科学と神は対立しない。
科学者が神の存在を信じているというのは割と有名な話です。
誰もが知っているあのアインシュタインも神の存在を信じています。
アインシュタインが宗教について語った言葉はとても考え深いものです。
アインシュタインですら自らを『無限の知恵の海岸の一粒の砂』と表現しています。彼によれば、無限の知恵の根本にある『第一原因』こそが「神」なのです
三田一郎氏はもっとわかりやすい言葉で科学と神の関係を表現しています。
科学においては、神は真に科学的な精神を土台として存在できるものなのです。「神はいない」とばっさり切り捨てるような人は、この科学的な精神に欠けているのです。
念の為言っておきますが「神を信じないこと」や「科学的な精神に欠けていること」を悪いと言っているわけではありません。神を信じる、信じないは個人の自由です。
ただし、私は鍼灸を志す人にはこうした心持ちが必要だと思うのです。
科学と神の対立は、西洋医学と東洋医学の対立に似ています。
気や経絡は存在しないから東洋医学は信じられない、とよく言われます。
しかしそれは科学的な精神に欠けている人間の使う言葉です。
東洋医学は科学が生まれる以前に生まれた医学ですが、その探求は科学的な手法そのものです。
自然の観察に基づいた陰陽理論・五行理論を人体に当てはめて治療方法を考えてきたのが東洋医学です。これはまさに科学的な営みだと言えます。
気や経絡は目に見えないというだけです。
陰陽理論や五行理論をもって治療をすれば、その存在は現象として認めることができます。
陰陽理論や五行理論を学ぶことなく、気や経絡の存在を認めることもできず、ただ解剖学的・生理学的に鍼灸をすることは非常にもったいないと私は思います。
東洋医学にとっては、「気・経絡」が「神」なのです。
「気・経絡」を探求することが「神」に近づくことなのです。
そして「神」に近づこうとする精神は、人の体を相手にする鍼灸師にとってなくてはならないものではないでしょうか。
三田氏の言葉を借りればこのように表現できます。
「鍼灸師とは、人体に対して最も謙虚な者であるべきであり、そのことと気・経絡を信じる姿勢とは、まったく矛盾しないのです。」