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別れの季節とケサランパサラン(2)
「ととろん、こっちにおいで。」
幼い僕を、枕元へ呼んだ曾祖母は、もうずっと寝たきりで、
あまり長くはないだろうと言われていた。まだ5歳の僕には、
ひいばあちゃんは病気で寝込んでいるくらいの感覚だったので、
ちょくちょく家族でお見舞いに行ったときには、
曾祖母の家の庭で遊んですごしたりしている感じだった。
「なに?ひいばあちゃん。」
呼ばれて近くに行くと、ひいばあちゃんはその日は体調が良かったらしく、
「そこのたんすの引き出しにある箱を取ってくれる。」
と、上体を起こしながら話しかけてくれた。
分かった、と僕は言われた箪笥の引き出しを開けると、
母から依然見せてもらったへその緒が入っていたような、
きれいな木箱が大事にしまってあった。
「ひいばあちゃん、これ?」
「そう、それ。こっちにもってきておいで。」
曾祖母に渡すと、嬉しそうに僕を手招きして、
「これはね、ひいばあちゃんの大事な宝物なんだよ。」
ふーん、とした顔で聴いていると、箱をそっと開けてくれた。
敷き詰められた綿の真ん中に、少し黄みがかった、
耳かきの頭についているような綿毛がしまわれている。
「これが宝物なの?」
と、僕が訪ねると、曾祖母は「そうだよ。」と頷き、
「これはね、ケサランパサラン。今はもう生きてはいないんだけどね。」
「ケサラ?パサ?」
「ケサランパサラン。この子はね。持っている人の願いを一つだけ叶えてくれる、幸せを届けてくれる妖怪・・・妖精なんだよ。」
「ほんとに?!ひいばあちゃんも何かお願いしたの?」
うんうん、と頷くと、
ひいばあちゃんとケサランパサランの話を聞かせてくれたのでした。
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時代は戦争の終わりの頃、まだ二十歳にはなっていない、
高校生くらいの年齢だった女の子は、
幼馴染の二つ年上の男の子と結婚することになったのでした。
当然、戦争中の非常事態。女の子は学校ではなく、
工場で戦争に使う道具を作る仕事が命令されていて、
男の子は兵隊さんとして、遠い南の島に戦争に行くことになっていました。
もしかしたら、生きて帰ることは無いかもしれない。
そう思った男の子は、幼馴染の女の子に結婚を申し込み、
どうか、生きて待っていてほしいと告げて、夫婦になって数日後には、
船に乗って戦場に出向いたのでした。
この頃は、生きる希望を少しでも強く持っていたいという強い思いから、
戦場に行く直前に結婚をすると言う事も、珍しい事ではなかったそうです。
しかし、本人たちにとってみれば、それはお互いが生きて再会するための、
かけがえのない絆であり、自分の意思を強く持つ支えだったのでしょう。
「どうか無事で、生きて帰ってきますように。」
女の子は、そう強く願いながら、工場で働き続けました。
その後、一年半ほどたった夏に、戦争が終わり、
女の子は約束を守るべく、一人で一生懸命に生きていました。
戦争中に働いていた工場は、今は日用品を作る工場に変わっていて、
そこで雇ってもらいながら、夫である男の子お帰りを、
いつだろう、無事だろうか、と、待っていました。
しかしその年の暮れに、女の子のもとに一通の手紙が届きます。
それは男の子が、遠い南の島の戦場で、亡くなったというものでした。
あまりに激しい戦闘で、遺体や持ち物などもその島に捨て置かれたため、
夫が亡くなった遺品も何一つ戻ってこないまま。
たった一通の手紙だけが、自分の大事な人の死を届けたのでした。