物件の内見から契約までの怒涛の一週間(後篇):住宅購入20
さて、思い出のドトール会議で「少しでも今の価格より安くなれば、この物件を買う」と決定した僕らは、内見後、ついに買い付け申込みを出したのだった。
今回はこの値段交渉の経緯と、それを受けた後2時間の悪戦苦闘の様子などを中心に記録していきたい。
契約3日前:値段交渉の結果待ち
買い付けを出した僕らだったが、相手の返答次第で、以下の3つの状況になることが考えられた。
全額値引きOK・・・買うしかない。
全額値引きNG(値引きなし)・・・とりあえず買わない。
1と2の間のどこかで値引き額が返ってくる・・・どうする?
この時点では法的な拘束力はないから、全額値引きOKだとしても、「気が変わった」と断ることはできる。
だけど、もうその時点で、この売主さんも仲介さんも僕らを相手にすることはなくなるだろうから、1の場合は、断るなら、玉砕覚悟となる。
2の場合は売主さんはまだまだ強気。
内見などの引き合いが強かったり、もしかしたら、他にいい見込み客がいるのかもしれない。
僕らとしては、この金額では買わない!と決めているから、2の場合は買わず、様子を見ることにする。
問題は3の場合。
どの程度の値下げで戻って来るか?分からないから、
「ここまでの値引きなら買う、これ以下なら買わない」
というラインを決めておく必要があった。
それに、買い付けを出す際に、「値引き全額OKならこの日に契約する」ということも決めるので、「何か決定的にネガティブなことを見つけるなら、今、見つけなければいけない」ということもある。
そこでそれらを検討するために、お昼休みにまた物件を見に行くことにした。
前回は夕方からだったので、今度は時間帯を変えて、お昼に行くことにしたのだ。
また、前回は2つの駅まで歩いた。
言うなれば、物件を貫いてタテに歩いたので、今度は行ったことのないヨコ方面に行くことにした。
暑い日だった。
妻は早々に遅れ始めた。
妻はとにかく蒸し暑いのが苦手だ。一挙手一投足がスローになっていき、最終的には動かなくなる。
商業施設が歩く先にあるので、妻はノロノロと一直線にそこに向かうことにし、僕はその枝葉部分を行ったり来たりして調査をすることにした。
何しろ、そこが通れるかどうかもはじめての道なので分からない。
だから、路地を入ったり、先をのぞいたりして、妻を導く。
かわいそうだが、車では何度も通ったのだ。だから、歩くことが重要だった。
というより、こうなることは分かっていた。
だから、「暑いから、俺だけ歩いてもいいよ」といったのだが、「はあ〜?歩くに決まってるじゃん」と強気な返事をして、歩き始めたのだ。
なのに、この体たらくだ。
やっと商業施設に到着。
いつも車で来ていたこの施設に歩いてこられるとは・・・。
なんだか変な感じだった。
この商業施設にもドトールがある。
ここで涼を入れて、妻の復活を待ち、物件に戻る。
再度、物件の日当たりなどを見る。
ビッカビカに当たっている。これはこれで少し心配になったりする。
やるべきことは全部やった。
考えても、他にやるべきことは見つからない。
帰宅し、値下げの返事待ちをする。
しかし、その日いっぱい何の返事も無かった。
契約2日前:値下げ交渉の返事が来る
次の日の午前、午後、待てど暮せど返事は来ない。
「これは何かあったかな?」と妻と話す。
ただ、新築のところで書いたけど、新築の場合、値下げ交渉は中古とはちょっと異なる。
中古の場合は、売り主に聞けば、終わりだ。
だけど、新築の場合は、企業の値下げ交渉のような感じで、「ある一定の値下げは担当者レベル」で、「それ以上の値下げはその上司or支店長クラス」が、さらに上になると「本社」の決済が必要になったりする。
これらは会社によって違うというとはいえ、返事まである程度の時間が掛かるだろうことは予想していた。
だけど、買い付け時に約束させられた契約日はもう2日後に迫っているのだ。
「おいおい、逆に大丈夫なのか?それとも、何か駆け引きを仕掛けられているのか?」などと勘ぐったりしていた。
