メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第142号「陰陽倶虚用藥」(「是齋雙補丸」他)─「虚労」章の通し読み ─
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第142号
○ 「陰陽倶虚用藥」(「是齋雙補丸」他)
─「虚労」章の通し読み ─
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こんにちは。「陰陽倶虚用藥」の処方解説の続きです。今号も長さの都合で二つの処方をお届けします。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「陰陽倶虚用藥」 p447 下段・雜病篇 虚勞)
是齋雙補丸
平補氣血不燥不熱熟地黄補血兎絲子
補氣各八兩右爲末酒糊和丸梧子大酒
飮下七
十丸丹心
滋陰大補丸
治虚勞補心腎熟地黄二兩牛膝山藥
各一兩半杜仲巴戟山茱萸肉〓蓉五(〓くさかんむり從)
味子白茯苓茴香遠志各一兩石菖蒲枸杞子各
五錢右爲末蒸棗肉和蜜爲丸梧子大鹽湯或温
酒下七九十丸○此藥與加味虎潛丸相間服之
所謂補陰和陽生血益精潤肌膚強筋骨性味清
而不寒温而不熱非達造化之
精微者未足與議於此也丹心
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
是齋雙補丸
平補氣血、不燥不熱。熟地黄、補血、
兎絲子、補氣各八兩。右爲末、酒糊和丸梧子大、
酒飮下七十丸。『丹心』
滋陰大補丸
治虚勞、補心腎。熟地黄二兩。牛膝、山藥各一兩半。
杜仲、巴戟、山茱萸、肉〓(くさかんむり從)蓉、
五味子、白茯苓、茴香、遠志各一兩。石菖蒲、
枸杞子各五錢。右爲末、蒸棗肉和蜜爲丸梧子大、
鹽湯或温酒下七九十丸。
此藥與加味虎潛丸相間服之、所謂補陰和陽、
生血益精、潤肌膚、強筋骨、性味清而不寒、
温而不熱、非達造化之精微者、
未足與議於此也。『丹心』
●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)
是齋(ぜさい)人名。下記解説参照。
▲訓読▲(読み下し)
是齋雙補丸
氣血を平補して、燥ならず熱ならず、熟地黄、血を補ふ、
兎絲子、氣を補ふ各八兩。右末と爲し、
酒糊に和して梧子の大に丸め、
酒にて飮み下すこと七十丸。『丹心』
滋陰大補丸
虚勞を治し、心腎を補ふ。
熟地黄二兩。牛膝、山藥各一兩半。
杜仲、巴戟、山茱萸、肉〓(くさかんむり從)蓉、
五味子、白茯苓、茴香、遠志各一兩。石菖蒲、
枸杞子各五錢。右末と爲し、
棗肉を蒸して蜜に和し丸と爲すこと梧子の大いさ、
鹽湯或ひは温酒にて下すこと七九十丸。
此の藥加味虎潛丸と相ひ間(まじ)へてこれを服す、
所謂(いわゆ)る陰を補して陽を和し、
血を生じて精を益し、肌膚を潤し、筋骨を強す、
性味清ふして寒ならず、温にして熱せず、
造化の精微に達するに者に非ざれば、
未だ與(とも)に此れを議するに足らざるなり。『丹心』
■現代語訳■
是齋雙補丸(ぜさいそうほがん)
気と血を平補して、燥も熱も生じない。
熟地黄(血を補う)、兎絲子(気を補う)各八両。
以上を粉末にし、酒に混ぜて糊状にし(酒糊にし)、
梧桐の種の大きさに丸め、酒で七十丸を飲み下す。『丹心』
滋陰大補丸 (じいんだいほがん)
虚労を治し、心腎を補う。
熟地黄二両。牛膝、山薬各一両半。
杜仲、巴戟、山茱萸、肉〓(くさかんむり從)蓉、
五味子、白茯苓、茴香、遠志各一両。石菖蒲、
枸杞子各五銭。以上を粉末にし、
大棗肉を蒸して蜜に混ぜて梧桐の種の大きさに丸め、、
塩湯または温酒にて七十から九十丸を服用する。
この処方と加味虎潛丸とを交互に服用すると、
陰を補して陽を和らげ、血を生じて精を益し、
皮膚を潤し、筋骨を強める。
この処方は性味が涼であって寒でなく、温であって熱でない。
