクリックしたが何も変わらない。そのまま5分ほど待ってから別室にいるスタッフに連絡をした。席を替えてもらい、RANケーブルをつなぎ直したり、パソコンを替えたりしたが、まったく改善しない。スタッフの方が試験主催元に電話で問い合わせをしてくれたが、そうこうするうちに数十分が過ぎてしまい、お腹がすいてきた。軽めの朝食が仇となってしまった。わたしは空腹になると集中が切れてしまうたちなので、ひじょうに焦った。

 ようやくトラブルが解決し、試験を始められるようになったが、これほど空腹の状態では受験はできないと判断し、スタッフさんに「少し外へ出て軽く食事をしてきたい」と願い出た。スタッフさんが主催元に事の次第を伝えると、先方から許可がおりた。
 とぼとぼと外に出てコンビニへ行き、バナナを1本買って、近くのバス停のベンチに腰をおろして食べながら、すでに諦めの境地だった。もうすっかり集中が切れてしまったし、こんなに縁起の悪い事態になったからには到底受かるまいと思うと、全身から力が抜けた。もういいや、もう一度受けられるんだから、今日は模試のつもりで受けよう。そう自分に言い聞かせて会場に戻った。
 再びパソコンの開始ボタンを押すと、1問目の試験問題が現れた。「ウルグアイの…」問題を読んで、がくっと頭を垂れた。南米はチリだけに重点を当てて勉強をしていたため、他の国はほぼノーマークだった。次の問題は「南アフリカの…」。ここも自信がなかった。とはいえ落ちこんでもいられないので直感で回答を選んで進めていった。「なぜもっとしっかり勉強しなかったんだろう」後悔が頭に浮かんだ。自分としては精いっぱい勉強をして臨んだつもりだったのに、こんなにもできないなんて、情けない。いや、しかたがない。合格率3割という難試験なのだから1回で受かろうなんて甘いんだ。そんな考えがうず巻いていた。かろうじて手ごたえがあったのは日本酒とチーズの問題だっただろうか。
 なんとか最後まで回答し、最初の問題から見直していったが、回答を変えたところで確信はもてなかった。それでも最後の悪あがきとばかり、順番に見直していると、突然、画面が変わった。

「合格」…へっ? 

 まぬけな表現だが、まさに「へっ?」だった。何が起こったのか理解できず、体から力が抜けたまま、しばらく画面をぼんやり見つめていた。するとスタッフさんが入ってきて、「お疲れ様でした。合格の証明書類をプリントしますので少しお待ちくださいね」と明るい声で言った。

 受かった。

 書類を受け取って会場をあとにし、ふらふらと漂うように、よく通うワインバーに行くと、店主さんが笑顔で迎えてくれた。まだ夢を見ているような気分で、「受かりました」と言うと、満面の笑顔とともに「おめでとうございます!」の言葉が返ってきた。本来ならカウンターでお勧めのワインをいただいて自分を慰労したいところだったが、昨年8月は、飲食店への自粛要請が最も厳しい時期だった。「乾杯したいところですが、今はなにぶん店内では…」残念そうに少し目を伏せる店主さんの祝福だけで充分だった。
 ようやく現実を把握して、さきほどよりも確かな足取りで街を歩いていると、またもお腹がすいてきたので、カフェに入って食事をした。お世話になった講師の方に、合格の旨をメールで伝えると、すぐさま祝福のメールが返ってきた。涙が出そうだった。

 お腹が落ちつくと、記憶が鮮明なうちに教本を開き、記憶するかぎり、試験に出た箇所に印を付けていった。CBT方式になってからは過去問が公開されなくなったため、受験生も講師も、出題傾向をつかみにくくなってしまったのだ。だから受験経験者がこうして出題箇所を記録して伝えていくことは、次年度の受講生が受験対策を練るうえでなによりも大切になる。

 こうしてワインエキスパートの1次試験が終わった。B判定ではあったものの、ワインに関して一定の知識がある者と認定された。あの分厚い教本に書かれた内容を理解する者として認めれらた。ワインの広大な、広大すぎる世界地図を読める者として認められた。試験というものに受かってこれほど嬉しかったのは初めてだ。
 
 今年も7月20日から試験が始まる。受験を予定している方々はいまごろ最後の追い込みをかけているところだろう。きっと苦しいと思う、しんどいと思う。だけどもうすぐ終わる。教本が発売されたこの3月から、あるいは昨年のうちから続けてきたフルマラソンのゴールは目の前だ。二次試験も控えているけれど、今はとにかく一次に集中したほうがいい。二次の勉強は後から始めても大丈夫だから。
 月並みだけれど、どうか全力でがんばってください。
 
 
 


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