セリフすっ飛ばし事件(4・了)
もそもそと流れにさえ乗ればなんとかなるわいとか思っていたのは、
最後まで、おふざけ癖のある、男子6人だった。
「ふざけておちゃらけて、何とかなる事じゃないから。自分の気持ちを見つめてから言いに来るなら昼休みの終わりまで待つ。とりあえず給食は、みんなと一緒に食べなさい。」
そう言って給食時間が始まると、このやり取りを理不尽に感じたO君が、
給食を食べている最中に怒鳴りだした。
「なんでたかが卒業式のセリフくらいで、こんなに言われなくちゃならんのか!おまけに、自分でセリフを取り戻しに行かなきゃいけないとか。こんなのやってられるか!」
セリフを取り戻した、ほぼほぼみんなは、O君の叫びに耳を傾けながらも、
応答せずに、静かに食事をしている。
「じゃあO君は、もう無言でいいと言う事なんか?」
心の叫びに反応したのは担任だった。
「言いわけないやろ!俺も言いたいに決まっとるやろ!」
「その気持ち、ビシビシ伝わった!そのまま自分のセリフをどうぞ。」
O君はその叫び声のまんま、自分のセリフを言う。
「よし!O君にもセリフを戻す!」
と、O君に言葉をかけると。
「よし!ととろんくん。それなら許す!」
といって、笑顔になって給食に取り掛かり始めた。
その後、残りの5人も昼休みに図工室で3人がセリフを取り戻し、
最後残った2人のうちの1人、Sくんは、帰りのHR後に、
「みんなの前ではやっぱり恥ずかしかったけど、先生、俺本番ではちゃんと声を伝えたいから。セリフ聞いてください。」
と気持ちを伝えに来て、セリフを言って取り戻した。
最後まで残ったDくんは、残らずに帰ったふりをして、
「ばあちゃんに言われて、俺が間違ってるって言われて、だからセリフを言いに来ました。」
と、言ってきたのだが、S君と一緒に教室の戸締りをしている中で、
「おばあちゃんがそう言ってくれたことは先生はわかってもらえているから嬉しいが、今日のみんなのやり取りで、ばあちゃんに言われてはないだろう。大事なのはDくんが自分のセリフを、卒業式を自分でやり遂げたいかどうかじゃないん?一日みんなの様子を見ていてそこに気付けなかった、もうだめだと思うが。」
と詰める。
「いや、だから帰って、家で言われてそう気づいたから…。」
「そもそも帰ってないよね。だってD君の家は帰るのに30分近くかかるやん。まだ、さよならして20分経ってないよ。本当だったら家と学校を往復して、おまけにばあちゃんにも叱られて気付いてって、時間合わなすぎだろう。なんでそういう噓をつく?きづかれないとおもったんか?」
気付くと窓の鍵を閉め終えて、僕の横にいたS君がしみじみつぶやく、
「ととろん先生はさ、最後まで見捨てん人やん。今日もさ。こんなめんどくさい事しても、俺らのためにと思ってやる人やん。」
不意打ちで褒められたような気がして、僕の方が泣きそうになった。
「もうさ、セリフはどうぞ言ってください。D君のセリフは一番最後だから、そこがないと、みんなの呼びかけが最後に台無しになるので。ただね、そこにある気持ちは、今日の態度で全部6の1のみんなと先生はわかってるから。最後までどうしようもなかったなと、記憶していることは覚えておいた方がいいよ。」
一気に冷静に、穏やかな声でD君に伝えると、
「うるせぇ、じゃあもう勝手にさせてもらうわ。」
と言い放って、D君は階段を駆け下りていったのだった。
Dくんは、おそらくちゃんとセリフを言うだろう。そこは安心したものの、
一人一人伝えたい想いが、全員に伝播することは至難だな。そう思った。
そして最後の最後まで、自分自身に真正面から向き合う心を、
D君の中に伸ばしきれなかったことに、申し訳なさと寂しさを感じた。
明日のリハーサルと、修了式を終えると、もう卒業式本番。
僕に6の1で何かしてあげられる時は、制限時間となった。
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