不登校先生 (53)
「ととろん兄さん、お久しぶりです。先生ご退職されたんですか?」
8月の終わりの頃、懐かしい人からLINEが入った。
船長や、姉さんと過ごした一番楽しかった職場で、二度目の同僚になった
のりちゃん先生からの、LINEだった。返信でなく電話をかける。
「うん、退職したよ。だいぶ心をやられてね。今月から無職だよ。」
「いや、インスタに、季節外れな引っ越しの写真が上がっていたので。でもよく見たら、学校で使いそうな道具だったから、もしかしてと思って。」
「ありがとう、荷物もいったん引き上げてね。しばらく療養だよ。のりちゃんの方は元気かい?」
心配してLINEをくれたのりちゃん先生は、
僕の妹と同じ年で頼りになる妹のような存在だ。
「いや、実は、私も今休職中でして、」
「そうだったんか。のりちゃんもメンタルやられたかい?」
何の気なしに話の流れから勝手に、自分と同じだ思ってしまうことは、
よくないなと、次ののりちゃん先生の言葉で、気付かされることになる。
「いや、実は、私、原因不明の重病になって、それが年明けにだいぶ重い難病だと判明しまして。先月まで、抗がん剤治療で入院してたんです。」
「え・・・・・・・今は大丈夫?電話は。」
「はい、ちょうどととろん兄さんの退職と同じころから、次の段階の治療に向けて、いったん退院して、日常生活の中で体力を戻していく段階に入りました。」
それから5時間、お互いの状況について報告し合うように、
長く電話で話した。
いっつも笑顔で、シャキシャキと働き、周りがしんどいなと思って
敬遠しがちな仕事を、さっと自分で引き受けて取り掛かる。
のりちゃん先生は、そんな人だ。
自分は、先生には向いていないから、早く退職して料理屋でもやりたいな、
そんな話をしながらも、子どもに思いを託すことに、一生懸命で。
本当に、体張って子どもを守り育てる意志を持つ人だ。
そんなのりちゃんが、めったにかかる人はいない難病にかかり、
命がけの治療を余儀なくされて先生をお休みしている。
その上、のりちゃんにとって心の支えになっていた、ご身内が
治療中に、入院している同じ病院でお亡くなりになったという。
あんなに、素敵で一生懸命に誰かのために人生を尽くしている人に、
どれだけ過酷な試練を、与えるのだろうか。
そして、生き抜く闘いにまっ正面から向き合うのりちゃん先生の生き様に、
未だにどん底な心は、大きく衝撃を受けて揺さぶられた気がした。
のりちゃんはこんなに精いっぱい生き抜いているのに、
自分は何をやっているのだろう。
いや、何もできない心の状態なのは現実なのだけれど、
そんな状態でいることが、やはり、情けない。不甲斐ない。
そう感じる、自分を鼓舞するような気持ち。
のりちゃんに恥ずかしくない生き方をしないと。
そんな思いが少しずつ。枯れた泉から湧き出るように滲み出た。
↓次話
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