笠掛記 躰拝の事
笠掛記 躰拝の事(群書類従 塙保己一 編)
群書類従(塙保己一 編)に収められている笠掛記の体拝の部分をおおまかに翻訳する。塙 保己一(はなわ ほきいち、延享3年(1746年) - 文政4年(1821年))は、江戸時代の人物。笠掛記は小倉 実房(おぐら さねふさ、諱は実澄(さねずみ)、生年不詳 - 永禄13年(1570年))による。永正9年(1512年)に成立。笠掛(笠懸)とは笠を的にして疾走する馬上から弓で射る競技。
躰拝の事。
体拝について
体配について
凡そ扇かたに馬のたて様。馬場北頭に走らかし候は。馬場本南成べし。扇かたのすみ未申の方へ。馬の頭を向て。控へ如何にも心をも。馬をも鎮《シヅ》めて。手綱のまかり真《マン》中を取。扨左右をひつ違えて取。引目をつかふ迄。肘を脇につゝ(くィ)つかずに。矢構へて。馬を返す。
概して扇形に馬を立たせる方法。馬場を北に向かって走る場合は、馬場本は南になる。扇形の角南西の方へ、馬の頭を向ける。心を落ち着かせる。馬を鎮める。手綱の真ん中を取る。左右をひっ違えて取る。引目を使う。肘が脇につかないように、矢を用意して、馬の向きを返す。
馬場本で馬場に走り出すまでの待機しているようすを表している。馬の待機する場所、向き、手綱の持ち方。矢は引目を使う。引目は木製の大型の鏑、またはそれをつけた矢のこと、蟇目とも。矢は番えず馬手(右手)に持つ。手綱を「左右をひつ違えて取」がよくわからない。手綱はまず真ん中を取って、つぎに両拳を拮抗させるように開いて手綱を持つことを表しているのではないか。
馬走りに。かき入所にて。頓て打入べし。打入ると同前に。取違へたる手綱を捨て。手綱の中計を手にかけて。左右の肘を同じ如くたてゝ。手綱をとる手の拳《コブシ》。手のひらうつゝなる様に構へ。胸の通りに。ゆるゆると持べし。鞍立尻を後輪《シンヅワ》に乗出し候様にして。鐙を承鐙《ソウタウ》の肉《シシ》に能踏付。腰をいかにも据《スヘ》て。刀の柄《ツカ》前輪《マヘワ》に當る程に有べし。腰より上は。いかにも直《スグ》なるべし。
馬場の走路に、入る場所で、ただちに走り入る。走り入ると同時に、取違へて持った手綱を離し、手綱の真ん中あたりに手にかけて、左右の肘を同じようにたてる。手綱を取る手の拳は、手のひらがうつつになるように構え、胸の高さに、ゆったりと持つ。鞍立は尻を後輪に乗り出すようにして、鐙を承鐙の肉によく踏みつける。腰をよく据えて、刀の柄が前輪に当たるほどにする。腰より上は、まっすぐにする。
走り出してからの手綱の持ち方と射手の姿勢を表している。「取違へたる手綱」は両拳の間を開いて手綱を持つことと考える。鞍立は鐙をふんばって立ち上がることをいい立透かしと呼ばれるもの。承鐙の肉(しょうとうのしし)とは馬の脇腹の鐙が触れる場所。
的の見所うち入さまに見て。うち入迄。引目尻を見て。馬の耳二のあいへ。きと落しつけて。落としつけたる程を少し抜上て開き出し。拳にめを付て。矢さすべし。矢さしの高さ。肩より水はしりなり。ふところひろに成候はぬ様に矢さし。小腕《コウデ》をきとつかひて。扨的を見る。
的の中心をうち入れるときに見て、うち入れる。引目尻をみて、馬の両耳の間へ、すばやく下げて、下げた後、少し持ち上げて開く。拳を見て、矢を番える、矢番えの高さは、肩の高さより少し低いくらいである。懐が広くならない様に矢番え、腕先をすばやく使って、そして的を見る。
矢を番え、的を見るところまで。矢の番え方が細かく説明されている。「うち入」とは馬手にもった引目を弓手(左手)の人差し指にとること。弓手に引目を渡したあと矢柄にそって右手を動かし両拳を開いて矢筈をとり矢を番える。矢を番える高さは肩の高さよりやや低い位置である。視線はまず、走り出しで的を確認して引目を見て矢を抜き、拳に目をやり矢を番える、そして再び的を見る。
扨三足計かゝせて。たづなを捨て。袖を打出す様に廻して。馬の髪の中にて押合。拳へめをやり。矢筈をとり。弓を握り直し。さて的をみて静にうち上。いかにも能引たゝし。馬を走らかし詰させ。後ろの鞍の通りにて。しとゝ射つけ。手の裡を射廻し。頓て五寸計弓を取提《サゲ》て扨左右ををし合。手綱をとる。かほは手綱を取よりも。少しのち迄。残る様にして。馬を鞍立の儘。うつくしく止て。扨鞍に乗ゐて。打上べし。
