メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第340号「夢泄亦屬鬱」(内景篇・精)4
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◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
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第340号
○ 「夢泄亦屬鬱」(内景篇・精)
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
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こんにちは。「夢泄亦屬鬱」の続きです。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「夢泄亦屬鬱」p84 上段・内景篇・精)
又一男子夢遺醫與澁藥反
甚先與神〓丸方見入門大下之却服此猪(〓くさかんむり弓)
苓丸亦痊可見夢遺屬鬱滯者多矣
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
又一男子夢遺、醫與澁藥反甚、
先與神〓(くさかんむり弓)丸、
方見入門。大下之、却服此猪苓丸亦痊。
可見夢遺屬鬱滯者多矣。
●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)
▲訓読▲(読み下し)
又(また)一男子(いちだんし)夢遺(むい)す、
醫(い)澁藥(じゅうやく)を與(あた)へて
反(かへっ)て甚(はなはだ)し、先(まづ)
神〓(くさかんむり弓)丸(しんきゅうがん)を
與(あた)へて、方(ほう)は入門(にゅうもん)に
見(み)ゆ。大(おほい)にこれを下(くだ)し、
却(かへっ)て此(こ)の猪苓丸(ちょれいがん)を
服(ふく)し亦(ま)た痊(い)ゆ。
夢遺(むい)鬱滯(うったい)に屬(ぞく)する
者(もの)多(おほ)しと見(み)つべし。
■現代語訳■
また一男性で夢遺する者がおり、医師が渋薬を投与したため
かえって重くなってしまった。先ず神〓(くさかんむり弓)丸を
投与し(処方は「入門」参照)大いに下し、
次に猪苓丸を服用させると治癒した。
かく、夢遺は鬱滞に属する者が多いと考慮するべきである。
★ 解説 ★
「夢泄亦屬鬱」の続き、にして最後の部分です。
前の部分で一男性の治験例が挙げられていましたが、ここでもう一人の例が挙げられています。流れから見ると、前段の治験例の話題の最後に、渋薬を与えてしまった場合の処置が説かれていたので、ここはそれを受けてその例での治験を挙げたと読めるでしょう。
一点細かい点ですが、原文で「方見入門」となっているところを江戸期の『訂正 東医宝鑑』では「方見五藏」となっています。
これは元版でも版本によっては「方見五藏」となっているものがあるようで、『訂正』は校正して直したというより「方見五藏」となっているものを参照していると考えられます。
というのは、「方見五藏」の「五藏」の部分にこの処方がないからです。もし存在するのなら、そちらを確認の上訂正したと考えられますが、存在しないのですから、元本のそのままを記載したと考えられるのではと思います。
では「方見入門」ですと「入門」はこの東医宝鑑でも度々引用する『医学入門』とことと思われ、これですと確かに『医学入門』にはこの処方があり、流れは整合します。
では、「方見五藏」は誤りなのかと考察しますと、前の部分でこの「方見五藏」が登場していましたよね。その引用で処方が二つありましたが、後ろのほうに「導赤散」がありました。
これは実際に心臓の章に登場しており、それが「五藏(五臓)」の部分に出ている、という表示となっていると考えられます。
そしてここで考えると、前段では鬱滞に渋薬を与えてしまい重くなった者に対する処方としてこの導赤散が示されていたのでした。
さらに今号部分で、症例としてその渋薬を与えられて重くなった者が具体的に挙げられていることを考え合わせると、流れからしたらここは前段のその導赤散が与えられるべきものの具体例が挙げられていると考えてよいですよね。
とするとここは「神〓(くさかんむり弓)丸」ではなく「導赤散」が正しく、もしくは「神〓(くさかんむり弓)導水丸」という処方が他にあり、こちらのことを言っている可能性もあると読めそうです。
ただ、この処方が登場するのは「五臓」ではなく「雑病編」の「下」ですので他の部分と符合せず、上記のように全ての点で一番符合するのは「導赤散」で、
次に符合するのが、「方見入門」で、『医学入門』を参照した、というもうひとつの版本、つまりこのメルマガで採用している底本の文です。
少し細かいですが、ご興味がおありの方は以上の論点を整理していただき、文の流れや処方の効用などの点からも鑑みてどれが一番正しいのか、
つまり
・処方は「神〓(くさかんむり弓)丸」で、引用は「方見入門」が正しく、『医学入門』を参照するのが良いのか、
・「神〓(くさかんむり弓)丸」で、「方見五藏」が正しいのか、
・「神〓(くさかんむり弓)丸」は誤りで「導赤散」が正しく、引用は「方見五藏」が正しいのか、
・あるいは他に可能性があるのか
などなど考察していただけたらと思います。
◆ 編集後記
「夢泄亦屬鬱」の最後の部分です。文が短くすぐに執筆完了するかと思いきや、上記の問題点が浮かび上がって思いのほか調査に時間がかかってしまいました。全く翻訳作業というのは侮れません。
もちろん、翻訳そのものは簡単で、原文をそのまま訳して
「神〓(くさかんむり弓)丸を投与し(処方は「入門」参照)
としておけば、表面的な翻訳としては一件落着なのですが、『訂正』との文の違い、また内容の検討などまで含めたらこのように時間と手間がかかるという良い例と思い、その読解過程の一端をご紹介する意味で少し書いてみました。
次の項目は「精滑脱屬虚」ですが、「夢泄亦屬鬱」以上に長いので、少し前にこの欄で書いたように他の部分を読んで気分転換するか、それともこのままこの項目を読み続けるか、考えた上でお届けしたいと思います。
(2019.11.02.第340号)
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