メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第116号「麻沸湯(生の麻を煮た水)」「繰絲湯(繭を煮た水)」
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◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
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第116号 春分ウキウキ号
○ 「麻沸湯(生の麻を煮た水)」
「繰絲湯(繭を煮た水)」
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
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こんにちは。水の項目の27、28番目の「麻沸湯」「繰絲湯」です。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「麻沸湯」「繰絲湯」 p680 上段・湯液篇 巻一)
麻沸湯
〓麻汁主消渇取其氣薄(〓さんずい區)
而泄虚熱也入門○即青麻煮汁也入門
繰絲湯
無毒主〓虫此煮〓汁爲其殺虫故(〓虫尤)(〓上爾・下虫)
本草○又主消渇口乾此物屬火有陰之用能瀉
膀胱中相火引清氣上潮于口煮湯
飲之或〓殼絲綿湯飲之亦效丹心(〓上爾・下虫)
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
麻沸湯
〓(〓さんずい區)麻汁、主消渇。
取其氣薄而泄虚熱也。『入門』
即青麻煮汁也。『入門』
繰絲湯
無毒。主〓(〓虫尤)虫。
此煮〓(〓上爾・下虫)汁、爲其殺虫故。『本草』
又主消渇口乾。此物屬火、有陰之用、
能瀉膀胱中相火、引清氣上潮于口、煮湯飲之。
或〓(〓上爾・下虫)殼絲綿湯、飲之亦效。『丹心』
●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)
語(字)釈
〓(〓さんずい區)オウ、ひたす、久しく水に浸す。水につける
〓(〓さんずい區)麻汁(オウマジュウ、オウマじる)麻を浸した水
〓(〓虫尤)カイ、蛔、回虫
〓(〓上爾・下虫)ケン、まゆ=繭
潮(チョウ)かすかに湿るさま、潤うさま
▲訓読▲(読み下し)
麻沸湯
〓(〓さんずい區)麻汁なり、消渇を主る。
その氣薄くして虚熱を泄するに取るなり。『入門』
即ち青麻煮汁なり。『入門』
繰絲湯
毒無し。〓(〓虫尤)虫を主る。
これ〓(〓上爾・下虫)を煮た汁なり、その殺虫を爲す故なり。『本草』
また消渇口乾くを主る。この物火に屬し、陰の用有り、
能く膀胱の中の相火を瀉し、清氣を引きて上り口に潮す、
湯を煮てこれを飲む。
或ひは〓(〓上爾・下虫)殼絲綿湯、これを飲むもまた效あり。『丹心』
■現代語訳■
麻沸湯 (生の麻を煮た水)
〓(〓さんずい區)麻汁である。消渇に適する。
気が薄いため虚熱を泄することができる。『入門』
これは青麻の煮汁である。『入門』
繰絲湯(繭を煮た水)
無毒。回虫に主として用いる。
蚕の繭を煮た汁であり、その殺虫の作用をもって用いる。『本草』
消渇で口が乾く症状に適する。性が火に屬し、陰の用があり、
膀胱中の相火を瀉して、清気を引いて口まで上って潤すことができる。
湯を煮て飲む、あるいは繭の殼、絹糸の煮汁を
代用として飲んでも効果がある。『丹心』
★解説★
水の29、30番目の「麻沸湯」「繰絲湯」です。前々号で穴に溜まった水、
前号で沸かした水へと構成の流れの変化を見ましたが、ここでさらに煮た水
の流れが続いています。
前号分との違いは、前号は何も入れずに沸かしただけの水だったのが、こち
らは何かを入れて沸かした水、ここでは麻と繭という違いになっていて、や
はり編者さんの順序立て、構成の意図がよく見えるようです。
短いながら専門用語が多く、またいろいろ問題点がありますが、専門用語は
いつもながら別項で出た時に触れるとして、問題点をいくつかピックアップ
して解説してみたいと思います。
先行の日本語訳本の誤訳や省略はいつも書くところですが、この短い中にも
誤りや省略が多く出ています。訳本をお持ちの方はご覧いただきたいのです
が、この部分での最大最悪の誤りは、繰絲湯の最初、「〓(〓虫尤)虫」を
「蛇」と解釈して、「蛇虫毒を治す」としてしまっている点です。
文字化けするため合成字で見にくくて残念なのですが、この「(虫尤)」
