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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#21(終)
帝、尚侍を好遇し、十五夜の再会を約す
かかるほどに、内裏、はた、いかでこの贈りもの、いとめでたくしてしがな、と思ほして、左のおとどにのたまふ。(朱雀)「この尚侍のまかでむに、いかで興あらむ贈りものしてしがなと思ふを、さる心もなく、にはかなることなれば、えなでふことなからむがいといとほしきこと。蔵人所、内蔵寮のわたりに、少し今めき労あらむものは取う出られなむや。このことものせさせたまへ。これ有心の族にて、はたうるさき人なり。心してものせさせたまへ」とのたまふ。后の宮、仁寿殿なども、いかでか、いささかなりともものせむ、など思ほす。
かかるほどに、上、尚侍に御物語したまふついでに、(朱雀)「今宵御もとに候ふ人の中に、内侍仕うまつるべき人はありや。この頃、上の内侍仕うまつるべき人の、一人なむなき。少しものなど知りて、さてもありぬべからむ人、賜ばりになさせたまへ。やがてそこに参りなどしたまはむに、後見もせさせたまへ。すべて女官のことは、何ごとにも、御心のままにを。むかしよりかやうならましかば、今は国母と聞こえてましかし。わいても、仲忠の朝臣ばかりの親王なからましかし。よし、行く末までも、私の后に思はむかし。時々なほ参りたまへ。御息所は、願ひに従ひて、清涼殿をも譲りきこえむ。みづからは屋かげに住むとも、御願ひのところはものせむ。さて候はるとも、人悪しとはものせじを、なほさてものしたまへ。右大将の制せむも、あぢきなし。今はそれにも、な従ひたまひそかし。さてもけしうはあらじ。ねたうと思さむやは。それにはな慎みたまひそ。かかる心をば、さてのみやあらむ」。尚侍、(俊蔭娘)「何かは、候はむを制する人の侍らむ。すずろに候はばこそあらめ」。上、(朱雀)「おもとだにものしたまはば、何かさらむ。隠れたるところこそかくもの怖ぢはすれ。心ざし、むかしよりさらに譬ふるものなく多かれば、なほさて思ひてあれど、今はた、なほさてのみはえあるまじきを。天下にかく急ぐ心ざしのかたがたありとも里にものしたまはむに、はたえものせじを、ここにものしたまはばなむよかるべき。『やがても候ひたまへ』と聞こえむとすれど、さまざまに過ぐしがたきことなむこの月にはある。十五夜に必ず御迎へをせむ。この調べを、かかることの違はぬほどに、必ず十五夜に、と思ほしたれ」。尚侍、(俊蔭娘)「それは、かくや姫こそ候ふべかなれ」。上、(朱雀)「ここには、玉の枝贈りて候はむかし」。尚侍、(俊蔭娘)「子安貝は、近く候はむかし」。
訳
さて、帝もまた、何とかして尚侍へ贈り物をすばらしいものとして贈りたいと思い、左大臣に相談する。
「尚侍が退出するにあたって、何か興のある贈り物をしたいのだが、たいした準備もなく急なことなので、これといったものもないのが残念だ。蔵人所や内蔵寮あたりに、ちょっと今風な気の利いたのがあれば持って来れないだろうか。ちと聞いてまいれ。あの方は情趣ある一族の方なので、気をつかうのだよ。心して選ぶのだぞ」
とおっしゃる。
后の宮や仁寿殿の女御なども、なんとかして少しばかりでも贈り物をしたいとお思いになる。
さて、帝は尚侍にお話をするついでに、
「今宵仕えている者たちの中で、掌侍としてふさわしい者はおるかね。今、掌侍が一人足りないのでね。少しばかり分別のある、ふさわしい者がいたら、そなたづきの掌侍としなさい。そしてまた参内するするときはそのものに世話をさせるとよい。すべて女官のことは、どんなことでもそなたの思うままにするがよい。
もとからこのようであったなら、今頃そなたは国母といただろうに。そして仲忠のような親王が生まれていたやもしれぬ。まあよい。これから先、私的な后と思うことにしよう。時々は参内なさい。控えの部屋は好きなところを使いなさい。なんなら清涼殿だって譲ってあげるよ。私は軒下で暮らそうとも、そなたに好きな場所を与えたいのだ。そのよなことしても、誰も文句は言うまい。ね、必ず来るのだよ。右大将が止めるかもしれぬが知ったことではない。聞く必要もないからね。妬むことなんてできやしないさ。そんなことに遠慮することはない。私のこの思いはどうすることもできないのだから」
尚侍「どうして、お仕えすることを制止する者がおりましょうか。思いつきでそうなさったのでなければ」
帝「そなたがそう思ってくれるなら、何の問題もあるまい。隠しごとをするからびくびくするのだ。あなたへの思いは以前から喩えようもないほど深かったし、今も変わらないけれど、これからはそうばかりしてられない。焦る気持ちがあったとしても、実家にいるところに忍んでいくわけにも行かないし。やはりここに参内するのがよかろう。『すぐにも参上するように』と言いたいところだが、いろいろと厄介なことが今月はあるので、十五夜には必ず迎えを送ろう。今日の琴の調べを、今日と変わらず必ず十五夜に弾くのだと覚えておいてくれ」
尚侍「それならば、かぐや姫の方がふさわしいのでは」
帝「では、玉の枝を準備して贈ろうか」
尚侍「子安貝は近くにございますわ」
「子安貝」は竹取物語に出てくる秘宝。
安産のお守りではあるが、それはつまり?
