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別れの季節とケサランパサラン(3)
女の子は泣いて、泣いて、もう生きる希望なんてないと思うほどに泣いて。
涙も枯れ果てて出なくなってしまうと、ふらふらと街に出ました。
まだまだ復興には程遠い街並みですが、お正月に向けての賑わいが、
何だかみんなを明るくしているようで、
そんな明るい雰囲気さえ、自分には受け入れるのが辛くて、
そうして、もう生きていてもしょうがないやと思ったのに、
お腹はぐぅっとなってしまって。
一人分のお餅と、お雑煮を作るための野菜を買って、
家に戻ってきたのでした。
「なんでこんなの買っちゃったんだろう。」
そう呟いて、玄関の戸を閉めて、
肩や頭に積もっていた雪を落としていると、
雪に混じって何だか綿毛のようなものが、
ふわっ、ふわっと舞っています。
埃かなと思ってなんどか払いますが、払った手で起きる風に、
なんだか気持ちよさそうに舞いながら、
その都度女の子の肩に戻ってくるのです。
「もしかしてあんた、、、ケサランパサラン?」
肩に乗っかった綿毛の玉のようなそれに話しかけると、
””ふるふるふる””と反応するように震えます。
「あんた、私が落ち込んで泣いているから、来てくれたのかい?」
女の子は嬉しくなって、戸棚にあった桐の箱を引っ張り出してきて、
自分が昔聞いた話を思い出し、脱脂綿をふわふわにして敷き詰めて、
そっと、その綿毛・・・ケサランパサランを入れてあげたのでした。
「えっと、エサはおしろいだったよね。」
ところが戦後で、おしろいなんて贅沢なものは持ち合わせがありません。
「これでも大丈夫かな・・・。」
女の子は、家にあった片栗粉を、
そっとつまんでケサランパサランにあげながら、
「ごめんね、おしろいが無くて。家にはこれしかないんだけど。」
⦅大丈夫だよ。⦆
そう言っているかのようにケサランパサランは、
”ふるる”と震えるのでした。
女の子は絶望のどん底にいた気持ちから少しだけ明るい気持ちになれて、
この子と一緒に、強く生きよう。
そう思ってお正月を過ごすのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・
あっという間に時は過ぎ、ケサランパサランと出会って一年がたちました。
話すことはできないし、目や口もないのだけれど、
まるでこちらの言葉が分かっているかのように、
ふるふると震えてくれるケサランパサランは、
気付いたら女の子の大事な相棒になっていました。
女の子は、その日もケサランパサランに話しかけています。
「あんたと出会って一年がたつね。私のところに来てくれてありがとう。」
そう言いながらいつものように片栗粉を耳かきに半分、
そっとかけると、突然ケサランパサランがパーッと光り出したのです。
こんなことは今まで一度もありませんでしたから、
女の子はびっくりして耳かきを落としてしまいました。
ケサランパサランはというと、パーッとお日様のように光りながら
天井近くまで上ると、ふっと光るのを止めて、スゥッと落ちてきます。
それはぱっと見ても、いつものふわっふわっとした落ち方でなくて、
女の子にも、それがもう命が尽きたのだろうと言う事が伝わってきました。
お膳の上に落ちて、ぴくとも動かないケサランパサランを、
そっと掌に乗せて、女の子は泣きながら声をかけます。
「ねぇ、あんたのおかげで私は元気を取り戻して今日まで過ごせたんだよ。
まだ、あんたに何にも恩返しもしていないのに。私を置いていくの。
もう一人ぼっちはやだよ。いつもみたいにふるふると応えておくれ。」
突然の別れに、泣き崩れながら声をかけていると、
・・・・・ドンドンドン、すみません。ドンドンドン・・・・すみません。
玄関の方で誰かが訪ねてきました。
涙を急いで手拭いで拭いて、ケサランパサランを箱にそっと入れると、
女の子は「はい、今出ます。どなたですか。」
と玄関に駆けて行ったのでした。