読書感想文『#ハッシュタグストーリー』麻布競馬場・柿原朋哉・カツセマサヒコ・木爾チレン
1作家につき1作品のショートストーリー。みぞおちでママレードをかき混ぜているような、苦いような甘いような、それでいてなんとなくフィニッシュは心地よい香りのする青春体験。
多くの人が共感できるであろう、若き日に刻まれた暖かくて大切な感覚、大人になっても自分を支えている宝物のような何か、といったものがそれぞれの作家のフィルターを通して描かれている。
『#ハッシュタグストーリー』というタイトル、帯の「心に刺さるSNSのいい話」の文句に若者向けの内容を連想してしまいそうだが、そこにあるのは紛れもなく普遍的なテーマだ。若さゆえの内面的なエネルギー、その日々を省みた時に感じる郷愁、そして今の自分につながるごくわずかな本当に大切な人との出会い。そこにSNSというケーブルを介在させることによって、ちょっと突飛な奇跡じみたハッピーエンドも現実感をもって受け入れられる。非常に月並みな言い方ではあるが、どの作品も「本当によくできているなあ」と感心してしまった。
麻布競馬場氏の『#ネットミームと私』は、多くの人が知っている実在のネットミームから、ひとりの少女が殻を突き破って成長を遂げる壮大なストーリーを作り出している。例の画像を知っている私は「こんなやりも方あるんだ!」とワクワクしながらページを捲ってしまった。
柿原朋哉氏の『#いにしえーしょんず』は慈悲のない精緻なオタクの内面描写が記憶の黒歴史ゾーンを容赦なく突き刺してくる。X(旧Twitter)で承認欲求を満たす人間の脳内まで見透かされていて、読んでいるときのこっ恥ずかしさとムズムズ感がたまらない。
ハードボイルド小説のような緊張感あふれる導入がカッコいい、カツセマサヒコ氏の『#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ』。冷めているように見えても激しさを内包する若者たち、サーキャスティックだけど強い信頼関係、ロックな空気と現代的な温度感が見事にマッチしている。
生々しさと冷静さが同居する男女関係の描写が光る、木爾チレン氏の『#ファインダー越しの私の世界』。うだつの上がらない小説家志望の男性像も妙に解像度が高く面白い。夢見る女子から大人の女性へと成長する主人公、足元の幸せに気づくことの大切さが心に染みる。
どの作品も際立った個性を放ちながら、ろうそくの灯りのような、あるいは蛍の光のような、優しくて暖かいエネルギーを読者に与えてくれる。仕事で疲れ切った帰りの電車、人生を振り返ってモヤモヤしてしまう、そんなときに取り出したくなる一冊である。