メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第130号「陰虚用藥」の処方「補天丸」他 ─「虚労」章の通し読み ─
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第130号
○ 「陰虚用藥」の処方「補天丸」他
─「虚労」章の通し読み ─
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
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こんにちは。「虚労」章の通し読み、「陰虚用藥」の処方が続きます。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「虚勞治法」 p446 上段・雜病篇 虚勞)
補天丸
補陰虚紫河車一具製法如上入黄栢龜板
各二兩知母杜仲牛膝各一兩五味子七錢
陳皮乾薑各五錢右爲末酒糊和丸
梧子大温酒或白湯下七十丸入門丹心
混元丹
治虚勞羸痩痰嗽鬼〓紫河車一具製如上(〓やまいだれ主)
法人參一兩半熟地黄當歸白朮茯神各一
兩木香白茯苓各五錢乳香沒藥各四錢朱砂二
錢麝香二分右爲末酒糊和丸梧子大人參湯下
五十丸○一名
紫河車丹入門
太上混元丹
治勞損五藏補眞氣紫河車一具東流
水洗淨入麝香一錢在内縫定於砂罐
内以酒五升熬成膏人參肉〓蓉安息香酒煮去(〓ぎょうにんべん従)
滓白茯苓各二兩沈香乳香朱砂水飛各一兩右
爲末入河車膏内擣千下丸如
梧子大温酒下七九十丸丹心
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
補天丸
補陰虚。紫河車一具、製法如上。入黄栢、龜板各二兩。
知母、杜仲、牛膝各一兩。五味子七錢。陳皮、乾薑各五錢。
右爲末、酒糊和丸梧子大、温酒或白湯下七十丸。『入門』『丹心』
混元丹
治虚勞羸痩、痰嗽鬼〓(やまいだれ主)。
紫河車一具、製如上法。人參一兩半。熟地黄、當歸、白朮、
茯神各一兩。木香、白茯苓各五錢。乳香、沒藥各四錢。
朱砂二錢。麝香二分。右爲末、酒糊和丸梧子大、人參湯下五十丸。
一名紫河車丹。『入門』
太上混元丹
治勞損五藏、補眞氣。紫河車一具、東流水洗淨、
入麝香一錢在内縫定、於砂罐内以酒五升熬成膏。
人參、肉〓(ぎょうにんべん従)蓉、安息香酒煮去滓、
白茯苓各二兩。沈香、乳香、朱砂水飛各一兩。
右爲末、入河車膏内擣千下、丸如梧子大、温酒下七九十丸。『丹心』
●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)
鬼〓(〓やまいだれに主)(キシュ)突発性の伝染病。胸腹が突然痛み、
痛みで気絶する者もある。再発して死に至る者もある。
水飛(スイヒ)生薬の炮制方法のひとつ。
極めて微細な粉末を作ることができる。不溶性の生薬を水と共に研磨し、
さらに多量の水を加えて撹拌する。粗い粉末は沈殿し、細かい粉末は浮くので、
細かい粉末が浮遊する上澄み部分だけを取って乾燥させ、極細粉末を得ることが
できる。鉱物薬に多用する。
▲訓読▲(読み下し)
補天丸
陰虚を補ふ。紫河車一具、製法上の如くして、黄栢、龜板各二兩、
知母、杜仲、牛膝各一兩、五味子七錢、陳皮、乾薑各五錢を入る。
右末と爲し、酒糊に和し梧子の大に丸め、
温酒或ひは白湯にて七十丸を下す。『入門』『丹心』
混元丹
虚勞羸痩、痰嗽鬼〓(やまいだれ主)を治す。
紫河車一具、上の法の如く製す。人參一兩半。熟地黄、當歸、白朮、
茯神各一兩。木香、白茯苓各五錢。乳香、沒藥各四錢。
朱砂二錢。麝香二分。右末と爲し、酒糊に和し梧子の大に丸め、
人參湯にて五十丸を下す。一名紫河車丹『入門』
太上混元丹
五藏の勞損を治し、眞氣を補ふ。紫河車一具、東流水にて洗ひ淨くし、
麝香一錢を入れて内に在らしめて縫ひ定め、
砂罐内に於て酒五升を以て熬(い)りて膏と成し、
人參、肉〓(ぎょうにんべん従)蓉、安息香酒に煮て滓を去り、
白茯苓各二兩。沈香、乳香、朱砂水飛し各一兩。
右末と爲し、河車膏内に入れて擣くこと千下、
丸くすること梧子の大の如くし、温酒にて七九十丸を下す。『丹心』
■現代語訳■
補天丸(ほてんがん)
陰虚を補う。紫河車を一具、製法は前述の如くし、
黄柏、亀板各二両、知母、杜仲、牛膝各一両、
五味子七銭、陳皮、乾姜各五銭を入る。
以上を粉末にし、酒に混ぜて糊状にし(酒糊にし)、
梧桐の種の大きさに丸め、
温酒または白湯にて70から90丸を服用する。『入門』『丹心』
混元丹(こんげんたん)
虚労羸痩、痰嗽鬼〓(やまいだれ主)を治する。
紫河車一具を前述の如く製し、人参一両半、熟地黄、当帰、白朮、
茯神各一両、木香、白茯苓各五銭。乳香、沒薬各四銭、
朱砂二銭、麝香二分。以上を粉末にし、酒に混ぜて糊状にし(酒糊にし)、
梧桐の種の大きさに丸め、人参湯で五十丸を服用する。
一名を紫河車丹という。『入門』
太上混元丹(たいじょうこんげんたん)
五藏の労損を治し、真氣を補う。紫河車一具を東流水で洗浄し、
麝香一銭を中に入れて縫い合わせ、
砂罐を用いて酒五升で熬って膏を作る。
人參、肉〓(ぎょうにんべん従)蓉、酒で煮て滓を取った安息香、
白茯苓各二両、沈香、乳香、水飛した朱砂各一両。
以上を粉末にし、先に作った紫河車の膏内に入れて千回擣き、
梧桐の種の大きさに丸め、温酒にて70から90丸を服用する。『丹心』
★解説★
