メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第134号「陽虚用藥」の処方「増損樂令湯」他 ─「虚労」章の通し読み ─

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第134号

    ○ 「陽虚用藥」の処方「増損樂令湯」他
      ─「虚労」章の通し読み ─

      ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 
      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。「陽虚用藥」の項、具体的な処方解説の続きです。
 

 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「陽虚用藥」 p446 下・雜病篇 虚勞)


 増損樂令湯

治虚勞陽氣不足半夏一錢半黄〓人(〓くさかんむり氏)
      參橘皮白茯苓當歸桂心細辛前胡麥
  門冬白芍藥甘草各七分附子炮熟地黄各三分
  半遠志二分右〓作一貼薑三棗二水煎服得效(坐りっとう)


 參香散
 
    治虚勞羸痩氣少漸成勞〓人參白朮黄〓(〓やまいだれ祭)
                     (〓くさかんむり氏)
    山藥白茯苓蓮肉各一錢甘草七分半烏藥
  縮砂橘紅乾薑各五分丁香木香白丹香各二分
  半沈香二分右〓作一貼入薑三棗二水煎服得效(〓坐りっとう)


 三仙丹

    治虚勞證腎與膀胱虚冷耳聾目暗蒼朮二
    兩以葱白一握同炒黄去葱川烏一兩以塩
  五錢同炒裂茴香三兩炒右爲末酒糊和丸梧子
  大温酒下五七十丸忌諸血入門○一名長壽元局方


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 増損樂令湯

  治虚勞陽氣不足。半夏一錢半、黄〓(くさかんむり氏)

  人參、橘皮、白茯苓、當歸、桂心、細辛、前胡、

  麥門冬、白芍藥、甘草各七分。

  附子炮、熟地黄各三分半。遠志二分。

  右〓(坐りっとう)作一貼、薑三棗二、水煎服。『得效』


 參香散
 
  治虚勞、羸痩氣少、漸成勞〓(やまいだれ祭)。

  人參、白朮、黄〓(くさかんむり氏)、山藥、白茯苓、

  蓮肉各一錢。甘草七分半。烏藥、縮砂、橘紅、乾薑各五分。

  丁香、木香、白丹香各二分半。沈香二分。

  右〓(坐りっとう)作一貼、入薑三棗二。水煎服。『得效』


 三仙丹

治虚勞證、腎與膀胱虚冷、耳聾目暗。

  蒼朮二兩、以葱白一握、同炒黄去葱。

  川烏一兩、以塩五錢、同炒裂。

  茴香三兩炒。右爲末、酒糊和丸梧子大、温酒下五七十丸。

  忌諸血。『入門』

  一名長壽元。『局方』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


  特になし


 ▲訓読▲(読み下し)


 増損樂令湯

  虚勞陽氣不足を治す。半夏一錢半、黄〓(くさかんむり氏)

  人參、橘皮、白茯苓、當歸、桂心、細辛、前胡、

  麥門冬、白芍藥、甘草各七分。

  附子炮し、熟地黄各三分半。遠志二分。

  右〓(坐りっとう)(きざ)みて一貼と作(な)し、

  薑三棗二、水煎し服す。『得效』


 參香散
 
  虚勞、羸痩氣少く、漸く勞〓(やまいだれ祭)と成るを治す。

  人參、白朮、黄〓(くさかんむり氏)、山藥、白茯苓、

  蓮肉各一錢。甘草七分半。烏藥、縮砂、橘紅、乾薑各五分。

  丁香、木香、白丹香各二分半。沈香二分。

  右〓(坐りっとう)(きざ)みて一貼と作(な)し、

  薑三棗二を入れ、水煎し服す。『得效』


 三仙丹

虚勞の證、腎と膀胱虚冷し、耳聾(みみし)い目暗きを治す。

  蒼朮二兩、葱白一握を以て、同じく炒り黄にし葱を去る。

  川烏一兩、塩五錢を以て、同じく炒り裂く。

  茴香三兩炒る。右末と為し、酒糊に和して梧子の大に丸め、

  温酒にて五七十丸を下す。

  諸血を忌む。『入門』一名長壽元。『局方』


 ■現代語訳■


 増損樂令湯(ぞうそんらくれいとう)

  虚労による陽気不足を治する。

  半夏一銭半、黄〓(くさかんむり氏)、人參、橘皮、

  白茯苓、当帰、桂心、細辛、前胡、麦門冬、白芍薬、甘草各七分。

  炮附子、熟地黄各三分半。遠志二分。

  以上を刻んで一貼とし、生姜三片、大棗二個を加え

  水で煎じて服用する。『得效』


 参香散(さんこうさん)
 
  虚労により羸痩し気が少く、

  次第に勞〓(やまいだれ祭)に成りゆく者を治する。

  人参、白朮、黄〓(くさかんむり氏)、山薬、白茯苓、

  蓮肉各一銭。甘草七分半。烏薬、縮砂、橘紅、乾姜各五分。

  丁香、木香、白丹香各二分半。沈香二分。

  以上を刻んで一貼とし、生姜三片、大棗二個を入れ、

  水で煎じて服用する。『得效』


 三仙丹(さんせんたん)

