メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん―古典から東洋医学を学ぶ―』第153号「脾虚藥」概説と処方「潤腎丸」他 雑談 大寒の水─「虚労」章の通し読み ─


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  第154号

    ○ 「脾虚藥」概説と処方「潤腎丸」他
      ─「虚労」章の通し読み ─

           ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 
      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。先週から一週間、無事に週一配信を敢行することができました。「脾虚藥」の処方解説の続きです。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「脾虚藥」 p449 上段・雜病篇 虚勞)


 潤腎丸

    治脾腎虚損形痩面青黄蒼朮一斤用韭菜
    一斤擣取汁拌〓九蒸九晒又用茴香半斤(〓均の右)
  同蒸一次去茴香熟地黄一斤五味子半斤乾薑
  冬一兩夏五錢春秋七錢右爲末蒸棗肉和丸梧
  子大空心米飮下百丸○此方與
  後陰門黒地黄丸同而製法異入門


 大山芋丸

     治虚弱羸痩脾胃虚弱飮食減少或大病
     後氣不復常漸成勞損山藥三兩七錢半
  甘草三兩半大豆黄卷炒熟地黄當歸肉桂神麹
  炒各一兩二錢半人參阿膠各八錢二分半白朮
  麥門冬防風白芍藥杏仁川〓各七錢半白茯苓(〓くさかんむり弓)
  桔梗柴胡各六錢二分半乾薑三錢七分半白斂
  二錢半右爲末大棗百枚蒸取肉入煉蜜和
  丸如彈子大毎一丸以温酒或米飮嚼下局方


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 潤腎丸

  治脾腎虚損、形痩面青黄。

  蒼朮一斤、用韭菜一斤擣取汁拌〓(均の右)、九蒸九晒、

  又用茴香半斤同蒸一次、去茴香。

  熟地黄一斤。五味子半斤。乾薑冬一兩夏五錢春秋七錢。

  右爲末、蒸棗肉和丸梧子大、空心、米飮下百丸。

  此方與後陰門黒地黄丸同而製法異。『入門』


 大山芋丸

  治虚弱羸痩、脾胃虚弱、飮食減少、

  或大病後氣不復常、漸成勞損。

  山藥三兩七錢半。甘草三兩半。大豆黄卷炒、熟地黄、當歸、

  肉桂、神麹炒各一兩二錢半。人參、阿膠各八錢二分半。

  白朮、麥門冬、防風、白芍藥、杏仁、川〓(くさかんむり弓)各七錢半。

  白茯苓、桔梗、柴胡各六錢二分半。乾薑三錢七分半。

  白斂二錢半。右爲末、大棗百枚蒸取肉、

  入煉蜜和丸如彈子大、毎一丸以温酒或米飮嚼下。『局方』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


  彈子大(ダンシダイ、だんしのおおきさ)
      弾丸の大きさ、または卵黄の大きさ


 ▲訓読▲(読み下し)


 潤腎丸(じゅんじんがん)

  脾腎虚損(ひじんきょそん)し、

  形痩(けいひ)して面青黄(めんせいこう)なるを治(ち)す。

  蒼朮一斤(そうじゅついっきん)、韭菜一斤(きゅうさいいっきん)を用ひ

  擣(つ)きて汁(しる)を取(と)りて拌(ま)ぜ〓(均の右)(ととの)へ、

  九蒸九晒(きゅうじょうじゅうさい)し、

  又(また)茴香半斤(ういきょうはんきん)を用ひて

  同(おな)じく蒸(む)すこと一次(いちじ)にして、

  茴香(ういきょう)を去る。

  熟地黄一斤(じゅくぢおういっきん)。五味子半斤(ごみしはんきん)。

  乾薑(かんきょう)冬(ふゆ)は一兩(いちりょう)

  夏(なつ)は五錢(ごせん)春秋(はるなつ)は七錢(しちせん)。

  右(みぎ)末(まつ)と爲(な)し、棗肉(そうにく)を蒸(む)し

  和(わ)して梧子(ごし)の大(だい)に丸(まる)め、空心、

  米飮(べいいん)にて下(くだ)すこと百丸(ひゃくがん)。

  此(こ)の方(ほう)後陰門(こういんもん)の

  黒地黄丸(こくぢおうがん)と同(おな)じくして

  製法(せいほう)異(こと)なり。『入門(にゅうもん)』


 大山芋丸(だいさんうがん)

