5冊目 『星か獣になる季節』について
こんにちは、豊世です。少し間が開いてしまいましたが、記念すべき5冊目の本紹介です。紹介したい本自体はまだまだあるんですが、この本はもっと後にしようとか、この本は近々続編が出るらしいからその時に取っておこう…とか考えていると結局毎回取り上げる本選びに苦労してしまいます。とりあえず近いところで10冊くらいを目標に頑張っていきますので、お付き合いのほどお願いいたします。
さて、今日ご紹介するのは最果タヒさんの『星か獣になる季節』です。最果タヒさんは元々詩人の方で、本作をきっかけに徐々に小説も執筆するようになっています。それでは早速紹介していきます。
1、 あらすじ
主人公の「ぼく」こと山城は地下アイドルのまみちゃんの好きな高校生。しかしある日、そんなまみちゃんが殺人の罪を犯してしまったことを山城は知ります。平凡で何の才能もなくただの頑張り屋なだけのまみちゃんを好いていた山城は、どうにかしてまみちゃんの無罪を証明しようと画策します。
そんな折に山城は、よくまみちゃんのライブで見かけていたクラスの人気者の森下も、まみちゃんのために動き出していることを知ります。クラスでの立ち位置は正反対の二人ですが、ただ1人のアイドルを救いたいという思いだけで共に計画を進めていきます。
しかし、アイドルへの想いの在り方も社会性もまるで違う森下と行動を共にするうちに、山城は次第に森下に複雑な感情を抱き始めます。
さらにまみちゃんの代わりに罪をかぶろうとする森下はまみちゃんと同じ手口で次々と殺人を犯していきます。迷いなく犯行を重ねていく森下の計画に、山城は次第についていけなくなり…
2、 対極に位置付けられた共犯者
まみちゃんを冤罪であると証明しようと共に奔走する山城と森下ですが、この二人はとことん対極な人物として描かれています。山城はクラスでものけ者扱いされているアイドルオタクで、ちょっとひねくれているところはありますが小心者で人間的です。それに対して森下は、クラスの人気者で一見善人に見えるものの、非常に合理的で計画を進める中でも感情を一切排除してただひたすらにまみちゃんを助けるために行動していきます。
このように全てが正反対な2人が同じ目的で計画を進めていくことで、それぞれの個性がより鮮明に浮かび上がっていきます。考え方もあり方も異なる森下と一緒にいるうちに、山城は時に森下の異常性を恐れたり、時にクラスの人気者としての一面を見せつけられて激しい劣等感を覚えたりします。
特にまみちゃんへの想いが描写されるとき、2人の差が顕著に現れます。山城はまみちゃんのことを、かわいいだけでそれ以外には特徴もなく、歌も踊りも努力だけでぎりぎり頑張っていけている凡人だと思っています。そして、そんな凡人が必死にアイドルをやっている姿をある種馬鹿にすることで表向き彼女を応援しています。だからこそ平凡だと思っていたまみちゃんが殺人を犯したことを信じられず、彼女の平凡さを証明するために山城は計画を企てます。
しかし森下は、まみちゃんを一人のアイドルとして本気で崇拝し、応援しています。森下にとってまみちゃんが殺人を犯したかどうかはどうでもよく、ただただ自分の推しのアイドルへの愛情のために行動を起こしています。この2人の動機の違いが、後々顕著に表れていきます。
3、「ぼく」から「きみ」へ向けて語られる物語
本作は山城たちが計画を進めていく章と、その事件の数年後の残された人物たちを描いた章の2編で構成されます。そして前編では、主人公の山城の一人称視点で物語が進み、その中で山城は一貫してまみちゃんを「きみ」と呼んでいます。それゆえ物語の中でおきる出来事のほとんどは「ぼく」の感情へ昇華され「きみ」への言葉として表現されます。1人の殺人者をかばうためだけに無関係の第三者が連続殺人を行うという歪なこの物語が、特定の人物へ向けての語りというシンプルな構図で描写されている構造も本作の魅力の1つです。
また、何度か触れているように、山城のまみちゃんへの想いというのは非常にひねくれていて、誠実とは言い難いです。しかし、物語が進み、徐々に自分たちの行いが後戻りできないものになっていくうちに、山城の言葉も素直になっていきます。まみちゃんを見下し、馬鹿にしながら応援するという本質そのものは変わらずとも、最後には素直にそんな想いを打ち明ける山城の心境変化も丁寧に描かれています。ひねくれていながらも小心者で人間的でな山城のパーソナリティーも、10代の少年の描写として非常にリアルです。
今回は以上です。今回は主に作品の構図について触れてきましたが、最果タヒさんの詩人らしい短文で流れるように語っていく文章も本作の魅力です。でもその辺りの魅力は実際に読んでみることでしかわかりにくいかなと漏ったので割愛しています。作品としてはそんなに長くないのでぜひ皆さん読んでみてください。ではまたお会いしましょう。