さて三歩ほど走らせて、手綱を離して、袖を打ち出すように回して、馬のたてがみのあたりで左右の拳を揃える。拳を目を向け、矢筈をとって(取り懸け)、弓を握り直し、そうして的を見て静かに弓を持ち上げ(打起し)、よく弓を引く。馬を走らせて詰めさせ、後ろの鞍のあたりで、しっかりと矢を射当て、手の内を射回す。ただちに五寸くらい弓を取提て左右の拳を揃え、手綱を取る。顔は手綱を取るよりも、少し後まで、残るようにして。馬を鞍立のまま、美しく止めて、そうして鞍に腰を落として、終える。
矢番えの後から馬を止めるまで。ここで手綱を離しているので矢番えは手綱を持ったまま行うのか。「馬を走らかし詰させ」の詰させとは馬の歩様ではなく、馬を左に寄せて的との距離を詰めることを表しているのではないか。矢は少し振り向くようにして放ち、弓手手の内を効かせる。射終わったらただちに手綱を取り、その後に顔を正面に戻す。鐙の上に立ったまま、馬を止め鞍に座って終わる。
斯て的の見所三度也。打入て三足かゝせて。開き出。三足かゝせ。をし合三足つゝといへり。是書しるし候を見るにも非す。稽古仕候し時。指南を受候如く注し候也。
このように的を見るのは三度である。走り入って三歩走らせ、矢を番え、三歩走らせる。をし合三歩づつといえよう。これは書き記されたものを見るものではない。稽古のときに、指導を受けるように注意するものである。
まとめの部分。走りはじめから的を見ているのではなく、的を見るのは三度である。まず走りはじめに的を見て、つぎに矢番えが終わった後、最後は矢筈を取り(取り懸け)的を見る。馬場に走り入ってから馬を三歩走らせ矢番え、さらに三歩走らせてから手綱を離し、矢筈を取り(取り懸け)、弓を持ち上げる(打起し)。
笠掛記
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躰拝の事。凡そ扇かたに馬のたて様。馬場北頭に走らかし候は。馬場本南成べし。扇かたのすみ未申の方へ。馬の頭を向て。控へ如何にも心をも。馬をも鎮《シヅ》めて。手綱のまかり真《マン》中を取。扨左右をひつ違えて取。引目をつかふ迄。肘を脇につゝ(くィ)つかずに。矢構へて。馬を返す。馬走りに。かき入所にて。頓て打入べし。打入ると同前に。取違へたる手綱を捨て。手綱の中計を手にかけて。左右の肘を同じ如くたてゝ。手綱をとる手の拳《コブシ》。手のひらうつゝなる様に構へ。胸の通りに。ゆるゆると持べし。鞍立尻を後輪《シンヅワ》に乗出し候様にして。鐙を承鐙《ソウタウ》の肉《シシ》に能踏付。腰をいかにも据《スヘ》て。刀の柄《ツカ》前輪《マヘワ》に當る程に有べし。腰より上は。いかにも直《スグ》なるべし。的の見所うち入さまに見て。うち入迄。引目尻を見て。馬の耳二のあいへ。きと落しつけて。落としつけたる程を少し抜上て開き出し。拳にめを付て。矢さすべし。矢さしの高さ。肩より水はしりなり。ふところひろに成候はぬ様に矢さし。小腕《コウデ》をきとつかひて。扨的を見る。扨三足計かゝせて。たづなを捨て。袖を打出す様に廻して。馬の髪の中にて押合。拳へめをやり。矢筈をとり。弓を握り直し。さて的をみて静にうち上。いかにも能引たゝし。馬を走らかし詰させ。後ろの鞍の通りにて。しとゝ射つけ。手の裡を射廻し。頓て五寸計弓を取提《サゲ》て扨左右ををし合。手綱をとる。かほは手綱を取よりも。少しのち迄。残る様にして。馬を鞍立の儘。うつくしく止て。扨鞍に乗ゐて。打上べし。斯て的の見所三度也。打入て三足かゝせて。開き出。三足かゝせ。をし合三足つゝといへり。是書しるし候を見るにも非す。稽古仕候し時。指南を受候如く注し候也。
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永正九年六月日
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