メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第103号「秋露水」(秋の露の水)

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第103号

    ○ 「秋露水」(秋の露の水)

                      ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説          
      ◆ 編集後記
      ◆ 次号の原文

           

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 こんにちは。水の項目の六つめ「秋露水」です。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「秋露水」 p679 上段・湯液篇 巻一)

 秋露水
        性平味甘無毒止消渇令人身輕
   不飢肌肉悦澤朝露未晞時拂取用之○在百
  草頭露愈百疾○栢葉上露主明目○百花上露
  令人好顔色本草○繁露水者是秋露繁濃時露也
  作盤以收之食之延年不飢本草○秋露水者稟收
  斂肅殺之氣故可以烹煎殺祟之藥及調付殺癩
  蟲疥癬諸蟲之劑也正傳


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)

  秋露水
  
  性平、味甘、無毒。

  止消渇、令人身輕不飢、肌肉悦澤。

  朝露未晞時、拂取用之。

  在百草頭露、愈百疾。栢葉上露、主明目。

  百花上露、令人好顔色。『本草』

  繁露水者、是秋露繁濃時露也。

  作盤以收之、食之延年不飢。『本草』

  秋露水者、稟收斂肅殺之氣、故可以烹煎殺祟之藥、

  及調付殺癩蟲疥癬諸蟲之劑也。『正傳』


 ●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)


 語法

  令(…をして~せしむ)使役用法。…に~させる


語釈

  栢(ハク)= 柏、このてがしわ、ここでは「百」の錯簡?

  濃(ノウ)露が多くて濡れているさま

  收斂(シュウレン)縮む、農作物を取り入れる

  肅(シュク)枯れる、しぼむ、縮む

  殺(サツ)殺す、取り除く、滅ぼす、植物が枯れる


 ▲訓読▲(読み下し)


  秋露水
  
  性平、味甘く、毒無し。

  消渇を止め、人をして身輕く飢へず、肌肉悦澤ならしむ。

  朝露未だ晞(あ)けざる時、拂ひ取りてこれを用ゆ。

  百草頭に在る露、百疾を愈す。栢葉上の露、明目を主る。

  百花上の露、人をして顔色を好くせしむ。『本草』

  繁露水は、是れ秋露繁濃の時の露なり。

  盤を作りて以てこれを收め、

  これを食せば延年して飢へず。『本草』

  秋露水は、收斂肅殺の氣を稟く、

  故に以て祟を殺すの藥を烹煎(ホウセン)し、

  及び癩蟲、疥癬、諸蟲を殺すの劑を

  調付すべきなり。『正傳』


 ■現代語訳■


  秋露水(秋の露の水)
  
  性平、味甘、無毒。

  消渇を止め、身体が軽く、空腹を感じず、肌の色艶を良くする。

  夜明け前に草木より朝露を払い集めて用いる。

  およそ草の先にある露は、百疾を癒す。

  柏の葉上の露は、明目によい。

  花の上にある露は、人の顔色を良くする。『本草』

  繁露水とは、秋に露が多く発生する時の水である。

  この水を容器を作って集め、摂取することで寿命を延ばし、
 
  また飢えることがなくなる。『本草』

  秋露水は、秋の万物が収斂し、肅殺する気を稟ける。

  ゆえに祟りによる疾患を除く薬を煎じ、

  また癩蟲、疥癬、諸蟲を殺す薬剤を

  練り、塗るのに用いることができる。『正傳』

 
 ★解説★
 
 水の6番目「秋露水」です。季節が「秋」になりました。あれ?夏はどうし
 たの?というところですが、少し後で出ますのでその時に見ることにします。

 日本語訳ですと「秋露水(秋の露の水)」と、右のカッコの中は左の項目名
 にただ「の」を入れただけに見えてしまいますが、既に触れたようにカッコ
 の中は原本ではハングルで記載されており、そもそもの文字と言語の違う体
 系で記載されています。

 これは漢語の「秋露水」ではわかりにくいため、現地の方でもわかるように
 ハングルで記載した、という体裁になっています。日本の本草書でも、漢語
 の生薬名にひらがなで和名が記してあるものがありますが、それと同じ発想
 と言えるでしょう。


