不登校先生 (42)
「いらっしゃいませ!3番へどうぞ!
カットのオーダーの券を買うと、その音に反応して威勢の良い案内の声。
もう10年以上お世話になっている、1000円カットの理髪店。
いつも短髪もしくは丸刈りでお願いするけれど、
ここで顔そりと洗髪までしてもらうのが、一番気持ちがいい。
オールで1800円。月に一度は髪を切りたい気持ちになる僕には、
ありがたい値段とサービスのお店だ。
だが今回は4か月髪を切っていない。だいぶ長くぼさぼさになった髪と髭。
そんな状態で、3番の席に座ると、そこに長く勤めている、
スキンヘッドのお兄さんと、元気のいい姉さんは、
すぐに、僕が毎月1度は来ていた客だと気付いた。
いつもと違う程に伸びた髪とみすぼらしい髭の伸び方。
けれど二人は、黙って散髪の準備に取り掛かり、
新しく入った人には、自分たちが担当すると小さく言伝して、
僕の担当になってくれた。
「今日はどうされますか。」
いつもの通りのトーンで尋ねてくれる。
「はい、横と後ろは1枚で刈ってもらって、前と上はそれに合わせて、できるだけ短めにして、思い切り梳いてください。バランスは任せます。」
いつもの注文をお願いする。
ヴィーーーーーン。
長く伸びた髪が一気に刈り取られていく。
未年だからというわけではないが、この瞬間がすごく気持ちいい。
バリカンで周りが整えられると、頭頂部、前頭部が、
はさみでバサバサ切られていく。
少し目を瞑って、髪の毛が入らないようにすると、はさみの音が変わる。
ジャッギ、ジャッギ。
梳きばさみの音だ。短く切った髪を、適当な不揃いに切る音が、
また心地いい。静かな店内で聞こえる音は、
有線放送の懐かしいJ-POPと、タオルを蒸している蒸気の音だけで、
静かに、4か月分の疲れが、髪と一緒に落とされていくようで。
スキンの兄さんが散髪をしてくれたら、次は姉さんの顔剃りだ。
耳周りともみ上げと一緒に、顔そりをしてくれる。
姉さんの顔そりがまた一級品。
ちょうどいい熱さの蒸しタオルの上から熱々の蒸しタオルを重ねると
鼻から下が蒸籠に入れられたみたいにぼわっと蒸されていく。
髭と毛穴が柔らかくほぐされている間に、
カシャカシャカシャと、クリームを泡立てて、まずは鼻より上から。
髪とおでこの境を軽いタッチでカミソリが触れていく。
そのままおでこの産毛をスーッと剃っていき、眉毛を整える。
姉さんの使う剃刀は片刃の一枚刃。家で自分で使う五枚刃とは違う。
五枚刃は僕のような素人でも絶対に怪我しないようにできている。
しかし、この片刃一枚刃は、お店でしか味わえない。
鼻から下の蒸しタオルが外されて、ほんのりと熱を残した頬に、
ジョリッ、ジョリッ、ジャッ、ジャッ。
髭が確実に、剃り取られていく。姉さんの心地良いテンポで。
静かに目を閉じて剃られていく音に身を浸らせている気分でいると、
「次はシャンプー台にどうぞ」
顔剃りの後は、洗髪だ。
洗髪はまたスキンの兄さんで。
「ブラシは使いますか?」
「お願いします。」
手に平に収まるサイズのプラスチックのブラシ。
これでごしごしと頭皮を洗われると、散髪した残り髪がしっかりととれる。
熱めのシャワーにわしわしと洗われる頭。いつもより強めにお願いした。
「トニックつけときますか?」
「はい、お願いします。」
いつも通りにトニックだけつけて、軽くドライヤーで乾かしてもらって、
「はい、終わりました。」
「ありがとうございます。」
さっぱりして店を出る。
「ありがとうございましたー!」
気持ちの良い掛け声のあいさつ。夏の日差しは蒸し暑い。
ジリッとした日差しの中で、頭に当たる風が気持ちよい。
ああ、4か月ぶりに、気持ちがリセットされたような。
少しだけ軽やかな気持ちになって、自転車で走りだした。
↓次話
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