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コンテンツ月記(令和三年、文月その二)

読んだもの、観たものを、書きなぐりのメモで記録します。完読できてないものも、書きたいことがあったらメモします。
すでに長めのレビューを書いてるものは、基本的に除いてます(…と言いながら、ここで書いてる感想も割と長いんだけど)。
感想書いておきたいものが多すぎて全然追い付かない…。とりあえず今回は映画の話…。本とか漫画とかの話も書きたいのだが…(そしてやっぱりいろいろ考えるにnote以外の発信場所でもやっていきたいのだが、その計画が全然進んでない)

==評価基準(特に記載したいときだけ)==
\(^o^)/ 乾杯。愛。最高の毒なり薬。
φ(..) 特別賞(今後思い出すだろうシーン有等)
==ココカラ==

■映画

軽い男じゃないのよ φ(..)

コミカルなタッチでありながら、社会の女性蔑視の根深さについて考えさせられる、フランス(パリ)を舞台にした映画。

ジェーン・スーさんのおすすめ(↓)で、Netflixで観る(Netflixの映画なので、こちらでしか配信されてない)。

同じ記事より、あらすじ。

高慢な女たらしの独身男ダミアン(ヴァンサン・エルパス)は、ある日街で頭を打って気絶したことをきっかけに不思議な世界に迷い込む。そこは女性が社会の中心で活躍して男性は差別的な扱いを受けながら家事や子育てに従事する、男女逆転の世界だった。ダミアンは戸惑いを覚えながらも傲慢な女流作家、アレクサンドル(マリー=ソフィー・フェルダン)の助手として働き始めるが…

逆転世界では、テレビで男性の裸がじっくり放送される。ある賞の受賞者のうち、男性は44年間で3人しかいない。「マスキュリスト」の男性たちが平等な権利を求めてデモをしていると、「暇なのか?」と女性にからかわれる。男性たちは、性器がたるまないように拘束具をつける。
そうそう、そういうとこに怒ってるんだよな私は、と思うところもあれば、「こんなところにまで女の方が低いって価値観とか女への抑圧って染みこんでるんだ…」と改めてぞっとするところも。例えば、この世界のトランプはキングよりもクイーンの方が強い(つまり、現実世界ではゲームでも「男の方が女よりも上」って設定になってるってこと)。

女性蔑視の理不尽さについて描いている作品は多いけれど、この映画のいいところはめちゃくちゃ笑えるところ。例えば、ダミアンが胸毛を長方形に整えるところとか(これはもちろん、現実世界の女性に対して「ムダ毛を整えよ」って圧力が強すぎることの裏返し。VIOの形をどうするかとか、よく考えたらほんと謎だよね!)。皮肉が効いているけど、説教くさくない。社会の変なところについて怒るのはもちろん必要なことなんだけど、それだと「まあ、そう怒るなって!」と、受け取ってもらえないことが多いのも事実だからさ…(まあそれでも、ミソジニーを内面にしみこませている人(男女問わず)がこの映画を観たら、怒っちゃうだろうなーとは思うのだけど)。

ラストシーンもはっとさせられるつくりになっていて、そこにも脱帽。

ただ、私が思うに、女性がこんなに力を持ってる世界だったら、出産の痛みを減らす技術がもっと進んでいると思う。おそらく、人工子宮がもう開発されていることでしょう。
(なんでそう思うかっていうと、バイアグラとピルの国会での認可スピードが全然違った例などがあるからだ)

ちなみに、同じ思考実験(男女逆転世界)を、日本を舞台に繰り広げた小説があると先日知って、それも読みたいなと思ってる。『ミラーワールド』という小説。

「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ」
「男がお茶を汲むという古い考えはもうやめたほうがいい」
女が外で稼いで、男は家を守る。それが当たり前となった男女反転世界。池ヶ谷良夫は学童保育で働きながら主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。それぞれが息苦しく理不尽を抱きながら、妻と子を支えようと毎日奮闘してきた。そんななか、ある生徒が塾帰りの夜道で何者かに襲われてしまう……。

Amazonの『ミラーワールド』あらすじより引用


桃山商事の清田さんが書評も書かれてる↓ 

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スター・トレック BEYOND

オードリー・タンさんがいつもしているポーズ「長寿と繁栄を」の元ネタが知りたくて、

(これ↑。早速脱線するけど、自分でやってみようとすると難しい)

恋人が「自分もあんまりスター・トレックに詳しくはないが、最初に観るならこれがいいと思う」と話していたので、観る。

事前情報として知っていたのは、「その時代にしては先駆的な、多様性について配慮されたストーリー・キャラクター設定の、SF。ドラマシリーズから始まって、映画もあるよ」というくらい。

この映画で一番面白かったのは、宇宙表現(?)だな。
もともと『スター・ウォーズ』でも宇宙船とか近未来都市とかの描写が好きなんだけど、この映画はJ.J.エイブラムスが制作陣に入ってるからなのか、カメラワークが面白くてよかった。宇宙船が出発するとき、宇宙船の正面をアップで撮り続けてるところなど、新鮮で。ドでかい宇宙ステーションにもわくわく!

