読書感想文 『令和元年の人生ゲーム』 麻布競馬場 著

女性が書いてるんじゃないかと思うほど柔らかで可愛らしさすら感じる文体。短い文章の中にこれでもかと散りばめられるみずみずしい比喩表現はくどさを感じることなくスッと入ってくる。私が何度真似しようとしてもできなかった麻布競馬場らしさは、一段落140字の枠の外に出ても相変わらず健在である。いやむしろパワーアップしている。

著者のデビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』ではZ世代あるいはそれに近い年代層の抱える虚無みたいなものが描かれていたが、本作はもっと踏み込んでいる。虚無の中で悩み傷つきながらも、現実を俯瞰的に見つめ、自分の中の嫌なところやズルさと対峙して結論を出そうともがく主人公たち。その姿にアザケイ氏自身の答えというか示唆がある。彼の作品には冷笑的な印象を受ける人も少なくないようだが、私は本作からアザケイ氏なりの想いみたいなものを強く感じた。

冷笑されているような薄気味悪さ、あるいは居心地の悪さを覚えるというのは、読者自身の人生に対する不真面目さや怠惰な姿勢をチクチクと突かれることにあるんじゃないか、私はそう思う。一生懸命考えているフリをしながら、環境や世間といった曖昧な存在に責任や判断を押し付ける、自分を加害者にしないように生きる、変わらない自分を正当化する。でもそれは傍目に見ると正しいように見えるし、正面から非難されるようなものでもない。そんな賢い生き方が丁寧に、具体的に描かれている。特に第3話のシロクマ軍団の描写はとんでもなく滑稽で、完全に悪意の塊であり、小バカにしている感は大いにある。

生まれてから死ぬまでずっとあんな他責の権化みたいな生き方をしている人は少ないだろうが、人生におけるさまざまな選択の場面で、他人からの見え方ばかりを綺麗に取り繕った打算的な逃げ道を一度も選んだことはないと、胸を張って言える人もまた多くないのではなかろうか。そんな誰しもが思い当たるズルさだとか、みっともない心の内を的確に言語化し、突きつけてくる氏の作風が、一部のプライドの高い人々には受け入れ難いものになっているのだろう。私も彼の作品を読むたびにすごく嫌な気分にさせられるからよくわかる。

全部で207ページ、4話構成、長い文章が読むのが苦手な人でも週末少しまとまった時間を作れば読めてしまう分量。タイパ意識の強い現代人にもぴったりである。嫌な気分にさせられつつも、それでも前を向いて進もうとする我々の背中をそっと押してくれる、奇妙な優しさに包まれる時間をみなさんにも過ごしてみてほしい。


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