そういうこと?!
帝、蛍の光で尚侍の姿をごらんになる
上、いかでこの尚侍御覧ぜむ、と思すに、大殿油ものあらはにともせばものし、いかにせまし、と思ほしおはしますに、蛍おはします御前わたりに、三つ四つ連れて飛びありく。上、これが光にものは見えぬベかめり、と思して、立ち走りて、みな捕らへて、御袖に包みて御覧ずるに、あまたあらむはよかりぬべければ、やがて、(朱雀)「童べや候ふ。蛍少し求めよや。かの書思ひ出でむ」と仰せらる。殿上の童ベ、夜更けぬれば候はぬうちにも、仲忠の朝臣は、承り得る心ありて、水のほとり、草のわたりに歩きて、多くの蛍を捕らえて、朝服の袖に包みて持て参りて、暗きところに立ちて、この蛍を包みながらうそぶく時に、上、いととく御覧じつけて、直衣の御袖に移し取りて、包み隠して持て参りたまひて、尚侍の候ひたまふ几帳の帷子をうちかけたまひて、ものなどのたまふに、かの尚侍のほど近きに、この蛍をさし寄せて、包みながらうそぶきたまへば、さる薄物の御直衣にそこら包まれたれば、残るところなく見ゆる時に、尚侍、(俊蔭娘)「あやしのわざや」とうち笑ひて、かく聞こゆ。
(俊蔭娘)衣薄み袖のうらより見ゆる火は
満つ潮垂るる海女や住むらむ
と聞こえたまふさま、めでたき人のものなどいひ出だしたる、さらなり。し出だしたる才など、はたいとめでたく心憎き人の、そのかたち、はた世に類なくいみじき人の、さる労あるものの光にほのかに見ゆるは、ましていとなむせちなりける。上、御覧ずるに、譬ふべき人なく、めでたく御覧ずること限りなし。かくて、いらへたまふ。(朱雀)「年ごろの心ざしは、これにこそ見ゆれ。
しほたれて年も経にける袖のうらは
ほのかに見るぞかけてうれしき」
上、おはしまして、よろづにあはれにをかしき御物語をしつつおはしますほどに、夜暁になりゆく。鳥うち鳴き始めなどするに、上、(朱雀)「『まれに逢ふ夜は』といふことは、まことなりけり」などのたまふ。
(朱雀)暁の声をば聞かで雛鳥の
同じとぐらに寝るよしもがな
とのたまへば、尚侍、
(俊蔭娘)卵のうちを夢よりかへる雛鳥は
高きとぐらをよそに見るかな
と聞こえたまふほどに、夜明けなむとするに、尚侍のおとど急ぎたまふに、やうやう日など見ゆるほどに急ぎたまふ。(朱雀)「待ちたまへや。そもそも、こは暁かは。まだ明け暗れも光見ゆるものを」とて、(朱雀)「右大将、定めてのたまへ」とのたまふ。大将、(兼雅)「なほ定めがたくなむ。なほゆふつけ鳥の、ひると鳴くなる声なむ聞こゆる。いづれにか侍らむ。不当になむただ今も覚えはべる」とて、
(兼雅)「しののめはまだ住の江かおぼつかな
さすがに急ぐ鳥の声かな
これをなむ、承りわづらふ」と申したまふ。上、うち笑ひたまひて、尚侍の御もとに、(朱雀)「聞きたまへ。かく人の申さるめる。ここには聞きなむまさる」とて、
(朱雀)ほのかにもゆふつけ鳥と聞こゆれば
なほ逢坂を近しと思はむ
とのたまふ。尚侍のおとど、
(俊蔭娘)「名をのみは頼まぬものを
逢坂は許さぬ関は越えずとか聞く
なほ不当になむあなる」。上、(朱雀)「なほ、いでかひなくものたまふかな」とて、
(朱雀)「頼めども浅かりければ
逢坂の清水も絶えて結ばれぬかな
あひ思されざりけり」とのたまふ。
訳
帝は、何とかして尚侍の姿を見てみたいとお思いになるが、大殿油を明々と灯すのもものものしいし、どうしようかと思っていると、御座所の前を蛍が3、4匹連なって飛んで行く。この光なら見えるのではないかと思い、立って走り、すべて捕まえて、袖に包んでご覧になる。もっとたくさんあったほうがよさそうなので、すぐに
「童はおるか、蛍を少し捕まえよ。あの”蛍雪”の故事を試してみよう」とおっしゃる。
