メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第146号「心虚薬」処方「古庵心腎丸」─「虚労」章の通し読み ─

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆

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  第146号

    ○ 「心虚薬」処方「古庵心腎丸」
      ─「虚労」章の通し読み ─

         ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 

      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。「心虚藥」の処方解説「古庵心腎丸」です。
 原文が長ーいですが、一気に読んでしまいます。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「心虚藥」 p448 下段・雜病篇 虚勞)


 古庵心腎丸

      治勞損心腎虚而有熱驚悸〓〓遺精(〓りっしんべん正)
                     (〓りっしんべん中)
      盜汗目暗耳鳴腰痛脚痿久服黒鬚髮
  令人有子熟地黄生乾地黄山藥茯神各三兩當
  歸澤瀉黄栢鹽酒炒各一兩半山茱萸枸杞子龜
  板酥灸牛膝黄連牡丹皮鹿茸酥灸各一兩生甘
  草五錢朱砂一兩爲衣右爲末蜜丸梧子大朱砂爲
  衣空心鹽湯或温酒呑下百丸○法曰心悪熱腎
  悪燥此方清熱潤燥補精益血治心腎之聖藥也
  丹心○凡人年老有患無子者有患白髮者予曰無
  子責乎腎髮白責乎心何則腎主精精盛則孕成
  心主血血盛則髮黒今也嗜慾無窮而虧其本然
  之眞憂慮太過而損其天然之性心君火也腎相
  火也君火動而相火翕然從之相火動則天君亦
  〓亂而不寧矣是二者有相須之道焉盖天地間(〓上務・下目)
  不過陰陽五行而已五行有相生者有相制者今
  心火上炎由乎腎水虧而不能制耳是髮白不獨
  由於心也腎精妄泄由乎心之所逼而使之是無
  子不獨由於腎也今粗具一方補血生精寧神降
  火庶乎
  兼治方廣


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 古庵心腎丸

  治勞損、心腎虚而有熱、

  驚悸〓(〓りっしんべん正)〓(りっしんべん中)、

  遺精盜汗、目暗耳鳴、腰痛脚痿。

  久服黒鬚髮、令人有子。

  熟地黄、生乾地黄、山藥、茯神各三兩。

  當歸、澤瀉、黄栢鹽酒炒各一兩半。

  山茱萸、枸杞子、龜板酥灸、牛膝、黄連、牡丹皮、

  鹿茸酥灸各一兩。生甘草五錢。朱砂一兩爲衣。

  右爲末、蜜丸梧子大、朱砂爲衣。空心、

  鹽湯或温酒呑下百丸。

  法曰、心悪熱、腎悪燥。此方、清熱潤燥、補精益血、

  治心腎之聖藥也。『丹心』

  凡人年老、有患無子者、有患白髮者。

  予曰、無子責乎腎、髮白責乎心。何則、腎主精、

  精盛則孕成。心主血、血盛則髮黒。今也、嗜慾無窮、

  而虧其本然之眞。憂慮太過、而損其天然之性。

  心君火也、腎相火也、君火動而相火翕然從之、

  相火動則天君亦〓(上務・下目)亂而不寧矣。是二者、有相須之道焉、

  盖天地間、不過陰陽五行而已、五行有相生者、有相制者、

  今心火上炎、由乎腎水虧而不能制耳、是髮白不獨由於心也。

  腎精妄泄、由乎心之所逼而使之、是無子不獨由於腎也。

  今粗具一方、補血生精、寧神降火、庶乎兼治。『方廣』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


 語法

  何則(何(なん)となれば則ち)下に理由を導く、
     なぜなら、なぜかと言えば

  須(ま-つ)依る、頼る

  而已(のみ)ただ~だけである

  粗(ほ-ぼ)だいたい

  庶乎(ちか-し)推量の意に用いる。


 語釈
 
  翕然(キュウゼン)一致するさま

  〓(上務(または 矛攵)・下目)亂(ボウラン)秩序が乱れたさま


 ▲訓読▲(読み下し)


