<イギリス>MTFの医療ガイドラインについて考察
(最終更新日:2025/01)
今回は、イギリスにおけるMTFの
治療ガイドラインについて触れていきたいと思います。
ちょっと奥深い話になりますが、
誰かの参考になれば幸いです。
日本の現状はどうか…❓
まず初めに、下記に示す研究によれば、
海外のガイドラインを参考にしている医療機関は少ない…(?)
というデータが示されていました(わずか13.4%)
実は日本においても、2024年8月に日本GI学会からガイドライン(第5版)が発表されました。
しかし、薬剤の名前が…容量が…
日本仕様になっていないのか、
ちょっと利用しにくい面があったり
「いやその用量じゃ足りないでしょ!」
と、ツッコミを入れたくなる部分があったり…
広く一般に利用するガイドラインと呼ぶには、
なんとな~く釈然としない感があるのです。
(海外からのコピペ感?)
それにも関わらず…
上記の研究によれば、
使用するホルモン剤や、用量について
困っている医師は…わずか10%ちょっと
(画一化されていない割には、
困っている医師が少ないような…?)
それはなぜか❓
私の肌感ですが、
友人や周りの当事者を見ても
まずそもそもホルモン治療に関して
薬剤の選択・用量”自体”に困っている当事者は
あまり居ないのではないか…という事です。
一方で、副作用に悩んでいる
当事者はよく見かける気がします。
たとえば、日本では最も広く普及している
注射によるホルモン治療においては、
その特性上、ホルモン値の乱高下が激しいので
(国によっては 殆ど使われない治療法ですが…)
気分が優れなかったり
ホットフラッシュや 精神的に病んだり等
副作用が出やすい傾向にあります。
これに対して当事者は…
このように捉えている節があるのでは…と。
つまり、感情的にはプラス?でも、
健康上のリスクについては考えていない❓
(もしくは、単にそれ以外のホルモン療法を知らないとか、
お医者さんが言うから従うしかない・やるしかない…とか、
無理くりプラスに捉えている場合もあるかもしれませんが)
すなわち、
ホルモン剤の変更
or
用量の変更について
医師に相談する当事者がそもそも少なく、
結果的に困っているお医者さんも少ない…
という事なのだろうと
私はそのように解釈しています。
(一方の副作用に関しては、お医者さんが直接その様子を見る事は難しいし、当事者本人がそう捉えている場合は、相談しないでしょうし…。)
私たちは、ちょっとした副作用でも
ちゃんとお医者さんに発信すべきだと思うのです。
当事者と、担当医との対話を大切に
医師に対して「当事者意識を持ってほしい」とか「もっと寄り添ってほしい」とか言っても限界があります。ますます多様性が深まる昨今の中、患者さんにアレコレ聞くのを躊躇うお医者さんも居るでしょう。だからこそ、大切なのは私たち当事者がちょっとした異変・副作用でも、まずはきちんとお医者さんに発信する事が大切だと思っています。
世界的にもそうかもしれませんが、まだデータ、症例が少ない日本だからこそ、日々の診察を通して互いに意見交換をする事で高め合い、結果として日本のGID治療全体の質やレベルが向上していけばいいな…とそう願っています。
さて、前置きが長くなりましたが…(笑)
ガイドラインや、情報シートを参考に
イギリスにおけるGID治療を読み解いていきます👇
(日本のGID医療に役立つヒントがあるかも…)
ちなみに、イギリスのガイドラインを
積極的に取り入れて治療されているのが
以前にもご紹介させて頂いた「谷口医院」さんです。
(他にもあるのかしら…?)