時間が経つにつれ、「ああ、そうか。もう我々は切るつもりなのかな。他にもっと高い金額で買い付けを入れた人がいるのかもしれない。それか、我々は2番手で、今一番手と、2番手が来ましたけど、どうします?とか交渉しているのかも?」とか思ったりし、「それなら、買わねえぞ!」とか謎の決意をしたりしていた。
こういう重大な返事は見張っているときには来ずに、気を抜いた頃に来るものだ。
何気なしに携帯を見てみたら、通知があり、なんと返事が来ていた。
「今日、チェックをしていなかった時間の方が少ないのに、今くる?」なんて思いながら、返事を見ると、我々が値引きをお願いした金額のちょうど半分くらいの値引き額の返事が来ていた。
仲介担当者の言っていた「多分、満額いけると思います。いけなくても、この値引き金額は硬いと思います」の「硬い金額」はあっさりと破られ、それよりもだいぶ値引き金額は少なかった。
「ああ、だから電話じゃなくて、SMSで返事してきたのか」と、そのチキンぶりと、値引き額の少なさに、誰も見ていないのに、携帯に侮蔑の目を向けて蔑んでやったが、そんなことをしている場合ではない。
戻ってきた金額は、僕らが要求した値下げ額のちょうど真ん中よりも10万低い値下げ額、つまり、10万高い金額だった。
「◯円なら購入」「◯円なら買わない」と決めたラインのちょうど中間で、「この金額なら、もう一度、他の物件と比較する」と決めてある金額。それよりも10万円高い。
だから、ちょっとだけ買わない方に振れるわけだ。
「まあ、最悪でも半分くらいかな」とは思っていたけど、半分なら、まあ、ニッコリとはいかないが、真顔でOKを出せそうだった。
なのに、それより10万高いという、一番困った金額で戻ってきた。
今、検討している物件は3つ。
1軒はこの物件、もう1軒はゴミ屋敷横、そして、もう一軒。
最後の一軒は高すぎる。
おそらく、値下げが来るだろうけど、パワービルダー物件ではないので、値引きまではかなり時間が掛かりそう。
だから、今、動く必要はなかった。
今、動くべきなのは、「この物件」と「ゴミ屋敷横」の2軒。
値下げ後の金額を考え、ゴミ屋敷横の方がいいと判断すれば、この物件は蹴り、ゴミ屋敷横とパワービルダーではない物件の2つを競らすことにする。
要するに、今、この物件とゴミ屋敷横の物件のどちらがいいか決めること、これが今やるべきことだ。
妻に事態を報告するとともに、不必要なほど凄い勢いで、僕は座っていた椅子から立ち上がった。
物件同士の一騎打ち
もう物件を充分に検討したのだから、新たな要因など出てくるわけもない。
2つの物件を項目ごとに比べた上で、この金額以上ならこちら、以下ならこっちにする・・・と詳細に決めてあったのだ。
だけど、その境目のところ、しかも、ちょっとそれよりも10万値引き額が少ない金額を攻められてしまった。
ちょうど踏ん切りのつかない金額ドンピシャだ。
しかも、どちらかというと、今の物件を買わない方に10万円振れていた。
決めるには新たな情報が必要だった。
まず、ゴミ屋敷横の新築物件の現地に到着した。
相変わらずだ。
当たり前だが、ゴミ屋敷もちゃんと両側にある。
物件自体も、必要最低限だけの、無個性で、素っ気ない外観、これがいい。
やはり、悪くない。
現地を改めて見たら、何か変わるかと思ったけど、何も変わらない。
だが、ゴミ屋敷横の物件は実はまだ、ちゃんとクリアになっていない事項があった。
だから、それをクリアにするべきだと思った。
今回の仲介担当者の口ぶりなどから、正直、「まあ、この物件で決まるだろう」と思っていたので、問題をクリアにすべく行動していなかったのだけど、詳細に検討をせまられる立場に追い込まれた今、ゴミ屋敷横の物件の、この問題をクリアにしなくてはいけなくなってしまった。
それは「ゴミ捨て場」の問題だった。
内見のときに「あそこの集合住宅にゴミを捨てさせてもらっている」という情報を得たけれど、「絶対ウソだろ」と思っていた。
住むなら、それをはっきりさせなくてはいけない。
だけど、近隣住民への聞き込みなんてイヤ過ぎる。
僕が家にいて、一番嫌なことがこの「自分に一切利益がないのに、ピンポンを押されること」だ。