 大寒の「臘雪水」は雪を溶かした水、立春の「春雨水」は雨を集めた水でし
 た。そしてこの「秋露水」は秋の露、特に植物に溜まった露を集めたものと
 しており、それぞれ季節感豊かな色彩が見えるような感じがしますね。

 以前の水もそうでしたが、実際にその季節の気が凝縮した水という効用も見
 ているわけで、この「秋露水」も東洋医学的な観点から見た「秋」の特性を
 受けた水という点でその特徴と効用が語られています。

 ここでは秋の特性のキーワードとして「收斂・肅殺」が挙げられていて、そ
 こから割り出された効用になっています。中には「殺」の字繋がりで「祟り」
 による疾患なども挙げられています。

 現代医学では「祟り」を病因として認めないと思いますが、東洋医学文献で
 は重要なテーマになっているのですね。東医宝鑑にも大項目を立てて取り上
 げられています。詳細はここでは解説できず、いずれその項目に触れた時の
 解説を期したいと思います。

 
 ここまで6種類、前号の清明水と穀雨水を含めたら8種類の水が紹介されまし
 たが、季節や場所によっても詳細に分別されている記述に接して、古人の水
 を選別する感覚、情熱に圧倒されるような気がするのは私だけでしょうか。

 現在の日本は蛇口をひねれば(最近は蛇口でなく、ひねる必要がないタイプ
 も増えましたね・・・)まがりなりにも飲める水が出、さらに安価で日本や
 世界各地の水が買える環境で、水を集める苦労が想像しにくいと思いますが、
 今ここで、水道が使えずペットボトルの水も買えないと想像してみてくださ
 い。どうやって水を、しかも飲める水を調達しますか?

 そして先達はその先の、ただ飲める水だけでなく、それぞれの特性を弁別し
 て使い分けてようとしていたわけで、その収集と弁別の苦労は察するに余り
 あり、これらの水の記述は、そうした苦心から生まれた精華という意味が大
 なのではと感じます。

 
 ◆ 編集後記

 これまた原文には問題点、また深く掘り下げられる点が多々ある文なのです
 が、細かく取り上げ書き始めるとキリがないですので全て割愛しました。

 実は、表面的な翻訳というのはさほど難しくないのですね。言葉を置き換え
 るだけでお茶を濁したり、いくらでもゴマカシができるからです。そこをひ
 とつひとつ掘り下げて問題点を解消しながら読み訳すのが本当に難しい作業
 なのです。

 私自身ももっと掘り下げたい部分、またもっと詳細に解説したい部分もあり、
 また他の医書なども引用して膨らませたらもっと深い記事になるのですが、
 週一配信ペースを守りたく、時間との折り合いをつけながらの執筆配信とし
 ています。それでもなおざりに訳しているわけではなく、できるだけ細かい
 部分も掘り下げ吟味した上での訳でお届けしているつもりです。

 ひとつの漢字にひっかかってあちこち調べ物をしているうちにあっという間
 に3、4時間経っていたなどということもあり、それほど原文と原文が抱える
 背景の大きさと深さを痛感します。その過程を書いたらそれはそれでよい記
 録になりますが膨大になりすぎますので省略しています。

 東医宝鑑の邦訳は現在まで私が知る限り一種類発行されていますが、残念な
 がら誤訳が多く、また本文の省略も多いです。例えば今号の部分では原文に
 は引用がみっつありますが、最後の引用をまるまる省略してしまっています。
 またこの湯液篇の原文にあるハングル部分は全体にわたってひとつも記載が
 ありません。しかも省略した旨の記載がないため、読者にはそこに省略があ
 ることがわからないのです。

 このように先行の訳は完訳ではないのですね。その点では引用元の医学正伝
 も含めて、この部分の翻訳と原文からのご紹介は、今号のメルマガが本邦初
 かもしれません。

 
 ◆ 次号の原文(次号の予習文)

 冬霜

        性寒無毒團食之主解酒熱酒後
  諸熱面赤及傷寒鼻塞本草○暑月〓瘡赤爛和蚌(〓やまいだれに弗)
  粉付之立差○日未出時以鷄
  羽掃取收磁瓶中時久不壞本草

 雹

   主醤味不正取一二
 升納瓮中即如本味食物


         (2014.12.13.第103号)(2021.08.20.加筆)
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         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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