【ショート・ショート】春節の悪除け
春節の夜、中華街。爆竹の響きと赤い提灯が彩る賑わいの中、アキラは友人たちと歩いていた。
「異世界に迷い込んだみたいだな」
アキラはつぶやいた。
「え?なに?!」
アキラの友人が、何かしゃべったアキラに聞き返す。
アキラは苦笑しながら肩をすくめた。
その時、ひときわ大きな爆竹の音が、アキラ達の後方で鳴り響いた。アキラ達はその音の大きさに驚いて後ろを振り返った。
20代くらいの女性が子供たちと笑いながら爆竹を楽しんでいた。その女性は一回り大きい爆竹を手にしていた。
「あの女性(ひと)が持ってる爆竹すげーな」
そうつぶやいて、アキラは女性に近づいていった。
「その爆竹でかいね」
「これ?普通のよりも大きい爆竹なの。やってみる?」
「いいの?」
女性は、うなずいた後、アキラに通常よりも一回り大きい爆竹とライターを渡した。
「なんか怖いな」
アキラは、その言葉とは裏腹に、どんな大きな音がするのかとワクワクしていた。
「じゃあ、火を点けるぞ!」
そう言って、ライターで爆竹に着火し、人のいない地面に放り投げた。
すさまじい音が連続して鳴り、辺りが見えなくなるほどの白いが煙が爆竹から吐き出された。
アキラの友人たちは爆竹の音と煙にはしゃぎまわっている。
「すごいな。これ!」
興奮したアキラの大きな声が響いた。
「すごいでしょ?」
爆竹を渡してくれた女性が、アキラの耳元でささやいた。
「え?ああ」
アキラは耳に吹きかかった吐息に驚き後ずさった。
「悪い霊を追い払い、幸運を呼び込むためにも、吹き飛ばす威力は大きいほうがいいわ。あなた、この国に巣くう悪を追い払って、良い世の中にしたいと思わない?」
「え・・・。あ、ああ」
アキラは、聞き取ることができた「良い世の中にしたいと思わない?」という言葉に反応した。
「そう、よかったわ」
女性はそう言って、オルゴールくらいの金属の箱を鞄から取り出し、アキラに見せた。
「それは何?」
アキラは大きな声で聞いた。
「この国は一から出直した方がいいの。そのための道具よ。爆弾よりも威力があるわ」
爆竹の音が一瞬止み、彼女の声が聞こえた。
「爆弾?」
「そう。でも、爆弾でもないし、もちろん爆竹じゃない」
「じゃあ、何?」
「細菌兵器。この国に巣くう悪はすべて死滅するわ」
女性は、金属の箱を開け、アンプルを取り出し、地面にたたきつけた。
「致死率99%。ワクチンもない。これこそ春節の悪霊払いにピッタリね」
(終わり)