  虚弱羸痩(きょじゃくるいそう)、脾胃虚弱(ひいきょじゃく)にして、

  飮食減少(いんしょくげんしょう)し、或(ある)ひは

  大病(たいびょう)の後(のち)氣(き)常(つね)に復(ふく)せず、

  漸(ようや)く勞損(きょそん)と成(な)るを治(ち)す。

  山藥三兩七錢半(さんやくさんりょうしちせんはん)。

  甘草三兩半(かんぞうさんりょうはん)。

  大豆黄卷(だいずこうかん)炒(い)り、

  熟地黄(じゅくぢおう)、當歸(とうき)、肉桂(にっけい)、

  神麹(しんぎく)炒(い)り各一兩二錢半(かくいちりょうにせんはん)。

  人參(にんじん)、阿膠(あきょう)各八錢二分半(かくはっせんにぶはん)。

  白朮(びゃくじゅつ)、麥門冬(ばくもんどう)、防風(ぼうふう)、

  白芍藥(びゃくしゃくやく)、杏仁(きょうにん)、

  川〓(くさかんむり弓)(せんきゅう)各七錢半(かくしちせんはん)。

  白茯苓(びゃくぶくりょう)、桔梗(ききょう)、柴胡(さいこ)

  各六錢二分半(かくろくせんにぶはん)。乾薑(かんきょう)

  三錢七分半(さんせんしちぶはん)。

  白斂(びゃくれん)二錢半(にせんはん)。

  右(みぎ)末(まつ)と爲(な)し、大棗(たいそう)百枚(ひゃくまい)

  蒸(む)して肉(にく)を取(と)り、

  煉蜜(れんみつ)に入(い)れ和(わ)して丸(まる)めること

  彈子(だんし)の大(だい)の如(ごと)くし、

  毎(つね)に一丸(いちがん)温酒(おんしゅ)

  或(ある)ひは米飮(べいいん)を

  以(もっ)て嚼(か)み下(くだ)す。『局方(きょくほう)』


 ■現代語訳■


 潤腎丸(じゅんじんがん)

  脾と腎とが虚損し、身体が痩せて顔色が青黄色になった者を治する。

  蒼朮一斤、韭菜一斤を搗いて汁を取り、混ぜ合わせて九度蒸し九度晒す。

  または茴香半斤を用いて同様に一度蒸して茴香を取り去る。

  熟地黄一斤、五味子半斤。

  乾姜を冬は一両、夏は五銭、春と秋には七銭。

  以上を粉末にし、大棗の肉を蒸したものを混ぜ、

  梧桐の種の大きさに丸め、空腹時に米湯で百丸を服用する。

  この処方は後陰の章の「黒地黄丸」と同じであるが、

  製法が異なる。『入門』


 大山芋丸(だいさんうがん)

  虚弱して羸痩し、脾胃が虚弱にして食欲不振の者、

  または大病の後に気が元に戻らず、次第に労損になりゆく者を治する。

  山薬三両七銭半。甘草三両半。炒った黄色の大豆、

  熟地黄、当帰、肉桂、炒った神麹各一両二銭半。

  人参、阿膠各八銭二分半。

  白朮、麦門冬、防風、白芍薬、杏仁、川〓(くさかんむり弓)

  各七銭半。白茯苓、桔梗、柴胡各六銭二分半。

  乾姜三銭七分半。白斂二銭半。

  以上を粉末にし、大棗百枚を蒸して肉を取り、

  煉蜜に入れて混ぜ合わせ、卵黄の大きさに丸めて、

  一度に一丸を温酒または米湯で噛み下す。『局方(きょくほう)』

 
 ★解説★
 
 「脾虚藥」の処方解説の続き、「潤腎丸」「大山芋丸」です。
 これも今まで同様「脾」だけを補するのではなく「腎」や「胃」なども含めての処方であることが明記されています。

 「潤腎丸」で「後陰門の黒地黄丸と同じ」と言っているのはこの東医宝鑑の別の章に「後門」という章があり、その中に「黒地黄丸」という痔疾には聖薬と明記された処方があり、それと構成薬物が同じで、製法が違うということです。