しかし殿上童は夜が更けたので控えてはいなかったので、かわりに仲忠がそれを聞き、事情を察し、水辺や草むらを歩き回り多くの蛍を捕まえて、朝服の袖に包んで持って行く。暗いところに立ってこの蛍を袖に包んだまま口笛を吹くと、帝はそれをご覧になり、直衣の袖に移し取って包み隠してお持ちになり、尚侍のいる几帳の帷子をそっとお上げになる。
話しかける振りをしつつ、尚侍の近くにこの蛍をそっと近づけ、袖に包んだまま口笛を吹くと、薄手の直衣に包まれた光で、尚侍の姿はすっかり見えてしまった。
尚侍は「おかしなことを」と微笑みなんがら
衣が薄いので、袖の中から見える蛍の火
その光に照らされるのは潮に濡れ(涙に濡れ)た海女の姿
と申し上げる。
美しい女性の、少し歌を口ずさむ様子の素晴らしさはいうまでもない。
琴を奏でる心憎きまでの才能と、世に類ないほどの容姿を持つ人が、このように風情のある蛍の光にかすかに見えるのは、さらにもまして胸に迫る美しさである。帝はそれをご覧になり、誰にたとえることもできず、ひたすらすばらしいとご覧になる。
帝「私のかわらぬ愛情は、この蛍の光でわかるでしょう
長く涙に濡れた袖の中から
あなたの姿をかすかに見るだけでも嬉しいのです」
帝があれこれと情趣深い話などをなさるうちに、暁となる。
鳥が鳴き始めるので、
帝「『まれに逢ふ夜は』というのは本当なのだね
暁を知らせる親鳥の声をきかず
ひな鳥がいつまでも同じ巣の中で寝ていられたらいいのにね」
尚侍「夢から覚めるように孵化するひな鳥
そんな私にとって宮中は、身の及ばぬ世界なのです
と申し上げるうちに、夜が明けようとする。尚侍は退出を急ぐうちにだんだんと日の出も迫る。
帝「お待ちなさい。だいたいこれは暁だろうか。明け暗れでも光は見えるというが。右大将、決めておくれ」
右大将「そのようなことを言われましても判断しかねます。ただ木綿付鳥(=鶏)が“ひる”と鳴くような声が聞こえますが、どちらでしょう。道理に合わぬことと存じます。
暁か、真っ暗闇かわかりません。
それでも鳥の声はせかしております
返答に困りまする」
帝は笑って尚侍に
「お聞きなさい。やつはあのように申しておる。われは鶏の声でさらに思いが増すのだけれど
かすかにも木綿付鳥と聞くのならば、
再び逢う日も近いと思えるのだ」
尚侍「“逢う”という名前ばかりを頼りにはできません
逢坂の関は許されなければ越えられないと聞きますので
やはり道理には合いませんね」
帝「まだそのようなことをおっしゃるのですね
頼りにしていたのに、あなたの思いが浅いので
逢坂の清水も枯れてしまい、二人は結ばれないのか
相思相愛とはいかないものだな」
蛍の光で女性を見るのは、源氏物語の「蛍」の巻を思い出させる。
紫式部は当然宇津保物語を読んでいたはずなので、このシーンをイメージしながら蛍の巻を書いたであろうか。
また、宇津保物語に先行する作品としては、「伊勢物語」39段に、源至が蛍の光で車中の女を見ようとするエピソードがある。
枕草子の蛍は夏の象徴。
「物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出《い》づるたまかとぞ見る」
こちらは和泉式部の歌である
仲忠は、帝のために蛍を集める。母が帝に見そめられるのをひたすら後押しする。
仲忠は母親思いではあるが、父の味方ではない。母のためなら父をも裏切る。
母のためですらないかもしれない。
大切なのは琴の一族として、その琴が後世に伝わること。琴の力を世に示すこと。
さて、暁になったかどうか、帝は兼雅パパに尋ねる。
睦まじい二人の姿を見せつける。
まったく帝は趣味が悪い。
しどろもどろの兼雅パパがかわいそうである
尚侍、左大臣や后の宮から贈物を賜る
