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寸景

北海道の食べものは全てが美味しい。
道すがら売られている焼きトウモロコシも、回転寿司も、夜の繁華街のジンギスカンも。
これはもう、ちょっしたカルチャーショックだ。



新潟の次の目的地を考えた時、下に向かうか上に向かうか僕らは悩み、結局は上に向かった。
まだ帰りたくない気持ちが強かったし、一度最北端に行けば後はもう下に行くしかないので、きっかけ作りにはちょうど良かった。

北海道は色が少ない。
それが駅前であってもだ。
建物の灰色、草原の薄緑色、空の青色。
色は確かに存在しているのに、蜃気楼のようにどこか頼りなげで、それでいてどこまでも広がっているような。
そんな非日常感。


昨日さんざん食べ歩いたにも関わらず、今日も朝から早起きして市場で海鮮丼を食べる。
もう、生のホタテは北海道以外では食べられないんじゃないか…。
あまりの美味しさに、僕は目を瞑る。
ホタテの冷たさ、上顎にあたる感触、気づくと喉を通り過ぎているこの食べものを、全身で味わった。



そこでカシャっと音がして僕は目を開けた。
スマートフォンを手にしてにこにこ笑う彼女と目が合って、僕は少しだけバツが悪い。
「何撮ってるんだよ」
ちょっとだけ文句を言う。撮る前にさっさと食べたほうがいいよ、と。

「だってあんまり美味しそうなんだもん」
彼女は悪びれずにもう一度カシャっとシャッターを押した。
「こういう何気ないシーンが、後から思い出になるんだって」

思い出、という言葉を聞いて僕は少し切なくなった。
「思い出ってなんだよ」
この先も、彼女と美味しいものを食べる瞬間は何度も訪れるはずだ。
彼女は、あぁ、と僕の意図を理解してうなづいた。
「別にこれが最後じゃないよ。でもさ、一瞬の積み重ねが私たちの歴史になるから」



一瞬の積み重ねが僕たちの歴史にーー。

僕はうーん、と唸った。
ふとした瞬間に、すっと核心をついてくる。
彼女にはやっぱり頭が上がらない。
「やばい、俺の彼女かっこいい」
「でしょ?崇めなさい」
あはは、と僕らは2人で声を上げて笑った。



このやりとりも、僕らの歴史の1ページとなるのだろう。
彼女の撮った写真を見る度、きっと思い出す。
僕はもう一度目を瞑って、全身でこの瞬間を味わった。



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持田瀞 Mochida Toro
お読み頂きありがとうございます⸜(๑’ᵕ’๑)⸝ これからも楽しい話を描いていけるようにトロトロもちもち頑張ります。 サポートして頂いたお金は、執筆時のカフェインに利用させて頂きます(˙꒳​˙ᐢ )♡ し、しあわせ…!