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LOW

蠟燭がゆらめいて描く行燈あんどんの影絵は、次のような話になっております。いつの世か知れない。夜な夜な有象無象の影が港の倉庫に蝟集いしゅうする。煉瓦塀に近づくと、気もそぞろになる不可思議な音が漏れ聞こえてくる。興味本位で聞きに出かけたが帰らぬ者が多数。ひとびとには百鬼夜行とも、ゾンビの行列とも言われて恐れられた。噂をまとめると、こんな具合ーなんでも生きているように動かせる、稀代の影絵師がいる。どんな音声でも音響でも奏でられる、不遇の音楽家がいる。伝説のサーカス団長がいる。三者は酒場で意気投合し、一世一代の興行に打って出た。七色の美声を自在に操るプリマドンナを創り出したシークレット・コンサート。聴けばたちまち虜になるのは間違いなし、しかも直接姿を見た者なし。すべて紗の幕の向こうで実演される。紹介のみによる会員制。全員仮面着用の秘密の舞踏会。噂が噂を呼び。中毒者続出。そんなことがあるものかーなんでも暴く写真家が港へ乗りこむ。どうにか倉庫の深みまで潜りこんだと伝わるが、その後音沙汰なし。自らも虜になったとか。歌姫は流行りのホログラムではない生身の…。おっと。蕎麦そば代にも事欠く文字書きにはこれ以上のことは。行燈をのぞけば真相がわかります。まずはお代を。


KEY

奇異な花畑を見た。

青い薔薇。青い薔薇。青い薔薇。青い薔薇。
蒼い薔薇。蒼い薔薇。蒼い薔薇。蒼い薔薇。
BLUE ROSE. BLUE ROSE. BLUE ROSE. BLUE ROSE.
AOIBARA. AOIBARA. ADOIBARA. AOIBARA.
青薔薇。青薔薇。青薔薇。青薔薇。青薔薇。

くわばら、くわばら。


SIN

深々たる古道を歩む人影がある。自らの作詞作曲により念願の大ヒットを出したアーティストA。休憩を取ろうとベンチのある見晴台へ向かうと、誰かが聴き慣れたメロディーをハミングしている。わざわざ街中を避けて来たのに、と苦笑い。街の方角を向いてベンチの端に腰掛けている人はハットを目深にかむっており、おそらく年配者だが老いは感じさせない。挨拶をし、座る時に気がついた。足元にビロードのような光沢の蒼い猫。紳士のお供だろうか。暫く、他愛もない会話を交わした。ついぞなかったことだが自尊心をくすぐられ、先程の曲はお気に入りですかと訊ねてしまった。こんなのもありますよ、という意想外の返答に頭がぐらぐらした。どの曲にも親しみがあり、なおかつ創作ノートにまだメモすらしていない旋律ばかりだった。アイデア自体に著作権はありません。見透かしたように、相手は静かに語った。鳥は果実をついばみ、遠方に種を落とす。己も果実をいただいた身として、大輪の花を見届けられたのは至福です、と、満足したように頷き、立ち上がろうとした。幼いころ、よく親に連れられてここに来ていました、なにか胸がたまらない感じになり息急き切って口にした。いつもオカリナを吹いていたのはあなたでしたか? 猫の遺伝子を持つはずの動物の影が見えない速さで足元をよぎった。二人とも足場が崩れたようによろめき、目が合った。半ば濁った眼にうつる澄んだ瞳、瞳の中の瞳、連鎖する瞳孔、虹彩のさざ波…井戸へ落下するような感覚。真っ白な空間に、メロディーだけが流れている。