虚労の証で、腎と膀胱とが虚冷し、

  耳が聞こえず目が見えない者を治する。

  蒼朮二両を葱白一握と炒り、黄色くなったら葱を取り除く。

  川烏一両を塩五銭と、裂けるまで炒る。

  茴香三両を炒る。以上を粉末とし、酒に混ぜて糊状にし(酒糊にし)、

  梧桐の種の大きさに丸め、温酒で五十から七十丸を飲み下す。

  諸々の血と一緒に服用することを忌む。『入門』

  一名を長寿元と呼ぶ。『局方』

 
 ★解説★
 
 「陽虚用藥」の具体的な処方、前号部分に続く三つです。

 既出の表現の使い回しが多く、また他は生薬の列挙ですので読解そのものは
 さほど難しくないと思います。

 ただ問題点はいくつもあり、例えば前号の「正氣補虚湯」の文章で、
 「諸虚冷氣宜服」の切り方を問題点として挙げ、「諸虚、冷氣」で切れるで
 あろうことを示唆しましたが、今号の三つ目、「三仙丹」では「腎與膀胱虚
 冷耳聾目暗」とあり、上で断句、訓読し、また訳したようにこちらでは明ら
 かに「腎與膀胱虚冷、耳聾目暗」と切れると読み取れ、先では「諸虚、冷氣」
 と「虚冷」とは読まなかったのに、こちらでは「虚冷」と読んでいるという、
 間近の前後で一見矛盾した読みになってしまっています。

 前号で書いたように私の手持ちのハングル訳は上記を「虚冷による氣」と読
 んでおり、この「三仙丹」と併せて両者の読みを揃えたであろうことがわか
 ります。

 ただ、前号でも触れたように歴史的には「虚冷」「冷氣」どちらも熟語が存
 在しますので、間近の前後で読みが違ったからと言って必ずしも矛盾である
 とも限りません。前号でいくつかの読みを示唆して内容の吟味をお勧めしま
 したが、この三仙丹の記述というカードが一枚増えましたので、改めて前号
 の「諸虚冷氣宜服」がどこで切れるのかをご検討くださればと思います。

 
 もう一点、この「三仙丹」に今までメルマガで読んだ部分には登場しなかっ
 た重要な記述があり、それが文末の「忌諸血(諸血を忌む)」です。

 これは訳に書いたように、各種の血と一緒に服用してはいけない、という、
 いわば薬の飲み合わせに関する記述と考えられます。

 なぜ血と一緒に飲んではいけないのか、その根拠の記載はここにはありませ
 んが、日本でも鰻と梅干を一緒に食べてはいけない、など食べ合わせの禁忌
 がいくつもあり、それらと同じで、経験上から生まれた組み合わせでもある
 のでしょう。

 これはこの東医宝鑑の湯液篇にも少し記載があり、また代表的な本草書、
 『本草綱目』はじめ各種古典にもこの「忌~」という記載が多数使われ、
 この「三仙丹」だけでなく、どの生薬あるいはどの処方にはどの生薬が合わ
 ない、また反対にどれとどれは相乗効果を生む、という食べ合わせ、飲み合
 わせが歴史的に重視されてきたことがわかります。

 重視、というより漢方の処方は基本的に複数の生薬の組合せでできており、
 そのような、どの生薬と生薬とを組み合せたらどんな効果を生むか、という
 生薬同士の飲み合わせに関する実践研究の集大成が漢方薬の処方だと言えま
 す。

 いつも引き合いに出します、先行の日本語訳本ではこの「忌諸血」の部分を
 省略してしまっています。原文ではたった漢字三文字ですから、全体でさほ
 ど意味をもたないとしてスペースの都合で削ってしまったのでしょうか、そ
 れとも意味がわからなくて省いてしまったのでしょうか。

 たった三文字でもこのように歴史的な意義はとても大きく、また臨床的にも、
 先人が培ってきた知恵が集約されているという点でも非常に大きな背景を持っ
 た三文字で、これを無視してしまうことはその抱えている背景も全て無視し
 切り捨ててしまっていると言え、ここは絶対に省略してはいけない部分と思
 います。 

 ともあれ、各種古典に述べられている生薬の組み合わせの相乗相殺の正否を
 科学的に検証するなどもまた意義深いテーマではと思います。


 ◆ 編集後記

 久しぶりに節気の変わり目の配信で、今日から立秋ですね。感覚的には
 「どこが秋なの?」というような暑い日が続きますが、今朝などは8時ごろ
 表に出たところここしばらくなかった涼しさがあって、既に秋の気配をかす
 かに感じました。

 そもそも私たちの意識より皮膚の感覚の方が外界の気温や気候には敏感で、
 暑さ寒さに関してのみでも、意識が「暑い」「寒い」と感じるずっと以前に
 皮膚はそれを感じ取って、なんらかの体内の調節をしているのですね。

 場合によっては表面的な意識に上らないまま調節が終わっているということ
 もあると思い、むしろその方がほとんどで、意識に上らないうちの調節が常
 に繰り返されていると言ってもよいでしょう。

 二十四節気の移り変わりなども、私たちの意識に上る季節の変化よりも、こ
 うした皮膚が無意識的に感じとる季節変化の方にダイヤルが合っていると言
 えるかもしれません。そう考えると今日の立秋では既に体はしっかりと秋を
 感じ取って、秋の気候に備えた体制を整え始めているのではと思います。

 これなども各種古典を渉猟し、また現代的な生理学的なデータ、気象や気候
 などのデータと突き合わせて考察してみるとなかなか面白い研究ができるの
 ではと思います。

 東洋医学の分野では、昔から続いてきたから、臨床的に効果があるからとい
 う点を頼みに科学的な研究、検証が進まないままになってしまっているブラッ
 クボックス的な現象が多々ありますが、それらに科学的な光を当てて検証し
 ていくことも、より再現性が高く信頼のおける治療体系を作りあげるという
 点でも、また古典をベースに新しい治療方法を模索するという点でも、大切
 なことではと考えています。
                     (2015.08.08.第134号)
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  ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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