【短編小説】好きだったひと
「岸本萌音さん」
休み時間の友達とのバカ話が終わった後、聞き慣れない女子生徒の声が萌音を呼んだ。
「はい?」
萌音は怪訝そうな表情で声が聞こえる方向を向いた。
「いきなりごめんなさい。私、3年2組の大山美咲」
美咲は、椅子に座っている萌音を見下ろしながら言った。
「なんでしょうか」
2年生の萌音は、一呼吸をおき、上級生の美咲に丁寧な口調で対応した。「不遜」という言葉がぴったりな美咲の表情に心穏やかではなかったが、争うことが苦手な萌音は、その心に仮面をそっと被せた。
「あなた。私と同じクラスの遠山大輝のこと好きなんでしょ?」
美咲の言葉は、真っ直ぐに萌音の心臓を狙っているかのようだった。
「え?なんですか。突然に」
萌音は、美咲が放った刃の切先をかわすことで精一杯だった。
「あら。否定しないのね」
周りにいる生徒が聞き耳を立てていることも考えた上での美咲の言葉に、萌音は自分のミスを悔やんだ。
「私は、大輝先輩のことはなんとも思っていません。どうして、私が好きだと思うのですか」
「あなた、昨日の下校時に、部活中の大輝をずっと見つめていたでしょ。私、あなたの近くにいたのよ。でも、私のことなんて目に入ってなかったわ。あなたの目は恋する異性を見る目だったわ」
「・・・」
「好きなのはいいの。この学校で大輝を好きになる女生徒はたくさんいるから。でも、人には分相応というものがあるの。だから、私はあなたに忠告するために来たの」
「かっこいいなと思いますが。私はそれ以上は・・・」
美咲は、言い淀む萌音に言葉を重ねた。
「誤魔化しても無駄。憧れと恋愛感情では現れる表情が違うの。わかりやすく説明するからよく聞いて。『つりあい』って言葉があるでしょ。大輝とあなたではつりあわないの。あなたの顔って、はっきりいって人並み以上ではないわ。スタイルなんて昭和の女性って感じよね。成績はどう?運動神経は?会話のセンスは?」
「・・・」
たたみかけるような美咲の言葉に会話の主導権を完全に奪われてしまった萌音は頭が真っ白になっていた。
「わかってないのかしら。頭も悪いようね。わかりやすく言うとね、大輝とつりあう女は、たとえば私のような女なの。いい?」
「は、はい・・・」
萌音は小声でそう答えた。
「ふふ。聞き分けのいい子は好きよ。ご褒美に教えてあげるわ。あなたにお似合いなのは・・・、そうね、あそこの黒縁メガネの男子ね。じゃあね」
勝ち誇ったような笑顔で言い放った美咲は、上機嫌で教室を出て行った。
萌音は美咲の後ろ姿を見つめながら号泣した。
※
萌音は目を覚まし起き上がった。そして、枕元にあるスマフォで時間を確認した。
「1月2日か・・。初夢がこれなの・・・?」
萌音は、スマフォを掛け布団にほうり投げ、長い髪の毛をかきあげながらつぶやいた。
初夢の大部分は、萌音が高校生だったころに経験したことだ。夢の最後のように号泣はしていないが、それ以外は記憶のとおりだ。萌音にとって愉快な思い出ではない。もう5年前のことで普段思い出すことはなくなったが、まだ頭の心の片隅にこびりついて離れない厄介な記憶だ。
「確かに、私は、大輝先輩のことを少しは好きだったけど・・・」
萌音は、自分の想いを侮辱されたことがずっと心にひっかかっていた。
「あー。もうっ!」
萌音はそう叫んで布団から出て立ち上がり台所に向かった。ワンルームアパートの台所にちょうどいい2ドアの冷蔵庫からミネラルウォータのペットボトルを取り出した。
ブーン。
スマフォの振動音が聞こえた。萌音は500ミリのペットボトルをテーブルに置き、布団の上に投げ捨ててあるスマフォを手に取った。
「もしもし」
スマフォの画面をすばやくタップし電話に出た。
「萌音。おはよう」
「おはよ。昨日の初詣人が多くて疲れたね」
「あー。あれは疲れたな。まあ、有名な神社だからな」
「そうね。あ、聞いてよ。私の初夢、最低なの。大山美咲が出てきたの」
「えっと誰だっけ・・・」
「昔、話した高校の先輩だよ。ほら遠山大輝という先輩のことでマウント取ってきた嫌な女の先輩」
「あー。わかった。あの話が初夢になったのか。最低だな」
「そうよ。ほんと気分悪いわ」
「そういや、『遠山大輝』ってネットニュースで見たぞ」
「ん?」
「確か、結婚詐欺だったかな」
「それで捕まったの?」
「いや、被害にあった女性の一人に刺殺されたらしい」
「そうなんだ」
「ん?昔好きだったんだろ?結構冷静だな」
「それは昔の話よ。今から考えたら、イケメン以外にいいところがない男だったわ」
「辛辣だな。ちょっとまって」
「ん?」
「パソコンでニュース調べて・・・」
「どうしたの?」
「刺殺した犯人だけどな」
「うん」
「『大山美咲』って書いてあるが・・・」
「え?ほんと?」
「ああ。二人は高校の同級生だと書いてあるから間違いないだろ」
「そうね。でも、ちょっと複雑。確かに嫌な先輩だったけど、彼女なりに必死だったんだろうし。殺されていいとまでは思えないわ」
「まあ、確かにな」
「それどころか、私は、美咲先輩に一つだけ感謝してるの」
「ん?何を?」
「だって、美咲先輩が、私にあなたとお似合いだって言ってくれたもの。黒縁メガネの男子君」
(終わり)
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