 古庵心腎丸

  勞損、心腎虚して熱有り、

  驚悸〓(〓りっしんべん正)〓(りっしんべん中)、
                     、
  遺精盜汗、目暗く耳鳴り、腰痛み脚痿(な)ゆるを治す。

  久しく服せば鬚髮を黒くし、人をして子有らしむ。

  熟地黄、生乾地黄、山藥、茯神各三兩。

  當歸、澤瀉、黄栢鹽酒炒し各一兩半。

  山茱萸、枸杞子、龜板酥炙、牛膝、黄連、牡丹皮、

  鹿茸酥炙し各一兩。生甘草五錢。朱砂一兩、衣と爲す。

  右末と爲し、蜜にて梧子の大に丸め、朱砂を衣と爲し、

  空心、鹽湯或ひは温酒にて呑み下すこと百丸。

  法に曰く、心は熱を悪(にく)み、腎は燥を悪む。

  この方、熱を清くし燥を潤し、精を補ひ血を益し、

  心腎を治するの聖藥なり。『丹心』

  凡そ人年老ひて、子無きを患ふる者有り、患白髮を患ふる者あり。

  予曰く、子無きは腎に責め、髮白きは心に責む。

  何(なん)となれば則ち、腎は精を主(つかさど)る、

  精盛なれば則ち孕(よう)成る。心は血を主る、血盛なれば則ち髮黒し。

  今や、嗜慾窮まり無くして、その本然の眞を虧き、

  憂慮太過にして、その天然の性を損す。

  心は君火なり、腎は相火なり、

  君火動きて相火翕然(きゅうぜん)としてこれに從ふ、

  相火動けば則ち天君もまた

  〓(上務・下目)亂(ぼうらん)して寧(やす)からず。

  この二つの者は、相ひ須(ま)つの道有り、

  盖(けだ)し天地の間(あひだ)、陰陽五行に過ぎざるのみ、

  五行相ひ生ずる者有り、相ひ制する者有り、

  今心火上炎して、腎水虧けて制するあたはざるによるのみ、

  これ髮白きは獨り心によらざるなり。

  腎精妄りに泄するは、心の逼(せま)る所によりてこれを使ふ、

  これ子無きは獨り腎によらざるなり。

  今粗(ほ)ぼ一方を具して、血を補ひ精を生じ、

  神を寧(やす)んじ火を降す、兼ね治するに庶(ちか)からん。『方廣』


 ■現代語訳■


 古庵心腎丸(こあんしんじんがん)

  労損により心腎が虚して発熱し、

  驚悸〓(〓りっしんべん正)〓(りっしんべん中)(せいちゅう)、
                     、
  遺精、盜汗、目が暗く耳鳴りし、腰が痛み脚が痿える者を治す。