押し売り、宗教、その他、どれも僕には何の得もないのに、自分らの利益の為のためだけに人の家のピンポンを押す。
トイレにいたりして、「はい、はーい」などと届くはずもない声を出しつつ、やっとインターホンに出てみれば、飛び込み営業だったりすると、殺意さえ湧いてくる。
俺もお前の家に行き、毎回、「お金をください」とピンポンを押し続けてやろうかとすら思う。
だから、近隣への聞き込みは最終手段だなと思っていた。
候補が絞られれば「トナリスク」などを使えばいいやと思っていたが、決断までは2日。
とても間に合わない。
まあ、満額値下げではないから、契約日も守らなくてもいいのだけど、物件は取り合いだから、誰かに売れてしまう可能性もある。
イヤだけど、背に腹は代えられない。
ご近所の方には申し訳ないが、ご迷惑をおかけします。
とりあえず、勢いのまま、前回の内見時の聞き込みした人が「あの色の屋根のひとが班長さん」と教えてくれた家に突撃してみることにする。
もう夕方だから、在宅してくれている可能性も高い、かもしれない。
物件前の道路に車を停めて、班長さんのお宅に歩いて向かう。
女性のほうが警戒心なく出てきてくれるだろうと、妻が行ってくれて、僕は物件前に停めた自分の車がちょっと通行の邪魔になっていた気がしたので、もう少し邪魔にならないように停めようとする。
ふと見てみると、妻が誰かと話している。
あ、在宅してくれていて、しかも出てきて、話をしてくれているんだと気づき、僕も参加しようとするが、物件の駐車場の縁石が邪魔で車を切りかえせない。
縁石は運転席から見えないから、どうやって切り返せばいいか分からず、右往左往する。
結局、一度、車から出て、縁石の位置を確認し、もう一度、車にのって切り返す。
前に仲介担当者さんが「この物件は駐車場の縁石が問題で売れない」と言っていて、「そんなわけないだろ」と思っていたが、こうして罠にハマってみると、「そうかもしれない」と思う。
もう全然抜け出せない。
行けそうだと思うと、今度は他の車がやってきて、また、はじめからやり直し・・・、そんなことをやっている間に、妻が戻ってきてしまった。
だが、「うーん、うーん」と微妙な顔で頭を抱えている。
「どうしたの?」と聞くと、
「あのねえ、まず、ゴミだけど、本当にあそこだった。」
「うそでしょ?そんなことあり得る?」
「うん。前は専用の場所があったのだけど、遠いということで、みんなで話し合って、そこを廃止して、あの集合住宅の集積場に捨てるということになったらしい」
「へえ、そうなんだ。ちょっとイヤだけど、クリアになったことは良かった。でも、大きい道路を渡るから、これ年老いていくうちに、いつか跳ねられそうだね」と冗談を言うも、妻の表情は浮かない。
「あのさ、なんか運動会とかお祭りとかあるんだって」
「あ、そうなの?」
「それでそのたびに一時金が必要になるらしい」
「ああ、だから、町内会費の月額の合計と年の合計が合わなかったんだ。高いと思ったよ」
「で、すごい、その人、お祭り楽しみにしてた」
「あ、そうなんだ。」
「準備があるんだって。で、男は作業で、女性はご飯を作ったりするって」
「へえ、今どき、そんなのがあるんだ」
「絶対さ、下っ端だから、こき使われるよ」
「まあ、そうだろうねえ・・・」
「強制なの?」
「分からないけど、なんか強制っぽい」
実際に話を聞いていない僕には伺いしれない印象があったらしく、当初は「まあ、お祭りくらい参加してみたい」と言っていた妻なのに、話を聞いた後は「あそこはイヤかもしれない・・・」と言い出した。
そんなことを話しながら、値引き交渉中の物件へ行く。
もうあたりは真っ暗だった。
近くに集会所みたいなところがあったので、今度は僕が突撃する。
しかし、「私はこの辺の人じゃないので知らない」と言われ、撃沈。
今度は妻が明かりがついていた近所の家に突撃すると、男の人が出てきてくれた。
無事に話を聞くことができたが、「妻がいないと分からない」と頼りないお言葉。
だけど、知っている範囲で教えてくれて、どうやら、町内会費は上のゴミ屋敷横の金額と同じで、それ以上のイベントなどはおそらく無さそうであることが分かった。
