本と大学と図書館と-41-家庭の学びと研究 (Fmics Big Egg 2022年7月号)
山本周五郎の人情もの現代小説『寝ぼけ署長』の五道署長は,クールな頭脳とホットな心の持ち主。市井に交わり,事件が表沙汰になる前に,更に,起こるであろう犯罪が,犯罪になることのないよう,人情味あふれる方法で穏便に解決してしまいます。転任が決まると,別れを悲しみ,留任を求める市民が押し寄せて幕を閉じます。心の晴れる展開と結末で,爽快な気分になります。ものごとが円滑にはこんでいる限り,この署長が人知れず果たしていた「優れた社会基盤の恩恵」を,我々は全く意識しません。電気もインターネットも,停電や不通になって,はじめてそのありがたさに気づきます。
飛躍ですが,五道署長のように,家庭の全部を切り盛りしていた妻の体調が優れなくなり,負担軽減のため,僕が食事と買い物の2つを分担することにしました(食べることと,お金を使うことが好きなので)。必要最低限の食器や調理器具や食品ストック,整理整頓された台所用品や生活雑貨,標準化された調理手順(特に米を研ぐ手順と,文化鍋でのガス炊飯),食品と生活雑貨の調達先など,妻の敷いたレールの上を走って,何とか完遂できています。長年の「家庭経営」が生活基盤として安定稼働していたおかげです。
「家庭経営」とは,家族や個人の欲望や希望を達成するために,家庭で行う仕事です。社会の進歩と文化の向上で,欲望や希望は増幅します。それらを満たすための物資の質・量は拡充し,社会サービスも高度化・多様化します。物資とサービスをうまく生活に取り入れ,能率的に活用するため,不断の努力と「学び」が必要になります。
欲望には,食欲,睡眠,休息,愛情の交換があり,人間らしく生きるためには,教養,運動,趣味,社交などの多様な営みがあります。欲望や希望の達成には,愛情,能力,時間,労力,金銭,衣服,食物,住居,家庭設備,社会施設やサービスなど,有形無形の多くのモノが使用されます。そして,家族の衣食住の生活,育児,教育,家計,衛生,健康,看護,交際,一家団欒,娯楽などの仕事が処理されます。卑近な例では,大学院の学費や調査費,修論のグループインタビューの接待など,妻には世話になりっぱなしです。
本来,家族全員が参画すべき「家庭経営」は,一般に主婦の受け持ちです。退職を機に,家事的なものは夫婦で協力しあい,主婦は判断能力と選択能力を必要とする経営方法に傾注すべきです。先細る家庭資源や多様なサービスの運営・管理への機敏な対応には,主婦の「学び」と「研究的な態度」こそ必要になるでしょう。
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