この精微な原理をわきまえた者でなければ、
共に語ることもできないものである。『丹心』
★解説★
陰陽倶虚用藥の処方解説がまだまだ続きます。
「是齋雙補丸(ぜさいそうほがん)」は難しい名前ですが、「雙補丸」の「雙」はすでに読んだ項目で出てきており「双」です。つまり「双補=ふたつを補う」陰陽を共に補するという意味です。
「是齋(ぜさい)」は人名で、大本にこの処方が載った「是齋百一選方」という著作を編纂した王〓(左が王、右が蓼のくさかんむりをとった文字)(読み・おうきゅう)の号を「是齋」といい、ここから来た名称です。
古医書を含めてかつての中国の書籍は句読点がないのが普通で、まず文章がどこで切れるかを探すことだけで一苦労なのですが、中でも誤読しやすいやっかいな要素として挙げられるのが人名と地名です。なぜなら文脈に登場した時に、人名地名と気付かないと地の文に含めて読んでしまうことがあるからです。
この場合ですと「是齋」が人名だとわからないと、これを意味を持った単語として読んでしまいかねません。
これは現在の句読点が入った中国文でも同じ混同が起きやすいようで、現在発行されている、句読点を入れた古典でさえ、人名や地名には傍線を引いて地の文と区別しているものがよくあります。句読点が入っていても中国の方にでさえ難しいのですから、句読点が入っていない文の人名地名を見分けるのがいかに大変かがよくわかります。
ちなみに、この「是齋雙補丸」の引用は『丹心』つまり丹渓心法となってとなっていますが、私が調べた限りで丹渓心法には載っていず、後に著された別人の著作、「丹渓心法付余」に掲載された処方だと調べ上げました。
それなら記載を『丹心』ではなく『丹付』などとしてくれていたらわかりやすかったと思いますが、東医宝鑑の編者さんは丹渓心法と丹渓心法付余とを一連の作と見做していたのかもしれません。
毎度書きますようにインターネットがなかったらこんな調査もまず不可能で、万巻の書籍を所蔵し、縦横に閲覧できるという個人ではなかなかできない環境がなければこんな調査はできません。
またネットの検索が便利なのも、そこに情報をアップしてくださる方がいらっしゃるからこそで、この場合は丹渓心法付余の全文が原本のスキャンででアップされており、その枚数1296枚!どれほどの時間がかかった作業でしょうか、これを無償でアップしてくださるのですからありがたい限りです。
調べがついた記念(?)と、アップしてくださった方と機関への感謝を込めて、読者さまのご参考にそのページのリンクを張っておきます。
ご興味がおありの方は、ご自分の目でこの処方が丹渓心法付余に掲載されていることをご確認くださればと思います。
また、原本には東医宝鑑では省略されている付加的な情報もあり、こちら東医宝鑑では、この虚労の章にその情報は必要ないと判断したのか、そこを引用せずに掲載していることもわかります。
そうするとさらにこの処方の奥深さ、応用の広さがわかりますよね。
こうして原本に辿ることで、東医宝鑑を読んだだけではわからないことがわかる発展性もあるわけです。
(「国文学研究資料館」の該当ページ
なお、ひとつ調査の裏話ですが、このデータは画像データのため本文検索ができず、「是齋雙補丸」を探すのに画像を一枚一枚確認していくしか手だてがありません。
でも1296枚の始めからあたっていったらものすごい時間がかかりますよね。もちろんそれも一法ですが、期限付きのメルマガ配信ではとても間に合いません。
ではどうやったかと言うと、巻頭の目次でこの「是齋雙補丸」が載っていそうな章が何巻目なのかを見て、それが十九巻であることを確認し、そこからページジャンプの機能を活用して、十九巻の辺りに飛び、前後を見つつ、該当の「是齋雙補丸」を探り当てた、という手順です。この間、このサイトを見つけてから「是齋雙補丸」を見つけるまで、20分かかっていないと思います。
