【気まぐれエッセイ】逆に自意識過剰だった話

■大好きで大嫌いな水商売


私はけっこう水商売歴が長い。18歳から始めて、今年で32歳になる今も細々と続けている(週に1度くらい)。よく夜型の生活や仕事内容に嫌気がさして辞めてしまう(結局1年ほどで再開するくせに)ので、合計すると14年中4年ほどは辞めていた期間があるのだけど、それでも10年は水商売に携わっていることになる。

そんなに続けているのだから向いているのだろう(少なくとも好きなのだろう)と思われるかもしれないが、そうでもない。売れない仕事に出来るほど男性にモテるタイプじゃない夜の接客には向いていない、とやればやるほど実感した。

それなのになぜずっとこの仕事を続けているのか。お金と時間のためというのは大きな理由だ(短時間である程度のお金を稼げるこの仕事はとてもありがたい)。でもきっとそれだけじゃない。たしかにこの仕事には、惹かれる要素があるのだ。大嫌いな要素と大好きな要素が混在するこの仕事に、私はいつまでも中途半端に関わり続けている。


■「この仕事が好き」と思った赤坂のお店

厳密にいえば初めて働いたお店は、地元のキャバクラだ。高校を卒業して上京するまでの二週間だけ働いて、上京資金の足しにした。

次に働いたお店(正式に勤めた最初のお店)は、赤坂のちょっと昭和っぽい内装のお店。料金形態はキャバクラと同じだけど、落ち着いた雰囲気や席に着く女の子の入れ替わりが少ないところはクラブのよう。でもママはいない。そんなお店。バブル時代に大流行したグランドキャバレーにボーイとして勤めていた男性が開いたお店で、店内にはステージや楽器があった。私が勤めている間に楽器が使われたのは1度くらいだった気がするけれど、昔はよく生バンドで歌ったり踊ったりしていたらしい。そのため音楽好きのお客様や歌手志望のホステスが多かった。実は私もそのうちの1人。私は高校生の頃にヒップホップやレゲェのクラブイベントにハマり、クラブシンガーを目指していた。そのために上京したのだ。だからアルバイト中も歌える環境に身を置きたくてそのお店を選んだ。才能がなかった(音痴でリズム感もなかった)し、そんな不利なスタート地点から這い上がれるほどは好きじゃなかったので結局諦めたのだけど(それでもやりたいことを全部叶えたのち、趣味でいいからいつか正確な音程でステージに立ってみたいとは思っている 笑)。

まあそれはいいとして水商売に話を戻すと、赤坂のお店での成績は結構良かった(ナンバー2になったこともある)。男性は若い子が好きというイメージがあるけれど、18歳は若すぎる。お客様にとっては年上のお姉さんたちのほうが、女としては魅力的だったに違いない。だけどキャラクターとしては、18歳というポップな年齢はウケが良かった。「18歳の子がいるんだよ」とネタにもなるしね。お客様もホステスも大人の人が多いお店だったので、私は親戚中で最初に生まれた子どものように可愛がってもらえたのだ。

お酒はまだ飲めなかったけどお酒の場は楽しかったし、毎日新しい人との出会いがあることも、人と話すことも、お姉さんやお客様から都会の夜遊びを教わるのも楽しかった。しかもそのお店はとても客層が良かった。食事に誘われれば、こちらが誘導せずともそれは当たり前に同伴のお誘いだったし、私はただ誠実にお客様とのコミュニケーションを楽しんでいれば良かった。あのお店に勤めていた頃は、自分はこの仕事に向いていると思っていたし、夢が第一優先ではあるけれど、せっかくやるのだからこの仕事も頑張ろうとやる気に満ちていた。

■「水商売に向かない」と思い知らされた川崎のキャバクラ

私には水商売は向かないと思い知ったのは、次のお店に移ったときだ。最初のお店はとても上品でいいお店だったのだけど、夜のお店の中では時給が高いほうではなかった。私はもっと稼ぎたかった。売れていないのに芸能ごとをやっていくには何かとお金がかかるのだ。しかもせっかく水商売をするのだから、普通の18歳がお昼の仕事では到底稼げないような金額を稼いでみたかった。そこでWebの求人情報で時給が高かった、川崎のキャバクラに移ったのだ。

クラブ、ラウンジ、スナック、キャバクラといったお店の違いも、街によって客層がガラリと変わることも、当時の私は知らなかった。正直、川崎のキャバクラに来るお客様と、私は合わなかった。客層がうんと若かったし、よく言えばイケイケ、悪く言えばガラが悪い男性が多く、女の子も派手な子が人気だった。一度歯がないお客様に、「歯どうしたんですか?喧嘩でもしたんですか?」と何気なく聞いてしまい、その場が凍り付いたことがある(たぶん薬物が原因だったから)。お客様の煙草に火をつけようとしても、空いたグラスにお酒を注ごうとしても、秒速で舎弟らしき人が私たちの仕事をこなしてしまう。そういうお客様たちは大抵、男同士で物騒な話をしているのだ(ミナミの帝王の世界 笑)。手持無沙汰で、話すことも話しかけるタイミングも見つけられずただひたすらに気まずかった。