 同じ薬が脾腎の虚損であったり、痔疾であったりに使い分けられるのが東洋医学の面白いところと言えます。


 前号の「烏朮丸」で先行訳が処置の方法を省略していることを書きましたが、今号の二つはなぜか処置まで訳しています。

 ところがやはりいくつか誤りや省略があり、「潤腎丸」では上の「黒地黄丸と同じ」というくだりをまるまる省略しています。

 また「大山芋丸」では今までと違った表現がありますが、お気づきでしょうか?それは今まで薬を丸める大きさが「梧子大」であったのが、ここでは
 「彈子大」となっている点です。

 これを先行役は今までと同じ「梧子大」と訳してしまっています。
 
 「梧子大」の場合は例えば今号のように「百丸」を一度に飲むのです。
 それに対して「彈子大」はここで言われているように、一つを噛みながら飲むのですね。これだけでも両者の大きさが全然違うことがわかるはずです。それが一度に百丸飲むような大きさをたった一つでは薬量が全然違うのですから当然効果も違ってきてしまうでしょう。

 また「潤腎丸」では「乾姜を冬は一両、夏は五銭、春と秋には七銭」という季節によって薬量を使い分ける記述があるのですが、これも省略しています。
 
 なぜ季節ごとに量の指定があるのか、そこには深い意味があるはずで、省略してしまったらその考察もできず、また効果の違いにも出るはずで、やはり省略してしまってはいけないところと思います。

 他にもいくつか誤り、省略、また誤りとは言わずとも変な訳などありますので、先行訳をお持ちの方は原文などを参照して補足してくださればと思います。


 ◆ 編集後記

 先週に引き続き無事に一週間で今号を配信することができました。

 新しいシステムだと漢字の変換ひとつにも時間がかかると前号で書いたのですが、他にも執筆の調べ物をしようとしたら文字の入力システムまで消えていました。

 今までは中国語の繁体字や簡体字、ハングルなどで入力できるようにしてあったのですが、システムが振り出しに戻ったため日本語しか打てなくなっています。また常日頃調べ物に使うためにブックマークしておいたサイトの情報も消えており、以前と同じに調べ物、書き物ができるまでまだ時間がかかりそうです。それでもなんとか処方二つをお届けすることができました。


 さて、今年も暦のことを書きたいと思いますが、早くも来週1月21日から大寒(だいかん)に入ります。

 一昨年、水の項で「大寒水」が登場し、それに絡めて「大寒のお水とり」などに触れたのですが、ご記憶の方はいらっしゃいますでしょうか。今年も早くもその時が来たということですね。

 この大寒の水に関して、先日ある書道家の方とお話をしていたら、その方は大寒の水を書道の水として使うために毎年採っていらっしゃるとのこと、大寒の水で書くと墨が良い色が出てよい作品になるらしく、またずっと腐らずに長く置ける、さらにちょっとした風邪ぐらいはこの水で治せる、とおっしゃり、まさに医学的方面にまで活用していらっしゃるのです。

 書道の方面でもこの水を活用する風習があること、いまだにこの水を尊び日常に活用する発想が残っていることを目の当たりにして感動しました。

 この方は御歳80歳ほどで、もしかしますと書道方面でも大寒の水を活用するという発想を持つ最後の世代ぐらいの方かもしれませんね。お若い方にはそのような発想もないかもしれません。また教えてくれる人がいなければ発想も湧きませんよね。幸い私はそのお話しを伺うことができ、貴重な風習を伝承いただくことができたというわけです。

 そしてこのメルマガをお読みの方にもその知恵をお分けしたく、こうして書いています。もし読者さまで書道をする方がいらしたら、ぜひとも大寒の水を作品作りに活かしてくださればと思います。

 というわけで、今年も大寒が近いですから、ぜひとも大寒の水を採られて、日常にご活用くださる方がおひとりでもいらっしゃればと願っています。

 
 なお、大寒水の項をお読みでない方もいらっしゃるかと、当時お届けした翻訳部分と、解説部分を再録してお届けしたいと思います。まだお読みでない方、またお忘れの方は今一度ご高覧いただけたらと思います。

  臘雪水(12月臘享の時に降った雪を溶かした水)
  
