メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ』第148号「肝虚薬」処方「黒元」他─「虚労」章の通し読み ─
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第148号
○ 「肝虚薬」処方「黒元」他
─「虚労」章の通し読み ─
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
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こんにちは。「肝虚薬」の処方解説です。短めの二つですが次の長さの
都合でこの二つをお届けします。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「心虚藥」 p448 下段・雜病篇 虚勞)
黒元
治虚勞陰血耗竭面色〓黒耳聾目暗脚弱腰(〓上犂の上・下黒)
痛小便白濁當歸酒浸二兩鹿茸酥灸一兩右
爲末煮烏梅肉爲膏和丸梧
子大温酒呑下五七十丸得效
歸茸元
治同上當歸鹿茸等分
製法服法並同上入門
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
黒元
治虚勞、陰血耗竭、面色〓(上犂の上・下黒)黒、耳聾目暗、
脚弱腰痛、小便白濁。當歸酒浸二兩。
鹿茸酥灸一兩。
右爲末、煮烏梅肉爲膏和丸梧子大、
温酒呑下五七十丸。『得效』
歸茸元
治同上。當歸、鹿茸等分。
製法服法並同上。『入門』
●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)
語釈
〓(上犂の上・下黒)(レイ)黄色みを帯びた黒、やつれた顔色などの形容。
▲訓読▲(読み下し)
黒元
虚勞、陰血耗竭し、面色〓(上犂の上・下黒)黒にして、
耳聾ひ目暗くして、脚弱く腰痛み、小便白濁あるを治す。
當歸酒に浸し二兩。鹿茸酥炙し一兩。
右末と爲し、烏梅肉を煮て膏と爲し和して梧子の大に丸め、
温酒にて呑み下すこと五七十丸。『得效』
歸茸元
治上に同じ。當歸、鹿茸等分。
製法服法並に上に同じ。『入門』
■現代語訳■
黒元(こくがん)
虚労により陰血が耗竭し、顔面が暗褐色になり、
耳が聞こえず目が暗く、脚弱く腰痛み、
小便に白濁がある者を治す。
酒に浸した当帰し二両。酥炙した鹿茸一両。
以上を粉末にし、烏梅肉を煮て膏を作り、
混ぜて梧桐の種の大きさに丸め、
温酒にて五十から七十丸を服用する。『得效』
帰茸元(きじょうがん)
主治は同上。当帰、鹿茸等分。
製法と服法も同上。『入門』
★解説★
「肝虚薬」前号の概説に続く処方の部分です。はじめの3つは他の部分参照としてこの項では省略され、4つ目の「黒元」からです。この項目だけ見るとこの「黒元」が肝虚の処方の筆頭のように見えてしまいますが、実際にはこの前に前号の概説部分にあったように「四物湯」「雙和湯」「補肝元」とがあることになります。
この二つの処方は構成が当帰と鹿茸のみで、両者の違いは分量の違いとなっています。主治も製法、服法も同じとのことですが、ではなぜこの二つを載せたのでしょうか?両者が同じならどちらかひとつでもよかったのではと思いますが、あえて二つを載せた編者さんの意図を考えるのもおもしろいと思います。そしてその違いはいつも書きますように構成生薬の違いや分量で検討するわけですね。この場合は生薬は同じですので分量で検討するわけです。
前号で肝は筋や目と関連があると簡単に触れましたが、ここでは目と耳などと言っており、処方が単に肝だけを目標としたものではないこともわかります。前の「心虚薬」でも心と腎との関連が説かれていましたが、こちらでも肝だけを治療するのではないことがわかります。
これもどの臓腑がどんな項目に関連しているのかから逆算して、列挙された項目がどの臓腑から来た症状なのか、また反対にどの臓腑を目標とした治法なのかを検討することができます。
このような短い記述でも先行訳はいくつも省略があります。例えばひとつめの「黒元」のはじめにこう書かれています。
虚労による肝の虚弱、耳が遠く、目が悪く足が痿弱し、
腰が痛み小便に白濁のある症を治す。
わかりやすいように原文の訓読を改めて書きますと、この元はこのような記載でした。
虚勞、陰血耗竭し、面色〓(上犂の上・下黒)黒にして、
耳聾ひ目暗くして、脚弱く腰痛み、小便白濁あるを治す。
比較すると先行訳は原文にない「肝の虚弱」と「肝」を付け足してしまい、反対に「陰血耗竭」を省略していることがわかります。さらに次の顔色の記述「面色〓(上犂の上・下黒)黒」もまるまる省略しています。付け足すのと省略するのが両方交じって複雑に原文を損ねてしまっています。
そしてこれは誤訳や省略ではありませんが、もうひとつの難点は、文の区切りです。
これは原文で見るとわかりやすいですが、
陰血耗竭、面色〓(上犂の上・下黒)黒、耳聾目暗、脚弱腰痛、小便白濁。
と、文が漢字四文字をブロックとして構成されています。ただ単に内容を語るだけでなく、文辞にも気を配っているわけです。これは体裁を整えるという意味の他に、読み手が暗記暗誦がしやすいようになどの配慮もあるでしょう。
翻訳は当然この区切りに従ってするのがよいはずですよね。内容を考えても、「耳聾目暗、脚弱腰痛」などは「耳目」「脚腰(足腰)」など、今の日本でも使うようなセットの概念でまとめてもあり、部位の近さで考えても、当然これらをセットに訳すのが自然であるはずです。
ところが先行訳の句読点の切り方は、
耳が遠く、目が悪く足が痿弱し、腰が痛み小便に白濁のある
と、セットであるはずの「耳目」のうち耳が独立し、あとがずれこんで「目と足」「腰と小便」と変なセットになってしまっています。
これも厳密に言えば誤訳ではありませんが、原文の構成や言語の成り立ち、発想などまでを無視した訳で良い訳とは言えないものと思います。これまた先行訳をお持ちの方は補完、注記してくださればと思います。
◆ 編集後記
「肝虚薬」処方です。このような処方解説をお届けするには、実際に処方を作ったうえで、ブログやホームページに画像や作成の動画などを載せながらご紹介できたら一番良いのでしょうが、高価な生薬もあり、ひとつの処方で多数の生薬を使うものもあり、なかなか実現できないのが残念な点ではあります。
鹿茸などは非常に高価なもので、ずっと以前人様から中国産の最高級の鹿茸をいただいたことがあるのですが、当時は価値がわからず、そのままでどこにあるのかわからなくなってしまいました。今でもあの鹿茸は惜しいと思います(笑)。物事の真の価値を知るのはそれを失ってからということが多いようですね。
二十四節気は月曜日、11月23日から次の小雪(しょうせつ)に入ります。「露」から「霜」へ、そして「雪」に変わってきたわけで、ネーミングの流れを見るだけで何事かを想うよすがとすることができそうです。
(2015.11.20.第149号)
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