
浴槽で溺れた錠剤と意識の行方。
私は非常に気分の浮き沈みが激しい人間。他人に何かを伝えようにも言葉が何も出てこなくなることが多々ある。自分が口を開けば開くほど周りの状況が悪くなっていってしまうんじゃないかと怖くなる。ネガティブ、ネガティブ。感情を口にした時、「ネガティブなことばかり口にしないでください」と大人に言われてしまった。もうだから私は口に出せない。開くのには勇気が必要。気をつけてるの、気をつけてる。自分の感情を出していいのは風呂場だけ。浴槽の中だけ。平日はゆっくり風呂に入れないから、休みの日はありえないくらい風呂にゆっくり浸かる。ほぼ溺れている。感情を出し切るために。そこでは口を開くことがより簡単で、自分の感情がボロボロ溢れてくる。浴槽で溺れている、もうこれはただの水葬だ。きっとこれは水葬。感情の、私自身の生前葬。
栓を抜いた。
私の感情が冷めてしまった液体と共に流れていく。
この感情はどこへ流れるのだろう。
流れる水をみていたら、水位が少なくなり、凍えて正気を取り戻す。
辞書の角で殴られたように頭が痛い。これはきっと偏頭痛。急いで風呂から出て、脱衣所に置いてある薬に手を伸ばした。もう手遅れだって分かっていながらも急いで手を伸ばす。次に目を開いた時には錠剤はもう私の脛くらいしか水が張っていない浴槽で溺れていた。小さな泡を出しながら沈んでゆく。それを私は急いで救うことができずにただただ眺めてしまった。
もう1度栓を抜き、訳もなくただお湯を張る。
冷えた体を徐々に温めながら、ここまでの630字ほどを書く。「ねぇ、起きてる?」母の声がしてやっと、やっと、正気を取り戻した。あんなお湯を抜いたくらいじゃ正気は戻らなかった。風呂は1人だし、湯船に浸かれば陸にいては分からない自分の大きさが分かる。あぁ、永遠にこのお湯が冷めることなんて、醒めることなんてなければな。なんてね。
「生まれ変わるなら何がいい?」
今までの私なら「日当たりのいいお家で飼われている白いもふもふの猫」と答えていたけれど、
やっぱり生まれ変われるなら鯨かクラゲがいいな。
きっとそれは難しいから、今世の終わりは海洋散骨にしよう。限りなく広い海を漂い続けたい。
この名前のつけられないような感情も、この浴槽から流れ出て、海に辿り着いて儚く漂えばいいのに。
なんてね。
水びたしの感情、溶けていった錠剤、鳴り止まない頭痛。きっとこの頭痛が鳴り止んだ頃には夜がさらに深まっているだろう。
全ての終わり、ターンエンド。