tabesuki

日々の瑣末なことや頭に浮かんだことなどをぽつりぽつりと綴っていけたら。 時折映画などにもふれるかも…。 よろしくお願いします。

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最近の記事

あゝ真夏

2024.07.10 うだるような暑さが続いている。 カンカン照りの日と分厚い雲に覆われた日が白白黒と碁石のならぶ規則数列のようにやってくる。不安定な気候に振り回される。夏だ。 わたしは夏が好きだ。 グラスにお茶を注ぐ時の、カランと氷の揺れる音は毎年うれしい。むわっと広がる畳のにおいも心地よいし、扇風機の微かな唸り声もずっと聞いていられる。とはいえ年々増していく酷暑ぶりに生き延びれるのかと本気で心配になる。わたしたちの世代がおばあちゃんになる頃には、「夏眠」なんて文化がで

    • 写真を撮る意味

      ここ半年間ほどで、写真を撮る機会が急激に増えた。 自分の半径2メートル以内でささやかに楽しむ写真を撮り続けて、それをSNSにアップしていたら、ありがたいことに大学時代同じ学科だった友人から家族の写真を撮ってほしいと言ってもらえて、それをまたアップしたら、別の人からもオファーがきて。そんな風にして、少しずつ輪が広がり、撮っては編集してとたのしい日々を最近おくっています。 自分が撮った写真で誰かが喜んでくれる。まさかこんな日が来るとは、ね。 自分の撮る写真が他の誰かにとっても

      • 未だに実在するイケてない行為「偏差値で相対的にかわいいをはかる」について

        毒吐きたい毒吐きたい毒吐きたい! 皆さんはこんな発作に見舞われることはありますか?私はたまにあります。 昨晩がまさに。 ちなみに発作の前、タイミングよくThe School for Good and Evilという映画を観ていたんだけど、天使のようにかわいいヒロインが自分の内なる「悪性」に気付き闇落ちするシーンがあるの。その演出がね、とにかくかっこいいんです。ビリーアイリッシュのYou should see me in a crownをバックにきめきめのゴスメイクとファッシ

        • 川上未映子『春のこわいもの』を読んだ日の記録 

          川上未映子さんの作品はこわい。 川上さんの作品、とりわけ小説を読むと、ふだんは見えずに済んでいる他人のこわい(でも持ち合わせて当然の)感情が、自分の心の影の部分と同期し、牙を剥く。自分によるものか他人によるものか区別のつかない引っ掻き傷が残る。一種のカタルシスと安堵もセットで。 読めば苦しくなるから、たぶん人を選ぶ作品も多い。それでいて、人々が抱く各々の正義を等価値として描く姿勢が一貫しており、説教くさくない。私はそこに絶大な信頼を寄せているから、この人の小説になら傷つけら

          カンカン飴とノスタルジー

          いちご× めろん× れもん× れもん またれもん、× ハッカ ハッカはお母さん。 ぶどう は、お兄ちゃん。 おれんじ× 好きだけど。 あ、チョコ。〇 幼いころサクマドロップスが好きで、ハンカチとティッシュを差し置いてあのカンカンを持ち歩いていた時期があった。 どうしてあんなに好きだったのだろう。 今となっては、個人的おやつランキングのなかで、飴は結構下の方。チョコレートやクッキーと比べて、味、触感、ともに掴みに欠けるし、なんだかうすぼんやりとしており、鈍い感じ。そんなぱ

          カンカン飴とノスタルジー

          朝食の風景

          朝食の場面が好きだ。とりわけ、休日や旅先での朝食が。小説や映画なんかでその場面になると、ついつい食い入るように見てしまう。 平日のそれとは異なる、穏やかな時間。テーブルにはギンガムチェックの、あるいはまっ白のクロスがかけられ、塩やコショウが常備されている。そこに並べられる、トースト、スクランブルエッグ、ベーコン。窓からはやわらかいオレンジ色のひかり。私はそれらが本当に好きで好きで仕方がない。おなかが空くというより、たちまちぎゅっと幸福になってしまう。 なぜこんなに好きなの