これを1ページ目から順繰りに見ていったら何時間もかかってとても探せないでしょう。ましてここに処方が載っているという確信は前もってはありませんので、これだけに時間をかけ過ぎるわけにはいかないからです。
ちなみに、この処方が載っているのは、1296枚のうち、941枚目です。初めから順に見ていたとしたら、どれほどの時間がかかったでしょうか。一枚を5秒で流し読みしても1時間20分ほどもかかります。しかも前もってどこにあるかわからないのですから、ずっと集中のしっぱなしです。あまり早く読み流すと見逃す可能性もあり、また遅すぎたら時間がかかって調査が進みません。
限られた時間で効率的な調査をするには、それなりのノウハウの積み重ねが必要で、そのノウハウによって調査の結果に大きな差が出てくるものと思い ます。これだけ情報が多い時代ですので、物事を知っている、という知識量を増やしていく学習とともに、ある情報にはどうしたら辿りつけるか、というノウハウを積んでおくことも大切な武器になってきます。
というわけで、このような文献調査に興味がおありの方のために、調査のノウハウまで親切に(笑)公開してしまいました。こんな情報も案外東洋医学関連の書籍やサイトには書かれていないものと思います。
さて、ふたつめの「滋陰大補丸」では、例によって先行訳は後半の説明部分をまるまる削っています。
ここに次に掲載された「加味虎潛丸」と交互に服用する秘伝的な方法が書かれており、二つの処方が並んでいる意味もこれでわかりますので、やはり削ってはいけない箇所でしょう。
さらにちなみに「是齋雙補丸」の原文で「熟地黄補血兎絲子補氣」となっている「補血」「補氣」とは、メルマガでは表示の都合で文字が同じ大きさに並列になってしまっていますが、原本では地の文より文字が小さく横並びに「血補」「氣補」(←右から読む)と熟地黄と兎絲子とのそれぞれ補注となっています。
つまり、この処方は構成薬物がたったの二つしかないのですが、その二つが一方は血を、もう一方は気をそれぞれ補う作用を期待されている、つまりこの項目のテーマ、「陰陽倶虚」に効く作用に鑑みてのこの二つなんだよ、ということがこの小字で端的に補完されているわけです。編者さんの意図は明確ですよね。
この情報を先行訳は削ってしまっています。これがないと上記のようになぜこの二つの生薬だけで構成されているのか、なぜこの二つなのか、などがわからず、さらに編者さんが親切に補記してくれた意図までも無視してしまっていることになり、これまた削ったらあかん部分でしょう。先行訳をお持ちの方は補充していただき、お持ちでない方は、原文のこんな小さな部分にもしっかりとした意図が込められていることを感じ取ってくださればと思います。
◆ 編集後記
「陰陽倶虚用藥」の処方解説、今号も長さの都合でふたつお届けしました。
少し過ぎてしまいましたが、二十四節気は既に10月8日から次の寒露(かんろ)という早くも少し寒々しい名前がついた時期に入っています。
前にも書いたようにこの暦は私たちの意識に上る季節の変化よりも、皮膚が無意識的に感じとる季節変化の方にダイヤルが合っているように思います。
私の住む地域では感覚的に「寒露」というほどの寒さは感じないのですが、体は確実に季節の寒さを感じとっている、または寒さの影響を受けていると言え、案外自分で気がつかない寒さを体は受けているのではと思います。
寒さがより本格的になると着込んだり暖房を着けたりして準備がしっかりできますが、この季節は体は寒さを受けているのにその準備ができていず寒さの影響を受けやすい時期でもあるのかもしれません。
この時期になんとなく体も心も調子よくないという方は寒さからくる不調を考慮して対策を取ってあげると、不調の改善に役立つこともあるかもしれませんので工夫してみてくださればと思います。
(2015.10.10.第142号)(2021.9.28 改訂)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