【短編小説】予算の季節
「来年度の概算要求の入力状況はどうなってる?」
予算編成庁・システム統括局・予算編成第一課・課長中森中也が課長補佐綿貫友里恵に尋ねた。
「今日までがシステム入力の期限なのですが、現時点で入力が完了している省庁の数は・・・ゼロです」
綿貫はマウスでシステム画面を操作しながら答えた。
「今日の何時までが期限なんだっけ?」
「18時15分までです。今11時なので、あと、7時間15分あります」
「しかし、なんで終業時間まで待たないといけないのかね。残業前提ってあり得ないだろう」
「財務省時代のこういう不合理な点は改善してもらいたいですけどね。ただ、システム入力を行う省庁担当者としては、締切は遅い方がいいですから、改善しなかった理由はなんとなくわかりますけどね。仕方ないかなと思います」
「予選編成システムを一から作り直し、査定作業にAIを全面的に活用したおかげで、財務省時代よりも全体の作業時間が少なくなっているのは間違いないからな。贅沢はいえないか。」
「仕事のやり方には納得できないところはまだまだありますね。課長も私も別の省庁から出向してきましたから慣れないですよね」
「まあな。それはこれから少しずつ変えていけばいいんだ。
予算編成庁は、財務省が予算編成の権限を背景にして他の省庁の政策に影響力を行使したり、時にはOB議員を使って国会審議にも口出しをしていることを前の総理が問題視して、あの豪腕で作ったものだ。財務省がやってきたおかしなやり方や傲慢なやり方を変えていくのが私たちの仕事だ。」
「ええ。そうですね。ところで・・・」
「ん。なんだ」
「概算要求の入力終了後、与党、野党、官邸、国会・・・財務省独特の根回しや手続きがあるようで、発狂しそうです」
「財務省から引継ぎがあっただろう」
「そうですね。膨大な量の引継ぎ資料があるにはあるのですが、それにも書かれていないようなことが必要だったりするのです。今日で締切の概算要求にもわからないところがあるんですよ。
「何がわからないんだ?」
「省庁のシステム入力が完了した後AIを使ったチェックと省庁による修正を経て最終版ができあがります」
「ああ」
「次に予算編成庁長官まで回議するのはいいのですが、その後について『総理に報告する前に必要な調整を行う』としか引継書に書いてないのです。なんですかね『必要な調整』って」
「そうだな。それにその調整って誰がやるんだろうな」
「ええ。それもわかりません」
「はっきりとしたことを書かないというのは、書いてはいけないことでもあるのかもしれないな。これは財務省に聞くしかないな」
「どこに聞けば良いのですかね。そういう情報も書いてないんですよね。この引継書」
「主計局がなくなっただけで、職員はそのままだから聞けば教えてくれるはずだ。こういう時は大臣官房にかけてみたら」
「大臣官房に総務課ってありますかね?」
「ないな。文書課あたりにかけてみたらどう?」
「そうですね。さっさとかけてみます」
そう言うと綿貫は卓上の電話の受話器を取り、「財務省大臣官房文書課にかけて」と言った。
呼出音が鳴り、相手方がすぐに電話をとった。
「お世話になっております。予算編成庁予算編成第一課綿貫と申します。そちらで良いかどうかわからないのですが、主計局の引継資料の記載内容についてお伺いしたいのですが、担当の方をおねがいします」
綿貫は丁寧な口調で話始めた。
「え?財務省には担当者はいない?それはおかしいですよね。主計局にいらっしゃった方は財務省内にいるはずです。予算編成庁は財務省の影響を排除するために、特に主計局に在籍していた方の出向を受け入れていませんから」
綿貫の声がだんだんと大きくなる。
「いるけど電話をまわせない?どういうことですか?」
詰問口調になっていく。
「引継は終わっているといっても、引継書を作ったのはそちらの職員ですよ。ふざけたこと言わないでください」
さらに声が大きくなった。
「こちらも概算要求で困っているんですよ。昨年度まではそちらでやっていたのですから、わかりますよね。お願いですから担当者に変わってください」
懐柔するように綿貫の声が一転小さく柔らかくなる。
「わかりました。」
綿貫は、少し間をおいて言った。
「そちらがそのつもりなら、来年度の財務省の予算については覚悟しておいてください。予算編成の権限を持っているのはこちらなんですよ。わかってる?」
(終わり)
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