失った経験を取り戻そう(後)
「先生、ほんとにいいんですか。授業進めなくてもいいんですか?」
そうくんが心配そうに聞いてくる。
「いいんよ、一番大事な事は、教科書の内容じゃないからね。みんなが自信を持てることが増えていくことの方が大事だから。」
「俺、このまま火つけれなかったら実験できないなと思った。」
と、はやくん。全くその通りである。
「そうだね。まずは自信をもってマッチに火を付けるスキルを手に入れてから、実験をしていった方が、絶対みんなもしっかり頭に残ると思うから。」
6人がじっとこちらを見ているのを感じながら、
「改めて。今日の授業は、マッチ名人になろうにします。じゃあ、出した道具を全部片づけて、火消し用の缶と、アルコールランプを出そうか。アルコールランプの火はつけたりした?」
こちらも自分でやった、できるようになったという感じではなさそうだ。
「では、まずマッチの火をつける練習をして、その後時間があったら、そのマッチの火でアルコールランプの点火と、消火もやってみよう。」
そうと決まればと、今もって起きた道具を全部片づける。
子ども達はすっかり笑顔になっていた。
「俺マッチで火つけるのはじめてだ。」
「上手くできるかドキドキする。」
「ちょっと怖いけど・・・やるか。」
初めての緊張感は、初めての時にしか味わえない。
片付けをしたら、改めて、指示を出す。
「今日は、一人人机ずつで、班活動じゃなくいきましょう。」
理科室のグループで一つずつ机を一人で二つずつ使っての、
マッチの練習が始まった。
まずはみんなに、教師用の机の近くに集まってもらう。
「じゃあまず、先生が今から火をつけて消すところまでしてみるからよく見ててね。」
大箱ではなく、これから子ども達が使うサイズのマッチ箱で、
手前から、遠くにこするやり方で、火をつけてみせる。
おおーっ、と歓声が上がる。
僕が育った田舎の30年近く昔とは生活様式も違うので、
当然子ども達は日常で火をつける体験に遭遇することも少ない。
「先生、もう一回やってみて。」
リクエストが来る。同じように火をつける。
「ある程度素早さと握る強さは必要だからね。それから、火は基本的に上に上がります。だから火が付いた後に先を花火みたいに下にすると、上の木の棒の持ち手にあっという間に火が上がってくるから・・・・
と、付いたマッチをろうそくのように頭を上にして持つ。
・・・こんな風にして、先っちょを上にしておけば、下に燃えてくることは無いから、そのようにするんだよ。もし、いきなり熱く感じてしまった時には、放り投げずに、この濡れた雑巾の上に置くんだよ。」
一つずつ真剣に見入りながら話に耳を傾ける。
「じゃあやってみよう。今日は大奮発で一つのマッチ箱に50本入れているから、自分で簡単簡単、と思うまでやってごらん。」
はい。と緊張感のある返事が返ってくる。でもその顔は笑顔だ。
子ども達は、夢中になってマッチの火をつけては消しつけては消し。
この子達が失ってしまったこういった機会を、
一つでも多く取り戻していこう。
蛍のように点滅する机のマッチの火をみながら、
僕は、心の中の決心にも火を灯すような気持になるのだった。