          朝食の風景

          容姿

          今日は容姿について。いつもよりちょっとセンシティヴな内容だから、少し緊張。椎名林檎の『ありあまる富』を聴いてから書き始めることとします。 私は、長らく、物理的に容姿を磨くことーお化粧やボディメイクに力点を置くことーから距離をとっていた。もちろん自信があるからではない。 こだわることが怖かったのだ。 こだわるということは、意識にのぼる回数や派生して気にかける事柄が多くなるということで、時間も気持ちも投資することになる。ともすれば、自分のコンプレックスと真正面から向き合わな

          瞬きする度に色が変わる花

          瞬きする度に色が変わる花をみた 信号待ちで見かけたその花は 道路を挟んだ向かいの空き地一面に咲いており 場違いにロマンチックだった 「不思議な花だよね」 よこに並んだ兄が言った  「よかった、私の目がおかしいのかと思った」 「別におかしくない あの花がそういう花で君の目がそういう目なんだよ」 「なあにそれ」 「いいから 摘んできてあげる」 似つかわしくないはからいに 私は心底よろこびはしゃいだ でもありがとうと見上げたとき 兄はもういなくて 跡

          瞬きする度に色が変わる花

          もの読む女たち

          昨年の12月から月に一度、友人Rと読書会をひらいている。 Rに限らず人と会えば自然と本の話になるのが常だが、Rとの読書会にはいちおうの形式がある。月ごとにテーマをきめて、そのテーマに沿った本(今では派生して漫画や映画も)を2、3冊もちより、紹介しあうというものだ。2月のテーマは「食」だった。私たちは、それぞれひと月をかけて本箱と向き合い、文字通り掘り起し漁りながら選書する。相手の好みを想像し、時にはテーマの解釈にも捻りをきかせる。毎月の心浮くこの習慣は、私の生活を色付きにし

          もの読む女たち

          深夜のデニーズ

          夜から明け方にかけてのデニーズは趣深い。 その趣深さを、私は人生の味方として愛している。 私がデニーズへ行くときは、もう少し夜を引き延ばしたいときか、心が塞いでいるとき。たいていそのどちらかだ。家出少女だった高校時代から通っているので、もう随分とながい付き合いになる。 10代の高校生だった私や20代の社会人の私が、持て余した夜の孤独を引き連れ店のドアを押すと、やわらかい暖色の照明と耳ざわりのよいクラシック音楽が穏やかに迎え入れてくれる。彼らとはすぐに再会することもあるし、

          深夜のデニーズ

          海とともにある街 葉山

          ゴールデンウィーク最終日、おなじみのカフェの特等席でしあわせだった10日間を振り返っている。自分ひとりの時間も友だちとの時間も文句なしにすべてが楽しかったなあ。 そんな連休、最後のお出かけ先は葉山でした。 ということで今日は葉山紀行を書こうと思う。 葉山といえば海の街。私は、どことなく異国の香りがするこの街がとてもとても好きでした。 海辺で読書する中年夫婦、ヨットを愉しむ大学生、大型犬を連れた若いカップル、シャベルを持った子ども。人びとを寛がせる海の力よ。 そして、

          海とともにある街 葉山

          鑑賞メモのバックナンバー

          2回目のnote投稿。 今日は、かつて鑑賞した作品の、かつて書いたメモたちをちょびっとご紹介(投稿2度目にして既に使い回し感満載です)。 ジャンルはばらばら。テーマの関連性もありません。 ちなみに見出しの写真は、先月まで横浜美術館で開催されていた『リズム、反響、ノイズ』展にて撮影したものです。今回の記事でこちらの展示の感想は登場しないのですが、アングルが「遡及」という言葉を喚起させたので使ってみました。 こんなふうに写真フォルダから記事のテーマを設定するのも楽しいですね。

          鑑賞メモのバックナンバー

          今日note始めます。

          令和。新元号、決まりましたね。ラ行が組み込まれているあたり、なんともneoっぽい。あと1ヶ月のあいだは平成ですが、4月1日、新しいことを始めるのにうってつけの日。 ということで、今日note始めます。 動機は、私だけの私の記憶を形にしておきたいから。 こんなふうに書くととってもナルシシスティックだし無論その通りなんだけど(太字にするのもおこがましいが、これも練習練習…)。 少し遡って2017年末から2018年頭。 盤石だと信じて疑わなかった地面がめきめきと崩れてしまうよ

          今日note始めます。