なお、イギリスの薬剤添付文書を検索する際は、
こちらのサイトが非常に便利です。
ホルモン療法の概要
まずイギリスにおけるホルモン治療は
一般的な全体像としては以下のとおりです。
錠剤→経皮剤の流れが主流。
(40歳以上の人には経皮材)
女性ホルモン目標値は
95~200pg/mL(350-750pmol/L)
若年のMTFについては、ホルモン治療初期は、
GnRH注射により二次性徴の抑制も同時並行
(※ただし、日本のガイドライン記載の見解には注意👇)
喫煙者や、40歳以上の患者、肝臓病の既往歴ありの患者に対しては、特に血栓症を注意深く監視。
SRSの約6週間前にホルモン療法中断。
(再開は、SRS後約2~4週間)
〇錠剤
1mgを1日2回の低用量から開始。必要に応じて徐々に増量(最大許容「10mg/日」まで)。3カ月おき朝の服用前に血液検査を行うよう定めている。それでも目標濃度に到達しない場合は、吸収/代謝の具合を見る為、服用後2~4時間にて血液検査を行う。
イギリスでは以下の2種類が主流です。
「Elleste solo®」(添付文書)
「Progynova®」(添付文書)
<日本での錠剤処方例>
プレマリン®︎(0.625mg)
1~2錠/dayが一般的
日本では処方事例がよくあるが、これは結合型エストロゲン(CEE)製剤であり、E2製剤ではないので注意。(後述)
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00045330.pdf
エストラジオール®(0.5mg)
1~2錠/dayが一般的
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00070237.pdf
ジュリナ®︎(0.5/1.0mg)
1~2錠/day(0.5~1.0mg/day)
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00054621.pdf
プロセキソール®︎(0.5/1.0mg)
1~2錠/day(0.5~1.0mg/day)
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00056417.pdf
※「エフメノ®︎」は黄体ホルモン製剤なので割愛
※「エストリール®」はE3製剤なので割愛
<参考>CEE・E2・E3製剤のそれぞれの特徴
同研究によれば、CEE製剤(プレマリン®)は、E2製剤と比較すると血栓症等のリスクが比較的高い事が記載されています。また、中性脂肪が高い or 高BMI(25以上)患者についてもE2製剤の方が好ましいとの記載がありましたので、ここで共有させて頂きます。
また、CEEはE2以外にも様々な類似様態のホルモン物質を含んでいるため、血液検査に際して、実際の血中E2濃度よりも高めに出るケースがあるようですので、これにも注意が必要です。こうした事を避ける為にも、CEE製剤の処方には慎重になった方がいいようです。
〇ジェル
錠剤からの切り替え初期には、一時的に高用量の塗布を指示する場合がある事を考慮する。(ジェルは錠剤と比較すると、体内への吸収スピードが緩やか(立ち上がりが遅い)なので、一時的にホルモン枯渇状態になる事を避けるため)
3カ月おきの血液検査を実施。タイミングとしては一般に塗布後4~6時間後(午後の早い時間)推奨との事…(笑)
「これどういう事…?」と思ったら、イギリスってそういえば朝シャワーの文化なので、たとえば朝7時に起きてシャワー浴びて塗ったとすると6~8時間後はだいたい13~14時くらいになりますから、午後イチと書いてあるのも納得です。日本の場合は、夜に入浴しますから塗布後6~8時間後の血液検査というのは現実的ではありませんね💦
それよりもこちらを気にしないと👇
目標濃度に達しない場合は3カ月単位で用量を調整。
イギリスでは下記のジェル剤が広く使用される。
Oestrogel®
ポンプ式。1.25g/pushのジェルが吐出され、
そこに0.75mgのエストラジオールが含有。
一般には1push/day。
塗布部位は腕・肩・内腿、
塗布面積は少なくとも750㎠を推奨している。
分かりやすい参考指標:手のひら(片手)=200㎤
(※つまり、手のひら4枚分程度、塗り広げれば良い)
添付文書:https://www.medicines.org.uk/emc/product/353/smpc/print
Sandrena®(0.5/1.0mg)
日本でいうディビゲルみたいに、規定用量が1袋ずつ梱包されているタイプ。1~2包/day。最大許容量は3mg/dayです。
添付文書:https://www.medicines.org.uk/emc/product/2219/smpc/print
<日本での錠剤処方例>
ル・エストロジェル®0.06%(80g入り)