まだまだ続く「陰虚用藥」の処方です。さらに「紫河車」を主とした処方が
挙げられています。陰虚の処方はあと3つ残っていますが、これで紫河車が
主の処方は終わりで、前々号の「大造丸」以来6つの処方で使われていたこ
とになります。陰虚用薬ではすでに触れたように17の項目が立てられていま
すので、そのうちの6つ、約3分の1で、陰虚にはこの紫河車が重要な役割を
持たされていたこともわかります。
ここでは詳しく触れませんが、それぞれの微妙な違いはこれもすでに触れた
ように、構成薬物の違いを見ることで、同じ陰虚でも、どのような使い分け
が想定されていたのかを検討することができます。
文章の表現としてはこの紫河車の流れに入ってから定型的な同じような文が
使われていて、それに加えて生薬の列挙ですので読むのが楽にはなっていま
す。ただ、細かい部分で今までにない表現や専門用語があり、ここだけでの
検討も必要な個所ももちろんあります。
例えば3つめの太上混元丹の「入麝香一錢在内縫定」の部分、先行の日本語
訳では「麝香一銭をその中に入れ」とだけしてあって「縫定」の部分がスルー
されてしまっています。「その中に入れ」だけでは入れただけのニュアンス
ですが、実際には入れた後に縫って口を封じるのですね。
これは例えば他の医書に別の処方において
「用雄豬肚一個。以藥入綫縫定。」(普濟方)
「將粳米飯百合入在鷄腹内、以綫縫定」(聖濟總録)
「以牙豬肚一個洗淨、入蓮在内、縫定煮熟」(本草綱目)
などという表現があり、およそ肉などの切り口に薬物を入れる際の処置と、
それを表す文章表現としてこの「縫定」が用いられることがわかります。
さらに上に「以綫(綫を以て)」つまり「糸で」というより具体的な表現で
わかりやすくなっているものもあるように、この「縫う」という処置が大切
なのです。
太上混元丹はじめ上の引用でも、用いる生薬や表現の違いはあれど、全て
「~入~縫定」という表現は同じであることを見てもわかるように、この処
置では「(薬を中に)入れる」と「(口を)縫う」とが必ずワンセットに考
えられているわけです。
ですのでここは「入れる」と訳しただけでは原文の意図と具体的な作業を全
く再現できていないことになります。
細かいところですが小さな違いが、読みの姿勢としても、翻訳の結果として
も、さらにそこから導き出されるはずの実際の作業としても違いは大きく、
決してスルーしてはいけない部分ではないでしょうか。
他にも上の語釈欄に書きましたが、「水飛」などもシンプルながら良く考え
洗練された方法だと思います。これも先行訳は「朱砂水飛各一両」と原文を
そのまま書いただけの訳にしてあり、「水飛」がわからずそのままにしてし
まったのでは?と思わせる記述になっています。訳の読み手にも「朱砂水飛」
だけでは前後関係がわからず意味がつかみにくいですよね。
私の訳では「水飛した朱砂」と文脈がわかるように訳し、さらに訳を読んだ
だけではわからない「水飛」の具体的な内容は訳注で補うという方針で、わ
かりやすい訳と、補注により内容理解までをカバー、という体裁にしてあり
ます。
個々の生薬にはそれぞれ違った処置方法があり、その違いで効果が全く違っ
て来てしまいます。原文を細かく読むと先人がいかにその点に気を配ってき
たか、歴史的にどんな処置が考えられてきたのか、がわかります。
原文ではたった「縫定」「水飛」などという数文字の漢字だけの話ですが、
その背後に秘められた情報と思いはかくも大きく、それを省略、看過してし
まうことは、先人が長い時間と意識をかけて考案してきた方法に意識の焦点
を当てることができていない、ということになってしまいます。それでは何
のために東洋医学を学ぶのか、東洋医学に何を学ぶのか、が曖昧になり、ひ
いてはそこから引き出せる情報すらも曖昧に、また危うくなってしまうので
はと危惧します。
こうしてせっかく原文から読むのですから、一字一句を疎かにせずにしっか
りと読みたいものです。先行の訳をお持ちの方は、補足してくださればと思
います。
◆ 編集後記
陰虚用薬の処方の列挙がさらに続きますが、前号のこの欄に書きましたよう
にあと3つの処方で、ようやく終わりが見えてきました。と言っても陰虚用
薬の終わりというだけで、虚勞の項目と処方解説はまだまだ続きます。
これも前号で書いたように、次号で陰虚用薬を読み終えたら、その次はコラ
ムをお届けしようと考えています。
二十四節気ですが、前々号で夏至の到来を書きましたが7月7日からが次の
「小暑」です。本格的に暑くなってくる時期です。
前に「小満」以外は全て「小」がつくものには「大」があると書きましたが、
この小暑も同じで次が大暑です。
なんだか名前を聞くだけで暑くなってきそうですが、寒い時があれば暑い時
があり、暑くなればまた寒くなる、このサイクルが季節のめぐりであり、一
部から全体、また全体から一部の視点を忘れないようにという意味合いが節
気にはあって、それを見越して形成し名前もつけられたような気がします。
(2015.07.04.第130号)
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◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com
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