【エッセイ】ウェットティッシュの一生 | 娘の恋と環境問題の狭間で悩む母の話
2歳になる娘がいま1番はまっているおもちゃがある。
ウエットティッシュの白い箱である。
蓋のグレーの部分を押して、ウェットティッシュをしゅっと引き抜く感覚がたまらないらしい。
食後は自らがこぼした無数のパン屑を指さして、それを言い訳にティッシュを出したいと何度も何度もせがむ。
もちろん、引き出されたウェットティッシュがパン屑を拭うことは滅多にない。
彼女が好きなのはウェットティッシュではなく、ウェットティッシュを引き抜くその瞬間なのだ。
次女のおむつを変えたりしていて目を離すと、あたり一面、娘の引き出したウェットティッシュが宙を舞っている。
「やめて!もったいないから!」
諫める母の声もむなしく、ウェットティッシュはすぐに底をついてしまう。
ただのティッシュなら、まあ拾って箱に戻せばいいか、と少しは腹の虫もおさまるのだが、ウェットティッシュは一度出してしまうとすぐに乾いてしまう。
単なるティッシュに上乗せされたその値段分の役目を果たせなくなるのだ。
「ママ!ティッシュもっと!」
娘がテーブルから叫んでいる。
とんでもなくキラキラした目を丸くして、恋をした少女のような顔をして叫んでいる。
白い箱から無数に出てくるウェットティッシュ。
しゅっという音がして、ティッシュが箱の入り口に少しひっかかりながら、指の力で美しく引き抜かれていくその姿。引き抜いたあと、また同じような形で次のティッシュが自動的に入り口に頭をのぞかせるその姿。
娘にとってはそれが音楽であり、美術であり、いま1番夢中になっている恋なのだ。
本来であれば、母にぞんざいに引き抜かれ、床や机を拭かれて終えるウェットティッシュの一生。
たとえ何かを拭くという天命を果たせないとしても、可愛い少女からこれ以上ないわくわくした表情でその引き抜かれる様を見られる一生のほうが、ウェットティッシュにとっては本望なのかもしれない。
「もったいないから!」
そう叫んで、宙を舞うウェットティッシュを見ながら、今日も母は悩んでいる。
#もったいないから
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