桜の雨で卒業を(5)
普段からも面倒くさくて意地悪な者が、意固地になるのは実に面倒くさい。
この時の6の1の子達はきっとそれを肌で感じていたに違いない。
とにもかくにも僕は、自ら子ども達に提案した【桜の雨で卒業を】計画を、
もうやらないと子ども達に打ち出した。
一方子ども達も、やはり僕の言葉に腹を立てたところもあり、
「やんなくていいよ!」という雰囲気で、その日は終わった。
中には、「ととろん、私はやりたいと思っているけど。」
と言ってきた子たちもいたが、
「いや、まぁあれだけやりたくない人がいるなら、やらんでいいよ。」
と、宣言撤回はしなかった。
その日の夜は、自分の頭の中に、様々な思いがよぎってくる。
今回の卒業の日の最後の計画は、第一に子ども達へのプレゼントだ。
そして同時に、おうちの人たちにも、心配をおかけしたこの一年、
節目の最後を、素敵な巣立ちになったのだなと感じてもらえるように、
子どもたちがやろうと思って自分たちの思い出として心に残せるように、
目一杯笑顔になってもらいたい。この計画をさせてあげたい。
何より、やりたくない、やりたいという自分たちの意思を、
しっかり言葉で伝えられるようになった子供たちの成長がうれしい。
で、あるならば。明日以降の僕の接し方はどうあるべきかを考えた。
一度白紙と宣言したことで、果たして子どもたちはどうでるのか。
その上で、子ども達に一番思い出に残るように導くには。
覚悟を決めて子どもに向き合え。そう思った。
次の日、6の1の子達は、思っていた通りの、
この子達らしい素敵さが見え隠れする話声が聞こえてくる。
「オトノナルホウヘ→聴いてみたんやけどさ。すごくよかったよ。」
「よね、俺も気に入ってしまった。1時間リピートしてた。」
「まじか、まだ聴いてないけど、そうなん?」
「うん、やっぱりととろん先生が持ってくる理由がわかった気がする。」
と、男の子たちが何となくこちらに聞こえるように話していれば、
あちらの方では、ちょっと引っ込み思案な女の子たちが、
「歌詞写してきたんだけど。いいよね。」
「いいね、なんか6の1に合ってると思う。」
「このアニメも見てたから、これ歌うの楽しい気がする。」
「そうだね。歌えないかな。」
それが近くの、昨日反対していた子達にも聞こえて、
「ねぇ、私にも歌詞見せて。・・・・・うん、6の1に合ってるね。」
「もう一回歌聴きたいけどなぁ、たぶんかけてくれんだろうし。」
「どこで聴けた?なんて検索したらいいか教えて。」
など、なんとなくこちらの耳に入る感じの声で、
ちょこちょこちょこちょこと歌いたいけどな、やりたいなの感じを、
送ってきている。これがこの子たちの素敵なところだと、
僕はもうわかっているけど、今回は断固として聞こえない振りを通して、
いよいよ卒業式まであと2週間の3月に入っていったのだった。
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