私なりの絶望の震災 5
信号機が故障した市街地は大変な渋滞だと聞かされていたが、思ったほどの渋滞はなく、いつも30分くらいかかる帰宅時間がせいぜい倍になったかどうかという程度で帰ることができた気がする。
家について最初に驚いたことは、部屋の前に停めていた自慢のバイクが倒れていたことだ。確かにスタンドは自転車のように片側に倒すタイプのものだったが、排気量が250ccのバイクだったので、例えば台風のような強風にさらされたとしても簡単に倒れてしまうような車重ではかった。
さらにアパートの玄関を開けて部屋の中を見たとき、これはやっぱり凄い地震だったんだなと改めて実感した。部屋の入り口が台所の目の前だったので、全ての収納棚が全開になったことがはっきり見えるその場所は、鍋や割れた皿などで足の踏み場がなかった。
小さなアパートなので広い玄関ホールのようなものはもちろんない。靴を脱ぐためだけのミニチュアの土間みたいな小さくて低い段差があって、そこに買ったばかりの真新しいカービングスキーの板が立てかけてあったのだが、それが散乱する鍋釜たちにトドメでも刺すかのようにばったりと覆いかぶさっていた。
台所に続く次の部屋は寝室。西向きの窓の下に二つ並べて置いてあった胸高の木製CDラックが、討たれた弁慶のような潔さで二つとも部屋の中央に向かってばったり倒れていた。中に入っていた300枚のCDは当たり前に全て放り出されていた。
その夜(いわば震災初夜)のことは今でもはっきりと覚えている。
築30年余の木造のボロアパートはその夜、余震が来るたびにこのまま崩壊してしまうのではないかと心配になるほど盛大に揺れた。部屋が一階だったこともあり、本震の前の地鳴りも地面に耳を当てて寝ているのかと錯覚するほどダイレクトに響いた。
風呂はおろかシャワーを浴びることも叶わないまま、とりあえず台所にあったビニール入りのおでんセットをガスコンロで温めて空腹を満たし、布団に潜り込んでみた。
しかしなかなか眠れない。当たり前だ。
全く経験のない惨事に、神経は極度の緊張状態だった。ベッドに横になっていると数分おきに余震が襲ってくる。悪霊に両肩を掴まれて体を揺り動かされてでもいるかのようだった。
ベッドの上が気持ち悪いので、こたつの中に下半身を入れて(もちろん電源は入らない)暗い部屋の天井を眺めて時間が過ぎるのをじっと待った。
遠くの方で救急車や消防車のサイレンがオオカミの遠吠えのように鳴り続けている。ときおり家の近所を通過することもあった。いったいどこのどんな人がどんな怪我を負って運ばれているのだろう。この地震の規模はどれくらいなんだろう。ライフラインはいつ復旧するんだろう。
ベッドから床、床からベッド。横になる場所をいくら変えても、結局、家のアパートで眠りにつくことはできなかった。
つづく
Photo by chuttersnap on Unsplash
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