千両梨の並木
とっちゃんちには葡萄があったが、千両梨は植えてなかった。
とっちゃんはそれが残念でザンネンでならなかった。
葡萄の季節は千両梨の季節でもある。交換したり、一方的にもらったりやったり、そんな風にかあさんはいろいろな果物を持ってきたから、この季節は贅沢そのもの。
とっちゃんの通学路に千両梨の並木があった。果物を買うなどという価値観の無かったころ、農家は競って果物の樹を庭先に植えた。それは貴重な「甘いもの」でもあった。
とっちゃんが子どものころはもう、店先にリンゴやミカンが並び、みなそれをありがたがって千両梨を食べる者がいなかったから、
「おっちゃん、食べていいかい?」
と聞いては、捥いで食べた。聞かないでも大丈夫なくらい仲良しではあった。
ジュクジュクに熟れると甘い梨だったが、とっちゃんはカシっと固いのが好きだった。
通学の行き帰り、一つ二つもいで食べる。水代わりでもあり、季節でもあった。
通学路が良くなった時、並木は伐採されてただの道になった。
遥か後。大人になったとっちゃんは村の庭に千両梨を植えた。食べなくてもまんぞくだった。