不登校先生 (31)
「おくつろぎのところすみません。ととろん先生でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです。」
僕以外には二人しか乗っていない電車の中で、
正確な名前で、声をかけてきたのは、
運転手さんだった。
「ご無沙汰してます。ゆーの父です。」
「あ!こちらこそご無沙汰しています。ゆー君は元気ですか?」
相手に安心を与える笑顔の運転手さんは、
昨年度、2か月前まで、担任をさせてもらった子どものお父さんだ。
「髪が伸びられていたけど、ととろん先生じゃないかなと思って、駅から乗られるときに、そう思いまして。」
ゆー君のお父さんはそのように言うと、
帽子をとって深くお辞儀をしてから続けた。
「ゆーは、今でもととろん先生はこんなだったなぁとか、ととろん先生だったらどんなことになったかなぁ。とか話してくれます。」
と、にっこり笑ってゆー君の様子を伝えてくれた。
「お父さん、ゆー君たちの運動会はどうなりましたか?」
「あー、今月にはないみたいですね。今年も秋にあるとか。」
「そうですか。」
「先生の方は今からですか?」
「いえ、ちょっと心を病んでしまいまして、今から折尾にある心療内科に診察に行くところです。」
「ああ、それは失礼しました。」
お父さんは、申し訳なさそうに返事をされたのですぐに言葉をつづけた。
「いえ、こうして気付いてもらえて、ゆー君のお話も聞かせてもらえて、ありがたい限りです。毎週1回のペースで診察に通っているので、またお父さんの運転している電車の時に、よろしくお願いします。」
「わかりました。毎度ご乗車ありがとうございます。」
そういうと、ゆー君のお父さんは帽子を静かにかぶり、
運転席に戻っていった。
お父さんとは、ゆー君を受け持っている時にも、
2・3度ホームでお会いしたり、
学校の近くでゴミ拾いをしてくださっているところに、
朝ご挨拶をさせて頂いたりしていた。
誰に言われることなく、ご自身が住んでいる社宅の団地と、
その境になる学校周りのごみを、毎朝早くにゴミ拾いしてくださっている。
何年も前からずっとそうしてくださっているのだよ、ありがたいよね。
ゆー君を受け持っていた時の校長先生からはそう話を聞いていた。
安全に遅れずに電車を運転する運転士さんのお父さんは、
おかしな時間に珍しい人が乗っているということは分かった上で、
声をかけてきてくださったのだと思った。
何度かあいさつを交わしただけの、息子の去年の担任。
学校生活が大きく制限された中で、学校行事や参観がなくなった中、
教員と保護者の対面する機会も、ほぼなくなった一年だったのに。
運転席からわざわざあいさつに来てくださって、
温かな気持ちまで僕に頂いた気持ちがした。
僕は、運転手さんに深く頭を下げて、心の中の言葉をつぶやくように、
「ありがとうございます。」
とつぶやいた。
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