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#59【東洋医学】鍼による鎮痛の仕組み

現代科学で明らかになっている、鍼刺激による鎮痛の仕組みについてまとめます。

基本的な痛みに関する内容はすっとばして、いきなり鎮痛のメカニズムについて紹介していきます。
「痛みとは何か?」という問いが気になる方は、過去に有料のマガジンを書いています。興味があれば是非御覧ください。


鎮痛が起こる場所で大まかに3つに分類します。「抹消での鎮痛」「脊髄での鎮痛」「脳での鎮痛」の3つです。

1.抹消での鎮痛

1-1.軸索反射

末梢での鎮痛の1つ目は、軸索反射です。
鍼を刺すと刺した部分の皮膚が赤くなるフレアという現象があります。フレアはこの軸索反射の結果起こっている現象です。

鍼刺激は神経の軸索を通って中枢に情報を伝えますが、途中で伝導が逆行的に働き、皮膚近くにある神経の終末を刺激し神経性の炎症が起こります。
神経の終末からはサブスタンスPCGRPなどの神経伝達物質を放出します。

これらの神経伝達物質は周囲の血管を拡張させ、血管透過性を亢進させます。つまり血流が良くなるということです。血流が良くなるため、皮膚が赤くなって見えるのです。

肩こりなど血流の低下による疼痛には、この軸索反射による疼痛の除去が期待されます。
血流低下によって微細な細胞の損傷が起こることで疼痛誘発物質が産生されます。
軸索反射による血流の改善が疼痛誘発物質を押し流すことで、疼痛の改善が得られるのです。

1-2.腱紡錘

ツボの中には筋肉と骨をつなぐ腱の近くに存在するものも多くあります。
そうしたツボに鍼を刺すと、筋の一時的な収縮が起こり腱紡錘が活性化します。
一時的な収縮というのは、いわゆるトゥイッチングのことでしょう。筋に鍼を刺すとピクッと筋肉が動くことが多々あります。

固まって緊張した筋肉が一時的にピクッと収縮することで、腱紡錘が活性化します。
腱紡錘の活性化はⅠb抑制のメカニズムでα運動ニューロンの興奮を抑制し、筋肉の弛緩が得られます。
筋肉が弛緩すれば血流が良くなりますので、軸索反射のときと同様に疼痛誘発物質が除去されることで疼痛が改善されます。

1-3.内因性オピオイド

オピオイドは強力な鎮痛薬として有名ですが、内因性という言葉が付いているのでこれは、体内で作られるオピオイドという意味です。βエンドルフィンやエンケファリンなどが有名です。

免疫に関わる白血球がこの内因性オピオイドを持っています。炎症や組織の損傷が起こっているところに白血球は集まってきますが、そこに鍼という新たな刺激を加えることで、白血球から内因性オピオイドが放出されます

この内因性オピオイドは感覚神経末端の受容体と結合し、神経の興奮を鎮める働きがあります。
痛覚を伝達する神経の興奮が鎮まれば疼痛も改善します。

1-4.アデノシンとA1受容体

アデノシンとはATP(アデノシン三リン酸)と言うときのアデノシンのことです。
このアデノシンの受容体を人間はいくつか持っているのですが、その中でA1受容体というのが鎮痛に働くことがわかっています。

鍼刺激によって損傷した細胞からアデノシンが大量に放出されます。
このアデノシンはがA1受容体と結合することで、鎮痛が得られるのです。

これは人を対象とした実験でも実証されており、注目されている鎮痛のメカニズムです。

2.脊髄での鎮痛:ゲートコントロール理論

痛みについて学ぶ中で馴染みやすいのがゲートコントロール理論です。
「痛いの痛いの飛んでいけ」が効くのは、このゲートコントロール理論で説明されます。

ゲートコントロール理論の主役となるのは、SG細胞と呼ばれる細胞です。これは脊髄後角の中に存在する細胞です。
疼痛は、Aδ線維とC線維から伝わった情報が脊髄内のT細胞を経由して脳まで伝達されることがわかっています。SG細胞はこのT細胞の門番のような働きをしている細胞です。

SG細胞による疼痛のコントロールについて簡単に説明します。

①Aδ線維とC線維からの情報はSG細胞を抑制、T細胞を興奮させることで痛みを脳に伝えます。
②ここに「さする」などの皮膚刺激を加えます。
皮膚刺激はAβ線維を伝わってSG細胞を活性化させます。
活性化したSG細胞はT細胞につながるAδ線維やC線維を抑制することでT細胞の興奮を抑えます
⑤T細胞の興奮が抑制されるので、痛みが脳に伝わらなくなります。

過去にはこの理論は否定されることもありました。
しかし脊髄後角の中の詳しい様子が明らかになるにつれて、とても複雑な神経回路がそこに存在することがわかってきました。
また脊髄後角にある神経細胞には内因性オピオイドの受容体が豊富に存在するため、内因性オピオイドが脊髄内での疼痛のコントロールに一役買っている可能性が示唆されています。

3.脳での鎮痛

3-1.下行性疼痛抑制系

下行性というのは、上から下へトップダウンで疼痛を抑制するという意味です。つまり、脳から痛み情報の中継点である脊髄後角に働きかける鎮痛作用です。

疼痛が感覚神経から脊髄後角を経て脳に伝わると、中脳中心灰白質(PAG)を刺激します。このPAGに伝わった情報はそのまま脊髄を下行し、ノルアドレナリンやセロトニンと言った神経伝達物質が脊髄後角に放出されます。
これらの物質は、痛みを伝える脊髄後角のシナプス間の伝達を阻害することで疼痛を抑制します。

このPAGの働きが悪くなると、下行性疼痛抑制系が働かないため痛みに敏感になると言われています。ストレスなどで扁桃体が活性化すると、PAGの働きを抑制してしまうことが実験で明らかになっています。

鍼灸による刺激もこのPAGに伝わるため、PAGを活性化させその結果疼痛を抑制するという効果があります。

ちなみにこの下行性疼痛抑制系は脳から脊髄全てに情報が伝達されます。ということは全身の痛みを抑制する効果があるということです。
手のツボに鍼を刺したら腰痛が治まったということが鍼灸治療ではしばしば起こります。それはこの下行性疼痛抑制系の効果かもしれません。

3-2.鍼通電による鎮痛効果

鍼に微弱な電流を流して治療効果を増強させる鍼通電という治療があります。
これも、PAGを刺激することで下行性疼痛抑制系を活性化させるのですが、周波数によってその効果が異なることが分かっています。

低い周波(1〜9Hz)では、βエンドルフィンやエンケファリンが分泌されます。PAGはこれらの受容体を多く持っているので、下行性疼痛抑制系による鎮痛効果を生み出します。
この効果は、現れるまで時間がかかりますが、刺激を終了した後も鎮痛効果が一定時間継続し全身の疼痛を抑制することがわかっています。

一方高い週は(50〜200Hz)では、ダイノルフィンという物質が分泌され、これも疼痛の抑制に効果があります。
こちらは、刺激をしている間だけ疼痛抑制の効果があると言われています。

参考図書・文献
山本高穂・大野智、東洋医学はなぜ効くのか、2024、講談社

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