ポンプタイプ。0.9g/1pushのジェルが吐出され、
そこに0.54mgのエストラジオールが含有されている。
よって、イギリスで使用されている
0.75mgよりわずかに少ない格好となります。
1 or 2プッシュした場合の血中濃度については、添付文書にもありますがそこから考慮しますと、4プッシュ(片側2プッシュずつ)要するとの見解を示すお医者さんが多い印象です。
塗布面積については具体的に明示されていませんが、できる限り広範囲に塗り広げるのが良い…と考えるのが一般的かと思います。
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00053549.pdf
ディビゲル®(0.5/1.0mg)
こちらについては、イギリスのものと同様、
1mg/包の含有量となっています。
一般的な経皮製剤は、塗布面積に比例して吸収量が増えますが、ディビゲルについては特異的な傾向があり、200~400㎠程度(手のひら1~2枚分)に塗り広げ、それ以上広い範囲に塗ると吸収量が低下する事が報告されています。処方の際は患者さんにインフォームすべきかと思います。
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00054605.pdf
〇パッチ
一般的には50㎍/dayの用量で継続。
錠剤からパッチに切り替える場合は、ジェル同様に一時的に高用量の使用を検討すること(例:2mg/day とか 100㎍/day)。3カ月おきに血液検査。タイミングは貼付から2日経過後が好ましい。
300 or 400㎍/dayを最大量として調整を行う。
イギリスでは以下のような製剤が使用される。
Evorel®(25/50/75/100㎍)
添付文書:https://www.medicines.org.uk/emc/product/10928/smpc/print
Estradot®(23/37.5/50/75/100㎍)
添付文書:https://www.medicines.org.uk/emc/product/7225/smpc/print
<日本での錠剤処方例>
エストラーナテープ®(0.09/0.18/0.36/0.72mg)
日本では唯一のパッチ製剤です。
一般的には0.72mgタイプが使用される。
イギリスでは㎍単位が使用されてる例があるので
mg単位との換算ミスには注意が必要です。
イギリスの一般基準である50㎍/dayは、
エストラーナテープ®に換算すると
ちょうど0.72mgタイプ×1枚と同等になります。
また、最大許容量(300~400㎍/day)については、
エストラーナ換算で6~8枚/dayとなります。
※エストラーナテープ®の1日あたりの
E2放出量については、下記①②を参照した。
①https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=65/9/06509N0060.pdf
②https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000034ryy-att/2r98520000034s4q_2.pdf
添付文書:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00066350.pdf
血液検査について
定期的な血液検査では、以下の数値について
それぞれの頻度でモニタリングが必要とされています。
またガイドラインにおいては、
血液検査の頻度について次のとおり推奨しています。
・ホルモン1年目:3カ月おき
・ホルモン2年目:6カ月おき
・それ以降:毎年(1年おき)
※ただしホルモン製剤を変更した場合は、3カ月後に実施がベース
各項目の参考値や、留意点まで細かく掲載されていましたので、それらについても考察してみましょう。正直ここまで詳細に記載があるガイドラインは、世界的に見ても珍しいと思います(This is God…)
BMI(特にSRS希望者)
BMIが「30」を超える場合は減量を推奨(特にSRSを希望する者は、それ以上あると手術を拒否される可能性がある為)。仮に拒否されなくとも、追加料金が課せられるケースがある。また、ホルモン療法開始時点では「40未満」が好ましい。
血圧
140/90mmHgを超えないこと。
尿素 及び 電解質
腎機能と血清カリウムをチェックすること。
肝機能検査
AST(GOT)やALT(GPT)が基準値の3倍を超えないこと。
HbA1c
糖尿病の治療ガイドラインに沿って監視すること。ホルモン療法により糖尿病リスクが増加するケースがあるため。
脂質関連(LDLコレステロール等)
脂質管理のガイドラインに沿って監視すること。ホルモン療法により心血管疾患リスクが増大するため。