は「蛇」と似ていますが右が「尤」と「它」と違い、意味は上にも書いたよ
うに「回虫」です。
文字は似ていても内実はこのように全く違い、
ヘビの毒を消す
回虫に主として用いる
と、全くもって天と地ほどの違いです。まさか今の時代に、ヘビに噛まれた
時にこの訳本を元にこの繰絲湯を使って治療しようと考える人はまずいない
と思いますが、他の部分においてもこんな間違いがあって実害がないとも限
らず、翻訳全体の信頼性として非常に危ういものがあるように思います。
他にもこの部分で省略や誤訳、また日本語の文章、またこの分野の文章とし
ての前後の流れがおかしいところが多々ありますので、訳本をお持ちの方は
ぜひ原文と比較してくださればと思います。
もう一点、先行訳では変な訳になっていて意図がわかりにくいのですが、注
意点として「絲綿」があります。これを現在の日本語感覚で読むと「綿 メン」
つまり植物のメン、もめんの糸のように読めてしまいますが、これはメンで
はなく、精製した絹ワタです。
つまりここで言っているのは、まずサナギが入ったままの繭が語られていて、
それを煮た水、つまり虫を殺したゆえ、その殺虫の効果があると言っている
のですね。
そしてそれの代用として、「繭殼」つまり中のサナギが羽化した後の、中身
の無い繭、そして「絲綿」つまりさらに精製した後の絹わたでも代用するこ
とができる、という流れになっているわけです。
絹と植物のメンとでは性質が全く違いますし、この3つの流れで急に植物の
メンが出て来ることもおかしく、内容としても文の流れとしてもおかしい
と気付くことができ、何かおかしいと思った時は必ず辞書を調べ、また面倒
でも各種文献、古医書に当るという作業を経て確認をする必要があるという
見本のようなものです。
ちなみに、先行訳がこの部分をどう訳しているかというと、
「繭殼の絲綿を煎じて食べても効がある。」としています。「繭殼の絲綿」
は両者をひとつに見ていて、訳者さんは「繭殼」と「絲綿」との違いがよく
おわかりにならなかったようです。
さらに原文では「飲」なのに訳では「食べる」としてしまっている点も変で、
おそらく訳者さんのイメージでは「繭の殻から糸を紡いだ状態のワタを煮て、
そのワタのほうを食べる」という感じに思っている文章ですね。3つの流れが
わからず、前半後半にわけてしまい、「水を飲んでもいいし、糸を食べても
いい」という流れに読んでしまったようです。
実際には糸のほうを食べるのではなく、煮た水の方を「飲む」のです。訳者
さんは自分のイメージを先行させて「糸を食べる」を思い浮かべてしまった
ので、原文が「飲む」になっているにも関わらず、自分のイメージの方に訳
文を捻じ曲げて「食べる」にしまったことまで読み取れます。
訳者さんは「蚕の繭」「繭殼」「絲綿」の三者がここで言われていることが
読めなかっただけでなく、この項目がそもそも「水」の解説であることも忘
れ「糸を食べる」と読んでしまったという、誤りや思い違い、基礎の外しを
幾重にもしてしまっているということになります。
このように先行訳は残念ながら訳の精度として様々な角度からも大いに問題
あり、の訳なのです。
訳本をお持ちの方は、訳はあくまでご参考程度として、できれば原文を参照
して正確を期しながら読まれることをお勧めしたいと思います。
◆ 編集後記
今日は春分ですね。前号で節気の春分配信をお約束しましたが、公約通り(?)
春分配信することができました。
これからは日に日に日が長くなっていき、また暖かくなり桜の開花などもあ
り、気分もウキウキの季節ですよね。翻訳は長丁場ですのでメルマガは気候
季節に関わらず淡々と続けていかなくてはいけませんが、それでも各季節の
気を執筆のエネルギーに換えつつ、じっくり楽しく配信を続けたいですね。
週1配信ですと1号おきに節気が廻ってきますので、できたらそれに合わせて
配信してみたいと考えています。何気ないことですが、物事を長く続けるに
は小さなことにも楽しみを見つけるのが続けるコツでもあるようで、節気配
信もそのひとつとして配信継続の力にしたいと思います。
(2015.03.21.第116号)
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発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com
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