  久しく服せば鬚髮を黒くし、子を授かることができるようになる。

  熟地黄、生乾地黄、山薬、茯神各三両。

  当帰、沢瀉、塩酒炒した黄柏各一両半。

  山茱萸、枸杞子、酥炙した亀板、牛膝、黄連、牡丹皮、

  酥炙した鹿茸各一両。生甘草五銭。朱砂一両を衣とする。

  以上を粉末にし、蜜で梧桐の種の大きさに丸め、朱砂を衣とし、

  空腹時に塩湯または温酒にて百丸を服用する。

  法に説くには、心は熱を悪み、腎は燥を悪む。

  この処方は熱を清し燥を潤し、精を補い血を益して、

  心腎を治する聖薬である。『丹心』

  およそ人が年老いて、子が無いことを患う者があり、

  また白髮を患う者もある。

  私は言う、子が無い者は腎に因り、髮が白い者は心に因る。

  なぜなら腎は精を主り、精が盛んであれば妊娠にいたる。

  心は血を主り、血が盛んであれば髮が黒いのである。

  今時の者は嗜慾がとめどなく、本然の真を虧き、

  憂慮が甚だ過度にして、天然の性を損している。

  心は君火であり、腎は相火である、

  君火が動けば相火は寄り添うがごとくこれに従い、

  相火が動けば君火もまた共に乱れて安寧ではあり得ない。

  両者は、相互に依存するものなのである。

  およそ天地間の事物は、全て陰陽五行の範疇を超えるものはない。

  五行には相生するものがあれば、また相制するものもある。

  上記の者は、心火が上炎し、腎水が虧けて制することが

  できなくなったためであり、髮が白いのはただ心のみが原因ではない。

  腎精を妄りに泄する者は、心に強制されてそうなるのであり、

  子が無いのはただ腎のみが原因ではないのである。

  この処方は一方で血を補い精を生じさせ、

  また神を寧んじて火を降すという、

  心腎共に治するための処方である。『方廣』

 
 ★解説★
 
 「心虚薬」で列挙された6つめ(はじめの4つは別項にあるとして原文が省略)、「古庵心腎丸」です。
 
 文章が非常に長く、原本または影印本でご覧いただくとわかりますが、一面の半分、原本で言えば半丁ものスペースを割いており、処方解説としては異例の長さになっています。それだけこの処方が重視されているということでしょう。

 長いだけでなく語句の用語や語法も難しいものが多く、現代語訳がなかなか困難で、なぜこんなことを始めてしまったのかと泣きたくなる(笑)文のひとつです。

 と言っても原文の趣旨は明快です。要するに前号で触れた、「水火を交濟させ、心腎を調和する」ことによってはじめて「心虚」を治することができる、という点で貫かれています。

 前号で先行訳が「能く水火を交濟す(水火を交濟させることができる)」の部分を削っていること、またこれは絶対に削ってはいけないことを書きましたが、なぜ削ってはいけないかがこれでもわかるでしょう。前後の繋がりがあって、その繋がりが全く意味をなさなくなってしまい、内容としても編者さんの意図としても歪め、また矮小化してしまうからです。

 
 この処方でも先行訳は後半の解説部分を全て削っています。またなぜか、初めの主治の解説部分の最後「久しく服せば鬚髮を黒くし、人をして子有らしむ。」の部分も削っています。なぜここだけ削ったのかわかりませんが、後半に繋がる部分ゆえ繋がりを消すために後半とともにこちらも削ったのでしょうか?だとしたら省略の選択はかなり確信犯的とも言えますが、訳者さんに確かめたわけではありませんので真意は定かではありません。ただ真意はどうあれ削ってはいけないことには変わりありません。
 

 内容、語句、語法ともに細かく読めばいくらでも問題点がありますが、個々に取り上げたらとても一号のメルマガに収まりませんので訳のみをお届けすることにしました。

 一点、特に印象的なのは後半の解説部分にある、「およそ天地間の事物は、全て陰陽五行の範疇を超えるものはない。」という述懐で、噛み砕いて言えば、宇宙間の全ての事物は陰陽五行という法則の範疇に収まる、ということです。これはこの法則の背景や実践的見地からの有効性に絶対の自信があるからこそ生まれた述懐でしょう。

 現在の医学的、科学的見地からしたら「陰陽五行」など古い発想、役に立たない理論でしかないと思いますが、東洋医学、東洋思想はこの理論なしでは成り立たず、現代的な観点や尺度からこの学術を推し量るのではなく、この分野はあくまでこの理論に則って発想、実践することでその本領、真髄を掴めるような気がするのですが、いかがでしょうか。


 ◆ 編集後記

 「心虚薬」処方の続きです。原文では漢字の羅列、というより文字の小さな影印本では漢字の塊としか見えず、見るだけで翻訳・執筆が嫌になりそうな長文ですが、山歩きなどと同じでこういう場合は着々、淡々と事を処理するのが最良の解決法と思い、湧き上がる雑念を抑えつつ(笑)淡々とした作業を心掛け、配信に漕ぎつけることができました。

 細かい部分で読みどころ、問題点は多々ありますが、訳文のお届けのみで詳細は読者さまご自身でのご検討に期すことにいたします。先行訳は省略部分が多いですので、原文、訓読や全文訳のお届けだけでも意味があるものと思います。


 暦は明日から早くも立冬です。メルマガを週一で配信、つまり定点観測的に週一回の作業をしていると一週間が経つ早さというのが非常な切実さをもって実感されるのですが、一年の早さも負けず劣らずですよね。

 私ごとですがここ一年はほぼ週一配信を敢行することができ、去年の11月06に99号を配信していますからそこから約50号を配信したことになります。
 寒くなると精神的肉体的に何事も億劫になりますが、このまま弛まず週一配信をこころがけたいと思います。

                     (2015.11.07.第147号)
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  ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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