TSH(甲状腺刺激ホルモン)
0.27~4.2mIU/L。正常範囲外の場合は内分泌科に相談するか、ガイドラインに従って治療を行う。
血清テストステロン(空腹時)
1.8nmol/L(を超える場合は、LH/FSHの測定。必要あれば対処を行う。日本では遊離(フリー)テストステロンの測定の方が一般的なのと、単位に注意してください。
血清エストラジオール
95~200pg/mL (350~750 pmol/L)、これを目掛けてホルモン投与を行う。
血清プロラクチン
400mU/L(約18.79ng/㎖)がベースライン。1000mU/L(47.00ng/㎖) を超える場合は、高プロラクチン血症を疑います。原因究明のためにカニューレ挿入によるプロラクチン検査を推奨している。
<参考>換算式:mU/L単位 ÷ 21.2724550898 = ng/㎖
正直私は門外漢なものでカニューレ…?なんだろう…と思って調べてみると「気管カニューレ」とか呼ばれている物があるんですね。
イギリスでは、プロラクチンの増加がストレスによる一時的なものか否かをチェックする為、カニューレを使用し、2時間前後のプロラクチン濃度を比較する手法が一般に用いられているようです。
https://www.esht.nhs.uk/wp-content/uploads/2022/03/0961.pdf
副作用やリスクについて
リスクが増加する可能性のある病気等
★静脈血栓塞栓症
経皮剤よりも内服薬で特にリスクが高い。MTFにおける血栓症の発生率は約2.6%で、その大部分はホルモン治療開始から2年間までの間に発生する事が多い。また通常の人に比べ、MTFは0.4%ほど血栓症のリスクが高いと報告されている。(イギリスのデータ)
★胆石
★肝酵素の上昇(肝機能異常)
MTFに対する当該症状のリスクは3%程度です。このうち半数は、異常な状態が3カ月以上継続しますが、多くの場合、軽度の異常であり、ホルモン療法が中止になるほどの事態になるのは稀である。
★体重増加
★高トリグリセリド血症(高脂血症)
★高プロラクチン血症
女性ホルモン療法は、高プロラクチン血症や、下垂体肥大を引き起こす可能性があります。イギリスで報告されている重篤な症状の発生率は15%に達する可能性がある。
年齢を含む危険因子が存在する場合にリスクが増大するもの
心血管疾患(高齢患者には特に経皮製剤が理想)、2型糖尿病
リスクの増加がはっきりと確認されていないもの
★乳がん
一般的な女性(シス女性)の場合、女性ホルモン療法を行うと乳がんのリスクが高くなりますが、MTFに関しては直接的にホルモン療法が起因・誘発する可能性は低いと考えられています。
一方でフィナステリド(抗アンドロゲン薬=男性ホルモンを抑制する働きをする薬剤で、AGA(男性型脱毛症)の治療にもよく用いられる)の服用は、乳がんに関係していると言われています。
イギリスでは、50~70歳の女性として医療保険制度に登録しているMTFに関しては、乳がん検査の招待が送られる。少なくとも5年以上女性ホルモンを継続している患者や、50歳以上の患者に対しては、3年おきの乳がん検査(マンモグラフィー)を推奨している。
★前立腺がん
MTFでは、一般的な男性(シス男性)に比べて前立腺がんの発生率が低いと考えられている。(SRS後も前立腺は残ります)
★年齢と死亡率
40歳を超えたら、経皮製剤の使用を検討させること。
また、シス女性の場合、閉経後5年を超えてホルモン療法を長期的に行うと、乳がんのリスクが高まります。一方のMTFの場合は、55歳(閉経)を超えて一生涯、ホルモン療法を継続しても問題ない(安全である)と一般に考えています。とはいえ、ホルモン療法を続けるならば、70歳を超えても乳がん検査を推奨します。
ただし、高齢になってからのホルモン値は、目標値の下限程度(95~100程度)など少なめにします。
手術前後のホルモン治療について
静脈血栓塞栓症のリスクが増大するため、イギリスでは次のように推奨している。
手術により動けなくなる場合は、約4~6週間前にエストラジオールのホルモン療法を中止します。
GnRHアナログ製剤(二次性徴抑制)を使用しているのであれば、それについては中止する必要はない。
合併症等がなければ、手術後4週間よりエストラジオールのホルモン療法を再開できる。
性腺摘出後は、GnRHアナログ製剤は不要である。
※ただし、稀に副腎からアンドロゲン(男性ホルモン)が大量生産される場合がある。その場合は、必要に応じてフィナステリドを処方できる。
おわりに
できるだけ冗長とならないよう、日本にも適用できる部分のみに絞り、重要な部分のみ抜粋・意訳しました。語弊のないよう意訳しておりますが、万が一不適切な表現等を発見された場合におかれましては、コメントで教えて頂けますと幸いです。この記事が少しでも日本のGID医療に役立つことを切に願っています。