  性冷、味甘、無毒。
  流行性の熱病たる瘟疫、飲酒後の暴熱、黄疸を治し、
  一切の毒を解す。
  洗眼に用いて熱赤を去る。『本草』

  臘雪水は大寒水である。
  雨が降って寒気に当ると、凝固して雪になる。
  その形は六一の生気を稟けるがゆえに六稜となる。『入門』

  全ての果実を浸して貯蔵するに良い。
  春の雪は虫がいるため、集めるには不適である。『本草』

 
 ★解説★
 
 水の4番目「臘雪水」です。短い文ですがこれも句読点なしの原文から読むといろいろ問題点が出てきます。いくつか取り上げてみましょう。


 ☆「大寒水」について

 まずは「臘雪水は大寒水なり」の「大寒水」です。

 私の手元の東医宝鑑の現代韓国語、ハングル訳本ではこれを「非常に冷たい水」と訳しています。「大寒水」を読んで字のごとく「大いに寒い(冷たい)水」と解釈したものと思われます。

 「非常に冷たい水」でよいのなら、どんな種類の水でも冷たく冷やせばよい、ということになってしまいますよね。これはそうではなく「大寒水」という固有名詞なのです。

 前々号の「好井水」「合口椒」で触れたように固有名詞を普通に読んでしまった典型的な誤読例です。


 これは「大寒」つまり二十四節気の内の大寒(だいかん)の時に採集した水のことで、すなわち「大寒水」と呼びます。

 細かく言えば大寒にも特定の一日としての大寒と、期間としての大寒があります。

 特定日の大寒は小寒から立春の真中の日の一日です。期間としてはその日から立春までが該当します。来年2015年で言えば、1月20日が大寒の日、そこから2月4日の立春までの間が期間としての大寒となります。

 ここでは「臘雪水は大寒水なり」と言っており、「臘」とは陰暦の12月で「大寒」は陰暦の12月に重なりますので、この場合は期間としての 大寒と見てよいでしょうが、より意味と効果とを絞るなら特定の日としての大寒と限定していると読んだ方がよいのかもしれません。 

 ただ、漢字項目をハングルで解説した部分、上の現代語訳ではカッコで囲った訳がそれですが、そこでは「臘享の時に降った雪」と言っています。

 「臘享」とはすでに4年近く経ってしまいましたが、冬の手足のひびに効くという「臘享膏(ろうきょうこう)」解説でも出てきた語で、冬至から3番目の未(ひつじ)の日をこう呼び、朝鮮王朝時代にこの日に王から民衆まで盛大にお祝いをしたようです。

 「臘享」と「大寒」は日が近いですが一致はしませんので、ハングル解説に鑑みれば、朝鮮半島では特に広く陰暦12月の臘月や期間の大寒ではなく臘享の日を重視してこの日に特定したのかもしれません。

 興味深いことに、現在の日本でもこの大寒に水を採る風習や発想が残っており、この時期に採集した水は腐りにくいため珍重され、さらに特定の日としての大寒に採った水を尊び「大寒水取り」「大寒のお水取り」などと称する行事が今でも催されるのは非常に面白いことと思います。

 皆さんもこれを機に「大寒のお水取り」はいかがでしょうか。さらに余談ですがこのニワトリが大寒の日に生んだ卵を食べると一年間お金に困らないというさらに不思議な考えも一部であるようです。


 さて、この文では特に「臘雪水は大寒水なり」と言っています。

 大寒水は必ずしも雪を溶かした水とは限らないので「臘雪水=大寒水」ではないのですから、この場合は大寒の時に採った雪を溶かした水を臘雪水=大寒水と狭く規定していることになります。

 逆に、ここでの「臘雪水=大寒水」という説に従えば、本来の「大寒水」はただ大寒の期間に採った水ではなく、大寒の期間の雪を溶かした水を「大寒水」とすると規定しているとも言えます。

 その点がさらに下の引用、雪は六出、つまり六角、六稜だから云々、という部分に繋がります。

 六は易をご存じの方なら良くご存じでしょう、陽の九に対する、陰の成数ですね。

 また「六一の正氣を稟くる」とも言っているように、氷って固体としての雪となって、つまり六角形になって初めて享受する効用を見ているわけで、その点では「臘雪水=大寒水」としていることと整合性を持ちます。つまりただ大寒に採集した水ではなく、一度氷って雪の形に変化した水という点を重視しているわけです。

 要するに「大寒水」は「大寒の時に採集した雪を溶かした水」と、個々の引用と引用間の繋がりでも明白に言っていることが読み取れ、「非常に冷たい水」という解釈はそれらが全て読み取れていないということになってしまいます。文字そのものは簡単ですが、かくも古典、古医書の読解・翻訳は難しいのです。
                    (2016.01.16.第154号)
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