セリフすっ飛ばし事件(3)
こうして子ども達との思い出を思い返せば思い返すほど、
自分はとんでもなく酷い担任だと、思わされることばかりで、
でも、それでも子ども達は、年月が経っても自分を慕ってくれているのが
不思議に感じながらも、ありがたいなとしみじみと感謝がにじみ出てくる。
受け持った子に、いつだったか言われたのは、
「ととろん先生は、本気の熱を伝えるのが上手い。そしてそれが自分のためじゃなくて、いつも子ども達のためだってのが、みんなにはもう、鬱陶しいくらいに伝わってくるから、みんな揺さぶられるし、もっとよくなろうとするんだよ。」
という担任評だった。本当にありがたい言葉だった。
なんにせよ、このセリフすっ飛ばし事件。
この時はもう、僕自身もだいぶ、何とかこの子たちの卒業式を、
成功に導くぞという思いが頭の中を占めすぎていた。
3日前に「もうセリフは言わなくていい。」など、
本当に正気の沙汰じゃない、けれど子ども達は、
喰らいついてきた。そんな厳しさに。
「私にセリフを言わせてください。」
次の日、6年生の一日は、教室や特別教室の大掃除。
みんなでピカピカにして卒業しようというそんな一日だった。
だが6の1だけは、張り詰めた緊張感の中、掃除にかかる気配がない。
「もうセリフはいわなくていい。」の担任と、
「私たちのセリフを言わせて。」の子ども達の、
一人ずつの直接交渉が、Ⅰさんの一言から始まった。
この八か月、個人的に叱られたことは無い、むしろ大人びた考え方で、
僕の方が、間違いを指摘されて謝ったことの方が多いだろう彼女の、
「先生、やっぱり私は、ちゃんと自分の声を親に聞いてもらいたいです。だからセリフを言わせてください。」
と、僕の机まで来てはっきりと思いをぶつけに来た。
眼には涙がたまっていて今にもこぼれそうだ。
「本気で、伝える気持ちをもう一度自分で見つめてきたんやね。じゃあそれをここで声に出して、体育館で本番のつもりでやってみなさいよ。」
力強く頷くと、トトロのような大声の担任に負けない精いっぱいの声で、
自分のセリフを叫ぶ。
「・・・・・分かった。気持ちが伝わるいい声だった。セリフは返すよ。」
コクンと、もう一度頷いて涙がこぼれながらも笑顔になったⅠさんを見て、
「僕の声も聞いてください。」
「私にもセリフを言わせてください。」
と、セリフの練習再確認のように、一人一人が精一杯の声で叫ぶ。
本当に同学年の先生達には迷惑をかけっぱなしの僕の指導だが、
また6の1は何かやってなんなぁ。とほったらかしにしてくれたので、
もう子どもとの直接交渉にがっつり向き合った。
セリフが戻った子達から順に、
大掃除を自分たちで仕切って割り振ってやっていく。
自分たちで活動を差配するのは、6の1の子たちはお手の物だ。
一人、また一人と、めんどくさい子の直接交渉に、
自分の気持ちを奮い立たせた順番にやってくる。
1時間目から4時間目まで、一人ずつと話し、気持ちを確認し、
声を聞く。変わってないやないかと時にはもう一度ダメ出ししても、
みんな絶対に投げ出さない。喰らいついてくる。
結局4時間目までに、セリフが戻ったのは、36人中30人。
さて、残りの6人はどうなるのか。
個人交渉は午前中で終わらず、一日がかりの大仕事になるのだった。
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