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あなたへの餞別

「お母さんが子供の頃、トマトはオヤツだったのよ」
幼少期、母はトマトを食卓に出す度にそう言った。
そしてその後は大抵
「昔のトマトは酸っぱくて美味しくなくて。でも今は凄く甘いのね。今は昔より何でも美味しくなったわぁ」
と続くのだ。


ここは空港の待合ロビーで、広くて天井が驚くほど高い建物の中には、平日の昼間であっても沢山の人が行き交っている。
母とはさっき、この場所で別れた。
去り際に、「はい、お餞別」と渡された紙袋の中にトマトが1つ、入っていたのだ。


ロビーで立ったままトマトに齧り付く。
口に甘酸っぱい青味が滴った。
「今が旬だって。沢山買っちゃった」「丸ごと食べても美味しいけど、切って食べても美味しいよねぇ」
母は事あるごとに何かしら理由をつけてトマトを食卓に出していた。


さてと、行かなくちゃ。
トマトを丸々食べ終わった私は、意気揚々と出発口へ向かう。

昔は酸っぱくて、でも今は––––。

母の言葉は歌のよう。




#旅する日本語
#六月柿
#ショートショート
#小説

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持田瀞 Mochida Toro
お読み頂きありがとうございます⸜(๑’ᵕ’๑)⸝ これからも楽しい話を描いていけるようにトロトロもちもち頑張ります。 サポートして頂いたお金は、執筆時のカフェインに利用させて頂きます(˙꒳​˙ᐢ )♡ し、しあわせ…!