というより、「あるなら、さすがに知っているだろう」と思っただけだけど。
まあ、とりあえず、いい人が近所にいることも分かった。
というか、世間の皆様は僕よりもだいぶ心が広いようだ。
あっさりとインターホンに出てくれて、しかも、お二方とも表に出てきて話をしてくれた。
僕だったら、知らない人が画面に映っていたら、インターホンにすら出ないだろう。
僕も少し心を入れ替える必要があるかもしれない。
まあ、とりあえず、これで一応の判断材料が揃った。
妻とどうするか話し合いながら、家に帰る。
担当者に返事をする
妻と話し合った末、値引き額にOKを出すことに決めた。
担当者の値引き結果のメールが来てから2時間。
ものすごく濃い2時間だったと思う。
担当者に向けて、OKのメールを書く。
この返事を送れば、それはすなわち、家を買うということになる。
今までの家探しも、そして、これまでの賃貸生活とも、このメール一通でお別れだ。
もともとの動機からして、あまり家の購入に前向きではなく、あくまで「自分が勝手に思い込んだ」状況に迫られての購入だっただけに、それは若干の憂鬱と後悔が伴った。
最終的にこの物件につけた金額は70点から80点。
満点ではないけど、充分に合格点。
他の多くの物件は、見に行って、これは無いでしょというところばかりだった。この物件だけが、「あれっ、悪いところが無いかも」と思った。
多少高くついてしまったが、悪くない位置に悪くない家。
それが僕らが抱いた感想だった。
契約1日前:契約の準備
契約日前日、契約を控え、この日だけポッカリと予定が空いた、気がしていたが、カレンダーを見ると、大忙しだ。
「決まった」という気持ちの問題だったのだろう。
昨日を境に、感じる時間の流れがまったく変わった気がした。
そういえば、以前、僕の知り合いの方に「実は家を探していて」と話をしていたところ、その方が「新居探しはすごく楽しいでしょう?」と言われ、「えっ?」と固まってしまったことがあった。
そういえば、賃貸なんかのときは楽しかったっけ。
でも、今回は「楽しい」なんて思ったことはなく、早めに手を打たなくてはいけない「仕事」という感じだった。
だから、「いや、まったく楽しくないですね」と答えたのだけど、この1日だけは、「楽しい」という気持ちが分かった。
もはや、あの物件もこの物件も関係がない、おさらばだ。
そして、この物件はまだみんな知らないと思うけど、僕らのものだ。
家は審査する対象から、新生活をする場所へと一夜にして変わった。
一戸建てに暮らしたことのない僕はどんな生活になるのか、まったく分からなかったし、引っ越しが超絶めんどくさいと思っていたが、一つの山はとりあえず越えた。
そんな気持ちとともに、印鑑証明書とかを役所に取りに行ったり、印鑑を用意したりするなど、明日の準備を済ませる。
頭金は振込と聞いていたのに、謝罪の言葉ひとつなしで、まるで振込と言っていなかったかのように、現金でもってこいと急に言われる。
「だから、先に何度も確認したやんけ!振込って何度も君が言ってたじゃないか」と担当者に言いたくなった。
ちょっと不信感が募る。
というわけで、お金を下ろしに行ったりと、ゆったりとした気持ちとは裏腹に、なかなか忙しい日だった気がする。
家に帰って、準備を確認し、「ふう~っ」とゆっくりする、このあたりで僕は若干、憂鬱になった。
マイホームハイならぬ、マイホームダウンという感じか。
もう新しい物件にも出会わない。出会っても買えない。出会いの興奮はもう味わえなくなる。
気軽な賃貸生活ともおさらばだ。
さらに、契約・引き渡しと、今や釣った魚となった僕達には、やらなければいけない約束したことが待ち受けている。
どれも失敗してしまったら、契約がおじゃんになるし、その場合、違約金まで取られた上に、物件探しもまた白紙に戻ってしまう。
無事にそれらが終わっても、旧居の手続き、引っ越し、転居手続きなど、面倒なことが山積みだ。
そんなことを憂鬱に思いながら、妻を見ると、妻は何かのジェスチャーを繰り返していた。
「何してるの?」と聞くと、印鑑を押す練習だと言っていた。