キャラクターについては、例のポーズをしているスポックが好きだった。

設定については、今観ると「多様性に配慮した、とは言ってもやっぱり男性、特に白人男性、の優位な感じは支配的だよね~」と思うものの(この感じを突き詰めちゃうとダイバーシティ警察ぽくなっちゃう(手段が目的化しちゃう)のでよろしくないが…)、「普通に」いろんな人がいることを描こうとしているのは良いなあ、と感じた(例えば船員の中にゲイの人がいて、その人がパートナーと子供を育てているところをさらっと見せる点など)。こういう土台があってこその、今のSFで、もっと開かれた世界表現がされてるんだろう(例えばアメコミの映画化で女性キャラが活躍したり、アフリカルーツの男性が主役になったり)、と思うと、少しずつでも前進している嬉しさもある。

例のポーズは1回しか出てこずちょっと残念だったのだけど、ともかく見られて嬉しかった。

あ、あと、Netflixにある『ブラック・ミラー』シリーズの中の『宇宙船カリスタ―号』はこれのパロディだと思うので、その元ネタという意味でも観られてよかったな。

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ヤクザと家族

小説『テスカトリポカ』で、少しだけ日本のヤクザの弱体化について触れられていたので、似ているテーマの映画が観たくて視聴。

これは、ヤクザという生き方を選んだ男の3つの時代にわたる物語。荒れた少年期に地元の親分から手を差し伸べられ、父子の契りを結んだ男・山本。ヤクザの世界でのし上がる彼は、やがて愛する自分の≪家族≫とも出会う。ところが、暴対法*の施行はヤクザのあり方を一変させ、因縁の敵との戦いの中、生き方を貫いていくことは一方でかけがえのないものを失うことになっていくー。

※ 暴力団対策法:1992年、2012年に施行。暴力団の無力化に大きく役立ち、企業や地域社会への影響力を減じる契機となった。

『ヤクザと家族』公式サイトより引用)

ちょっとテンポは悪かったし(前半はだいぶ退屈…)、ヤクザを美化している感じもしてうーん…と思うところはあったけれど、「他に道を選べなくてヤクザになった人が、やっぱりやり直すぞ、って思っても今の社会は人権を奪っててそれをさせない。これはほんとにいいのか?」ってことについては考えさせられた。2005年と2019年の状況はこんなにも違うものなのか、ってびっくり。こんなところでも「情報戦」に世界が移行してるんだね…。

綾野剛さんの感情表現の幅も豊かですごくよかったんだけど(咆哮する時と孤独を見せるときのギャップたるや)、一番印象に残ったのは弟分役を演じてた市原隼人さんの変貌ぶり!あと、これまで出演作を観たことがなかった(と思う)けど、半グレ役だった磯村勇斗さんの演技がとってもよかった。本作に出てくるヤクザは、みんな基本的に「本当に怖いのか、この人…」という感じで説得力に欠けたけど、磯村さんの「怒らせたら怖そう」のバランスは絶妙だったと思う。怖いもんないぞ、っていうのに説得力がある顔。優しくて淋しそうな表情もここぞ!ってところで見せてて、複雑な人間の中身をにじませた演技だった。

『テスカトリポカ』でも思ったけど、頼れる家族がいなくてここからどうやって生きていこうって思ってる人が選べる道が少ないのが、とにかく問題だよな…。暴力はだめ!犯罪はだめ!って言うだけじゃ、代替策がないなら、そりゃ裏社会に行っちゃう人を止められないと思う。関連作として、『すばらしき世界』もそのうち観たいと思ってる。

罰ってやり直すための仕組みとセットじゃないと意味ないんじゃないかなあ…。薬物使う人へのバッシングにも同じものを感じる。

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コララインとボタンの魔女 φ(..) 

『PUIPUIモルカー』の監督による大学院修了制作の『マイリトルゴート』を観て、パペットアニメ×ダークな世界観の作品をもっと観たいなーと思って視聴。

(↑『マイリトルゴート』では子供への暴力をにおわせる表現があるんだけど、実在の役者が演じると心身のケアが難しいようなテーマも、アニメーションではできるのかもしれない、とも思った)

『コラライン』は、ホラー寄り。子供向けの作品ではあるんだけど、結構怖いです。トラウマになっちゃう子供もいるかもしれない…。

田舎町の大きな家に引っ越してきたばかりの、少女コラライン(たしか11歳?)。両親は仕事が忙しく、彼女の話をなかなか聞いてくれない。「家の中でも探検しておいで」と父親に言われたコララインは、塗り固められた壁の奥に扉があるのを見つける。鍵を母親にもらって開けてみると、扉の向こうはレンガの壁になっていて通り抜けることができなかった。しかしある夜、ネズミを追いかけてコララインがその扉の前に立つと、あったはずのレンガがなくなって柔らかいトンネルになっていた。トンネルの先には、コララインの家とそっくりの建物があって、もう一人の父・もう一人の母が、コララインを出迎える。こちらの世界の二人はコララインに優しく、出してもらえる料理もおいしく、コララインはこの世界に夢中になっていくのだけど…という話。

ストーリーについては、テンポがあんまりよくない上にちょっと価値観的にうーんと思うところもあるんだけど(後述する)、とにかく映像にずーーーっとわくわくし続けた!
第一に、質感!髪の毛とか、スカートの素材とか、ニットの感じとか、水の表現とか…。
第二に、文化の独特のごちゃまぜ感!コララインの上や下に住んでる人たちの部屋が、ちょっとクラシカルだったり東欧っぽかったり。そしてその人たちの人生の歴史がほんの少し垣間見えたり…。音楽もちょっとずつテイストが変わっていくのが楽しい。

予告を見ると、「きっと一部はCGなんだろう」と思うんですけど…

びっくりするところまで人の手でつくられています…(こちらは、何本かあるメイキングの一つ)↓

ストーリーについて言えば、最後までコララインの「大人に話を聞いてもらえない」というくすぶりが報われることがなくて、「いや、この感じでめでたしめでたしっぽくはならなくない?」と気になった。あと、「お母さんが料理をつくってくれるのが理想なのに~」って描き方と(これについては、瀧波ユカリさんのエッセイをぜひ読んでほしい)、ストーカーをややコミカルに軽視してる描き方が不満だったかな。テンションの上がり方のコントロールの仕方とかキャラの練りこみも、やっぱりピクサーと比べるとちょっと劣るかもなーと思う。


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