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アーティストの神聖性

  随分の間好いているアーティストが居るのだが、この前初めてその方のライブに行ってきた。
 今までどうして行かなかったかというと、私はそのアーティストが好きなのでなくて、そのアーティストがつくる音楽が好きだったからで、CDで聴くだけで、自分としてはまあ十分だったからである。

 それじゃあどうして行ったのかというと、今回はアルバムツアーという形式のライブだったのですが、そのアルバムに殊に気に入った楽曲があって、なんとかそれを生で聴きたくて行ったのである。

 折角だからグッズも買おうと思い出して始発で家を発った。着いた時には存外列は短かったが、並んでみるとレジの回転が悪く午迄並んだから参った。矢鱈に高いTシャツやらを買って、後ろの列を返り見ると恐ろしい人だかりがある。凄い世界にきたと思ったものだ。まあこんな話はいいのだ。

 開場して、自分の席へ行くと、そこはステージからは相当離れた所だった。幸い視界を遮る柱などは無かったが、如何せん遠かった。
 しばらく待っていたら、会場は人でたくさんになった。ステージ付近の人間はみんな米粒ほどで、それがみんな微動している。だから何だか不思議かつ奇妙であった。もう自分から5mくらいまでの空間しか実感を伴わない。それから先はあってないような不確かさを感じる。...こんな話はいいのだ。

 ライブは内容は概して良かった。ただ一寸音が大きすぎて綺麗に聞こえないのと、周りをちらちら見ながら合わせて手を上げたりするのが、愚鈍のするようなことに思えたが。
 しかし、なによりも聴きたかったお気に入りの楽曲をやらなかったことが一番惜しい点である。会場に入る前に、この楽曲を聞かなきゃ来た意味がないとまで連れに豪語したのだが、なんとその曲はついに終いまで演奏されなかった。悲しいことに、いつやるのかと気になって、他の曲にも集中が出来なかった。
 しかし、全体として良かったことには良かったし、満足度も高かった。

 さて、本題に移る。私はこのアーティストを神格化する如くに傾倒して、曲を聴き倒し、思想を読み古した。そこには少しだけ度を越した信頼があって、まあ大体の活動、発言や行動に納得したり、共感したりしてきた訳だが、ライブに行ってみてそれがちょっと変化し出した。アーティストの持つ神聖性が随分小さくなったような気がするのだ。 

 あの日、自分の視界に今までイヤホンを通してしか会うことのなかった存在が映っていて、直に自分の耳に語りかけてきた。ついに私は初めて彼らの実在を認めた。
 そこで同時に、なんだか急に、彼らが神聖な高所から下界に降りたような、意外な親近感を覚えたのだ。これは必然でもあった。私の席はスタンド席で、必然的にアーティストを見下ろす必要があったからだ。その結果、最も彼らに近づいた瞬間に、たった今までの構図と正反対になってしまったのだ。


 彼らは存外チンケなもので、ありふれた人間で、卑俗な世間の一部にすぎないのかもしれないという予感が振動とともに伝わってきた。
 その通りでもある。彼らも私と同じ人間である。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、この意外な打撃は、崇拝してきたアーティストへの見方を変えるに十分だった。

 彼らはライブの最後の最後に、新アルバムについてと、彼らの楽曲についての存在の仕方について、相当の熱量を持って熱く語ってくれたのだが、わたしにはさほどの響きを与えなかった。もしこれをネット上のレポートや、雑誌のインタビューの中で見ていたならば、今まで通りの感動を得たと思う。


 変な話であるが、簡明に言えば、私たちが誰かに傾倒する上で、距離感というものが意外と肝要なのかもしれない。故人に傾倒するならそんな心配は要らんのですが、今を生きる人となると、会いにも行けるし、共に生きることもできなくはない。そうして近さや手軽さを見出してしまうと、相手への尊敬や観察に手抜きが生じる。そうなると、他者から学ぶ、殊に自分の尊敬する人から学ぶという素晴らしい体験が薄らいでいってしまう。こうなった状況において、我々は飽きたと言うのだろう。

 我々が常に新鮮な、頭に刺激を与えてくれるような偉大な人に出会った時に、気を付けなくちゃならんことは、その偉大な人の神聖性を、自らの中で消してしまうといけないということだと思う。だから、故人に傾倒するのは楽ではある。

 ちなみに私は漱石先生に傾倒している。そして、今回の話出ててきたアーティストというのは、BUMP OF CHICKENのことである。全く故人と非故人ですから、当然上述のような距離感の懸隔としての違和感が生じるのも仕方なかったとは思うが、BUMPとの接し方に気を付けていこうと考えた。


 全く余談だが、だからアーティストはtwitterやらのSNSなど身軽すぎる受容者とのコミュニケーションツールを使うべきじゃないと思うのだ。




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