メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第52号 タダでできる健康法特集「按摩導引 あんまどういん」その11「叩歯」+雑談・叩歯のマニアックな(?)効用解説

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第52号

    ○ タダでできる健康法特集「按摩導引 あんまどういん」その11
    
      「叩歯」 雑談・叩歯のマニアックな(?)効用解説

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 こんにちは。「按摩導引」前号分の続きになります。

 さらにマニアックな情報満載です。
 急々如律令!(なんのこっちゃ?詳細は本文で!)
 


 ◆原文◆

按摩導引(p76 上段・内景篇 身形)続き


  叩齒三十六(以集心神)


 ▼断句▼


  叩齒三十六。(以集心神)


 ■現代語訳■


  叩歯を三十六回行い、(心神を集める)


 ★解説★
 
 「按摩導引」、前号部分の続きです。ここまで「盤坐」「握固」と来て、
 今度は「叩歯」です。

 あれっと思う方もいらっしゃるかと思いますがこの「叩歯」、すでに導引
 按摩の項の一番初めに登場しましたね。そこでは朝起きた後、顔面部の按
 摩の前に、まず叩歯をすること、つまり歯をカチカチと噛み合わせること、
 が説かれていたのでした。

 これも以前鼻を擦る動作が2回出てきたように、別の書からの引用のために、
 このように重複した形となっています。また、前は顔の按摩の前で、今度
 は盤坐、握固の次の動作、と流れも違っているので、意味と効用も多少違
 うために収録したと考えてもよいかもしれません。

 前は九通りと書かれていましたがここでは三十六回と具体的な数が指定さ
 れています。ちなみに原文は「盤坐」「握固」と同様漢字五文字、同じ流
 れの詩になっています。字数の制限上、回数を表す助数詞や、他の解説な
 ど全て省かれています。


 そして注釈として「心神を集める」とその効用が記されています。
 これは心の集中と、すでに登場した神の集中と両方を指していると考えて
 よいでしょう。

 つまり、ここでの叩歯は、以前のような単なる歯を強くする健康法というよ
 りも、その音を立てるという側面に鑑みて、精神を集中させる手段として用
 いられているわけですね。

 そもそも、人間が道具を使わずに音を、しかも体をできるだけ動かさないで
 出す、とするとどこを使うのが一番よいでしょうか?そう、口ですよね。
 そして一番固い音が出せるのが歯であろうことから、このような方法が編み
 出されたのでは、と想像します。

 では、なぜ三十六回なのでしょうか?すでに書いたように導引動作の記録に
 は回数が指定してあることがほとんどで、この三十六という数も定番のひと
 つです。ところが、おそらくこの数について詳細に説明できる人は少ないの
 ではと思います。

 気功なども同様に動作に数の指定があることが多いのですが、なぜこの回数
 なのですか?と先生に聞いても、昔から決まっているから、という答えしか
 返ってこないのが普通です。

 こういうところに意識を当て、自分のフィルターを通して見つめ直してみる、
 ということが非常に大切ではと思いますが、そこまで掘り下げて考える方は
 少ないということでしょう。

 と言って、ではこの三十六を私が明確に説明できるかと言うとそうでもなく、
 ご自身でお考えいただきたい、とお茶を濁したいですが、これは中国では大
 切な、「九」の倍数、ということに関係あるはずです。それの四倍ですね。
 では四という数にどんな意味が?・・・・と掘り下げていくわけですね。

 九がなぜ大切なのかは長くなりますのでここでは省きますが、いずれ何かの
 項目でまた登場することでしょう。


 このような叩歯の使い方、ちょっと音は出ますが、体を動かせずに気持ちを
 集中させたいような場面で応用できそうに思いますが、いかがでしょうか?
 

 ここまでで坐を整え、握固、叩歯と流れが来たのですが、ここで握固とこの
 叩歯とが狙っている効用がはっきりしたようで、坐を整えた後に、心と神と、
 外に向かいがちなそれを内側に集中させるための一種の儀式であったことが
 明確になったようです。

 すでにこの一連の動作は単なる健康法を超えた方法と書きましたが、だんだ
 んその性質が明らかになってきました。何がどのように超えているのかは、
 さらにこの先のお楽しみ、としておきましょう。
 
 
 さて、ここまでで本文の解説は終わりですが、おまけとして、ここからはさ
 らに奥深い(単にマニアックな?)叩歯の余談の雑談です。健康法としての
 叩歯解説からは離れますので、ご興味のある方だけお読みいただけたらと思
 います。

 今「儀式」とさらりと書きましたが、この叩歯、実は歯を強くする、またこ
 こで説かれたような精神を集中させる、という以外にもちょっと変わった効
 用を歴史的に負わされています。


 簡単に書きますと、この歯を噛みならす音で、悪霊・悪鬼を退散させる、と
 いうちょっとおっかない話です。

 それを語る格好の題材が意外なところにあります。それは日本の歌舞伎、し
 かも超有名どころ、源義経と弁慶が登場する『勧進帳』です。

 この勧進帳は、頼朝に追われた弟・義経が奥州平泉を目指して落ち延びてい
 く途中の関所が舞台です。

 義経一行は修験道の山伏の姿で逃げているのですが、関所で弁慶が機転を利
 かせてあり合わせの白紙を勧進帳として読み上げた後、関所を守る富樫が、
 弁慶にさらに山伏とは何かと訊ねる一連の質疑の中で、「九字の真言(くじ
 のしんごん)」とは何かを、弁慶が答えるところがその場面です。