■色恋営業が苦手

何より私が「この仕事って難しい」と感じたのは、キャバ嬢と付き合っているつもりで来店しているお客様がすごく多かったこと。こういうお仕事だから、多少のドキドキ(疑似恋愛要素)は必要だし、「もしかして……」という夢を提供することに抵抗はない。しかも最初のお店のお客様は、すべて分かったうえでわざと楽しんでいる(ディズニーランドへ行くようなもの)方が多かった。だからとても働きやすかったのだけど、次のお店ではそうじゃなかった。指名してくれたお客様はいつの間にか私のことを本当に彼女だと思っていたし(そんな話していないのに 笑)、勘違いさせたまま上手くお店に引っ張るなんて苦行だった。私には「色恋営業」というものが無理だったのだ(自分の持って行き方次第で色恋要素を減らせたのだろうけど)。ものすごいストレスで、今から振り返れば軽くうつ状態になっていたと思う。結局、お店の偉い人に成績が悪いことを咎められ逆切れして、クビになった(苦笑)。


■「自意識過剰だった」と気付かされた銀座のクラブ

それ以降、ときどき昼の仕事に移りながら、色んなお店を渡り歩いた。それぞれのお店で色んな経験をしたけれど、長くなるのでそれはまた別の機会に話すことにする。

さて本題に入ろう。ある銀座のクラブで先輩ホステスから言われた一言に、私は衝撃を受けた。というか、今までそのことに気づいていなかった自分を恥ずかしく思ったし、これまで自分が周りの人たちに大切にしてもらってきたことを改めて実感した。

「口説かれるのがイヤだ」と相談したとき、先輩ホステスからこう言われたのだ。

「あたはまだ、自分のことが可愛くて仕方ないのね。お客様にとって、あなたは一人の女性ではなく、ホステスに過ぎないのよ。私たちはお客様の理想を体現する存在でしかないの。二次元のキャラクターに近いかもね。会って話せるアニメのキャラのようなものよ。お客様は私たちのことを、スリムな子とか、胸の大きい子とか、20代の子、30代の子、女優の〇〇に似ている子とか、そんな風にしか認識していないの。だから口説かれたって、まともに受け取らなくていいのよ。お客様の夢を壊さずどうかわすか、お客様だってそれを楽しんでいるんだから」

その通りだ、とハッとした。

売れない、モテない、と自信を失いながらも、私は無意識のうちに、お客様に自分のことを一人の女性として認識されているつもりでいたのだ。

お客様が夜のお店に通うのは、私が少女漫画を読んだり、好きな俳優が出ているドラマを観たりするようなものなのに。言葉にしてみると「そりゃそうだろ」という感じもするが、私はそれを、わかっているようでちっともわかっていなかった。

だから私はそれまで、何を言われても、良くも悪くもまともに取り合ってきた。だってそういう環境で育ったから。これこそ自意識過剰な言い方かもしれないが、私はそれまで、関わる人たちにとっていつも本命だったから。具体的には親、祖父母、叔母、彼氏にとって。遊び相手にするにはきっと物足りなくてつまらない女。マスコットにするには面白味にかける子。だけど最後はそばにおきたい大切な子。私はそんなセルフイメージを持っていた。それが覆されたわけではないけれど、お客様にとってはそうじゃないことに、この先輩ホステスの言葉で気づかされた。私は自信がないと言いながら、自意識過剰だったわけだ。


■最後の水商売、思い切り楽しむつもり


今はもうたまにしかお店に出ていないけれど、どうせやるからにはうんと楽しもうと思っている。そしてお客様にも、楽しんでいただけるように。年齢的にももうこれが最後だ(自分のお店を持つほど本気なら話は別だけど)。本業で十分なお金を稼ぎ、お金と時間と場所と精神の自由を手に入れるという目標を達成するまでの間、あと少しお世話になる。長年携わった仕事を、嫌いだと思ったまま卒業したくないからね。

私が好きなこの仕事の要素とは、人との出会い、会話だ。僭越ながら、私がいることでその場が盛り上がったり、場が華やいだりしたと実感できる瞬間がたまらなく好きだし、お酒が入りちょっと崩れた雰囲気で色んな会話をするのが好きだ。酔っ払いの馬鹿騒ぎ……をしていたかと思いきや、ふいにシラフのときにはしないような、哲学的な話が繰り広げられる、そんな不思議な空間が好きだ。

自意識を捨てて、お客様の理想を体現するホステスという役割を、残りの期間思い切り楽しんでみようと思う。

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とわ 歩志華 (Hoshika Towa)
幸せな時間で人生を埋め尽くしたい私にとって書くことは、不幸を無駄にしない手段の1つ。サポートしていただいたお金は、人に聞かせるほどでもない平凡で幸せなひと時を色付けするために使わせていただきます。そしてあなたのそんなひと時の一部に私の文章を使ってもらえたら、とっても嬉しいです。