なほまかで、左のおとど、蔵人所より、蒔絵の御衣櫃二十に、台、覆ひ、朸など、はたさらにもいはず、作物所の預かり仕うまつりけるを、なほ仕まつりける上手して、仕まつらせたまへりける御唐櫃どもに、よろづの労ある物、綾の文つきめでたきは、これがたばかりになむ。錦などの面白きは、これが覆ひにと、年を経て選り整へて調じたまへるものも、ただこの御料になむ。それに、蔵人所にも、すべて唐土の人の来るごとに、唐物の交易したまひて、上り来るごとには、綾、錦、になくめづらしき物は、この唐櫃に選り入れ、香もすぐれたるは、これに選り入れつつ、やむごとなく景迹ならむことのためにとてこそ、櫃と懸籠に積みて、蔵人所に置かせたまへるを、左のおとど、年ごろ、にはかにかうざくならむ折にとて、調ぜさせたまふてあるを、天の下、今宵の御贈り物より越えて、さらにさらにせじ。これよりいつかあらむ。一つは俊蔭が娘なり。男は右大将といひて、え名だたり。し出だすわざ、俊蔭が世の琴なり。天の下、これより越えたる心憎さ、いつかあらむ。これを今宵の贈り物にせむ。勘当あらじ、など思ほして、それ十掛取り出でられ、今十掛の御衣櫃に、内蔵寮の絹の限り、になき選り出だして、五掛の唐櫃のうちに、五百疋、いみじき限り、今五掛には、畳綿の雪の降りかけたるやうなるが五尺ばかりの広さ、五百枚選り入れて、かの蔵人所の十掛には、綾、錦、花文綾、いろいろの香は色を尽くして、麝香、沈、丁子、麝香も沈も、唐人の度ごとに選り置かせたまへる、蔵人所の十掛、朸、台、覆ひ、さらにもいはず、いといみじくめでたくて、懸け整へて候ひたまふ。
后の宮より、同じき志津川仲経が仕うまつれる蒔絵の御衣箱五具に、御装束、夏のは夏、秋のは秋、冬のは冬の御装ひ、さまざまに、いふ限りなく清らなり。御裳どもは、形木のにもあれ、また染めたる色も限りなし。唐の御衣、御表着など、いへばさらなり。めづらしき文に織りて、これも、かかる用もこそとみにあれとて、よろづにめでたくて設けたまへるなりけり。これなむ御箱どもに入れたまひて、入帷子、包みなど、いと清らなり。綾を入帷子にして、綺の緑の繪の海賦の文を、また包みにしたり。みな唐物どもをしたり。
また女御たち、そこらの御中に、仁寿殿のみなむしたまひける。さるせちなる物、はたえ異君だちは取う出たまはず。今宵の尚侍の御贈り物は、世の中にかしこき人、え取う出たまはねど、仁寿殿は、さる大将殿のいつき娘といふところなむ、さいへど取う出たまひける。白銀を透箱に組まれたる、組み目いと面白く、一具には秋山を組み据ゑ、野には草、花、蝶、鳥、山には木の葉の色々、鳥ども据ゑなどしたるさま、いと面白し。同じき山の心ばへ、いと労ある組み据ゑ、一具には夏の野山を、山には緑の木、野には鳥どもの凝り遊べる、山川の心、水鳥の居たるさま、木の枝に虫どもの住みたるなど、いとめでたく、なまめき、めづらかに、その山里の人の住みたる心ばへなど組み据ゑたる、あらはにめでたし。今一具には、春の桜など生ひたる島どもなどの心ばへ、舟どもなど、その海いと労ありて、いとめづらしくをかしきことども組み据ゑたる透箱一具、白銀の高坏、金の塗りものして、その高坏の脚にも面にも、かく労あるものの形、をかしきもののさまなど描いつけて、いと世の常ならず。それに、御装ひ、さらにもいはず、いといみじくめでたくて、夏冬の装ひを透箱に入れて、その敷物、上の覆ひ、上の組み子せられけるさま、いとらうらうじく心深し。今二つには、御櫛の調度、仮髻、ひたひよりはじめ、釵子、元結、御櫛どもなど、その具さらにもいはずめでたくて、六高坏なむ設けたまへりける。
贈り物の羅列なので、訳は省略
俊蔭の娘が琴の力によって括弧付きではあるが后となる。
俊蔭の「天の掟あらば、国母とも女御ともなれ」という予言の成就でもある。