 少し長いですが、前後の脈絡もあるのでひとまとまり引用します。


  九字は大事の神秘にして、語り難き事なれども、
  疑念の晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。

  それ九字真言といッぱ、所謂、臨兵闘者皆陳列在前の九字なり。
  将(まさ)に切らんとする時は、
  正しく立って歯を叩く事三十六度。

  先ず右の大指を以て四縦を書き、後に五横を書く。
  その時、急々如律令と呪する時は、
  あらゆる五陰鬼煩悩鬼、
  まった悪鬼外道死霊生霊立所に亡ぶる事霜に熱湯を注ぐが如く、
  実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶が剣もなんぞ如かん。
            (『勧進帳』岩波文庫より)
 

 いかがでしょうか、この文自体が現代人には呪文のようでわかりにくいです
 が、「正しく立って歯を叩く事三十六度」とある、「歯を叩く」が正に叩歯
 の訓読で、今号の東医宝鑑と回数まで同じですね。

 流れとしては叩歯を三十六回し、そして九字を切って
 「急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」という、よく映画などにも
 登場する道教のお札に書いてある呪文を唱えると、あらゆる悪霊などが退散
 する、と言っています。

 実はこの題材は元ネタがさらに古い、能の『安宅(あたく)』という演目に
 あるのですが、そちらにはこの叩歯のくだりは登場しませんので、この勧進
 帳の作者さんが、何かの資料を元にこの部分を付け足したと考えられます。

 ちなみにこの勧進帳の初演は天保11年(1840年)、東医宝鑑の刊行より200年
 以上も後ですので、叩歯の記録としては東医宝鑑の方がずっと古いわけです。


 これは歌舞伎ですから演じるわけで、この演目の初演からこのかた、この
 くだりの叩歯の部分の意味がわかった観衆がどれだけいるのか、またさらに作
 者さんがこの叩歯のことをどれだけ知っていたのかは多少疑問ですが、こんな
 ところに叩歯が立派に登場しているのですね。

 ちなみに、動画サイトYouTubeに動画がありましたので、リンクを張ってみま
 ます。

http://www.youtube.com/watch?v=oQyLkKMGe5g&feature=relmfu


 こちらの7分ぐらいから上の引用が語られます。なおこれは英語圏の方のため
 の番組らしく、英語の解説が入っていますがセリフははっきりと聞こえます。
 幸いなことに勧進帳全編をアップしてくださっており、右の関連動画の欄の
 1から順次クリックすれば初めから観られますので、ご興味がおありの方は、
 この機会に歌舞伎鑑賞はいかがでしょうか(笑)。

 今となってはセリフの内容が古くて耳で聴くだけでは理解しにくいですが、
 英語の解説がセリフを言ってくれていますので、英語がわかる方でしたら元の
 セリフよりかえって英語の解説の方が理解しやすいと思います。叩歯のくだり
 もちゃんと正確に訳してしゃべってくれていますよ。


 勧進帳の作者さんがどのようなソースを元に作ったかは定かではありませんが、
 もちろんこの大本のソースも中国にあるわけで、こちらは医学書ではなく道教
 の道書系統からの引用でしょう。

 道教の方ではご丁寧に歯の真ん中、右、左の噛み合わせで効用を違えています。


  叩歯法には、中央の歯をかみ合わせて真霊をよび出す鳴天鼓、
  右の歯をかみ合わせて邪気をさける〓天磬、
 (〓手偏に追、ただし追のにょうは辻と同じ点二つ)
  左の歯をかみ合わせて凶悪なものを追払う打天鐘の三法がある。
  (『道教事典』平川出版社、「叩歯」の項より)


 ではなぜこの叩歯に霊を呼んだり退散させたりする効用があるのか?それにつ
 いては詳細にはわかりかねますが、上の名称を見ると全て歯を楽器と見なして
 いることがわかるように、この音に招魂・退魔の効用を見ていると考えてよい
 でしょう。

 また、招魂・退魔というのは結局はその人の心身の状態に左右される、という
 ことがあると思いますので、東医宝鑑の効用と同様、音によって自身の心身を
 覚醒または集中させ奮い立たせることによって、自身の状態をそのように持っ
 ていく、という面が強いのかもしれません。 
 
 私は幸い(?)こちらの方面で叩歯を使用したことがありませんので、道士さ
 んに今でも本当にこのような使い道をするのか、そして本当にこのような効用
 があるのか、聞いてみたいところです。


 このように、歯をカチカチ鳴らすだけの動作に、善を呼び悪を退散させる効用
 までが負わされているなんて、いや~、人間って本当にオモシロイですね!
 (誰の真似?ちょっと古かったかな(笑))

 ◆ 編集後記

 「盤坐」「握固」に続き「叩歯」です。後半の雑談の方が本編より長くなっ
 てしまいましたが、東医宝鑑と歌舞伎と、意外なところに共通点があったこ
 とをご紹介したく長々と書いてみました。

 盤坐、握固同様、上の記事はこれでも叩歯の効用や歴史的意義の一部のご紹
 介ですので、ご興味がおありの方はご自分でさらに資料を渉猟してくだされ
 ばと思います。上の『道教事典』の叩歯の項にはさらに参考文献が挙げてあ 
 ります。中には『叩歯考』という論文もあり、これひとつで立派な論文の
 テーマになることもわかりますね。

 せっかく配信するならできるだけまとまった形にと思い、ここ数号調子に
 乗って解説を書きすぎたようですので、先を急ぐべく、これからは少し解説
 を少なく配信を多く、ということになるかもしれません。

                      (2012.10.04.第52号)
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         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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